落ち着いた大人になろう!

旅行やら映画やらの独り言

ゆりかもめ沿線観光

2024-12-31 23:06:48 | まち歩き・東京

11月29日 金曜日

友人が「“ゆりかもめ線”に乗った事がない」というので、沿線観光してみた。私は東京ビッグサイトはじめ、仕事の関係では行ってたけど観光はしてないし。

1日乗車券を購入してゆりかもめに乗車。ビッグサイトでイベントもなかったせいか、久々のゆりかもめは半分以上が外国人観光客。友人も外国人観光客と一緒に車窓に釘付け。

 

1.千客万来

“市場前駅”で下車してすぐ。

いろいろあったけど、こんな施設になったのかあ。

分かり難い2階への階段を探して、フードコートへ。

11:00頃到着したので、あまりお腹も空いてなくて、一人分の寿司を二人でつまむ。これで3,000円近かった。フードコートのランチで3,000円は、やっぱり高いな。

食べ終わった頃から、日本人のツアーバッチを付けた団体や外国人観光客で混んできた。

食べ歩きの通りで、卵焼きと抹茶モンブランを購入。友人が抹茶のモンブランを購入したんだが、店の人に「動画をどうぞ」と言われたので撮ったそうだ。友人は「動画を撮るのが普通なんだ」と感心していた。

で、この後、無料の足湯に行こうとなったんだが、これってまるっきり「ミナカ小田原」と同じじゃないか。千客万来って、ミナカ小田原よりちょっと大き目の物価高版なのか?

無料の足湯は「万葉の湯」の屋上にあるんだが、そこにはミナカ小田原にもいた二宮金次郎がいた。

でも、足湯からの眺めは、やっぱりお台場だあ!

 

2.宗谷

駅名も“東京国際クルーズターミナル駅”に代り、船の科学館も取り壊しのために工事用の壁(?)に囲まれてしまっている。なんか、お台場の歴史を見ちゃってる63歳の私。と思ったら、友人のお父さんは太平洋戦争で海軍に所属してたので、帝国海軍艦船でもあった「宗谷」を見たい!とのリクエスト。無料だし。

という話を後日、別の友人にしたら「旦那のお父さん、第5次観測まで宗谷に乗ってたよ。宗谷で掲示されてた写真に『これ俺だ』と言っていたもん」と。

伊達に年を取ってない私達だ。

「宗谷」の横には、湾岸警察署。

 

3.フジテレビ

↓ 波平さんのどら焼き

展望台になっている球体部分に登ってみる。

高所恐怖症の私は、球体にたどり着く前に、あの細い廊下を歩いてるのかと思った時点で気持ち悪くなる。が、頑張る。

球体に到着。夕陽が沈むまでのんびりする。暗くなったら、窓まで近づけるようになった。

 

4.自由の女神像

ここはほとんどがアジア人の観光客だらけ。

 

5.汐留

日本テレビのジブリの大時計。パーツごとに動くタイプ。ジブリのファンだったら楽しめるのかな?

汐留で夕食。

大人の遠足でした。

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東京国立博物館【挂甲の武人 国宝指定50周年記念  特別展「はにわ」】その2

2024-12-05 16:45:25 | アート・文化

第二会場

エスカレーターを上がってきた偉そうな会社員の男性2名が「国宝の武人はどこだ?分からないのか?」と入り口のスタッフに大声出してた。きっと時間がないから有名な武人5人衆だけ見ようとしてたんだろう。若い人は、あんな大人にならないで欲しいな。

第4章 国宝 挂甲の武人とその仲間

入り口のビデオで、同じ工房で作成された可能性も指摘もある、兄弟のようによく似た埴輪が5体の挂甲の武人を、ゴレンジャー並みのヒーローに例えて紹介。うちの1体は、現在アメリカのシアトル美術館が所蔵しているので、確かに5体揃い踏みは貴重な機会だ。

5体離れて展示しているのと、各ガラスケースにリスト番号のみが振られていて(しかも番号順にならんではいない)、説明パネルはかなり離れた場所にまとめて展示しているので、正直、誰が誰か分からなくなった。なので、アップで撮った写真は、違う武人の可能性がかなりある。

 

↓ 57.奈良・天理大学附属天理参考館所蔵

 

↓ 59.アメリカ・シアトル美術館

 

↓ 55.東京国立博物館所蔵 たまに考古館の入り口に展示しているのだが

背負っているのは矢を収めた靫(ゆき)

 

↓ 56.相川考古館所蔵

 

↓ 東京国立博物館所蔵の彩色復元

中国の兵馬俑と比べるべきではないと分かってはいるけどさあ。向こうは2,200年前にあのレベルなのにかあ、と思ってしまう。

 

↓ 挂甲 発掘された本物

 

↓ 60.こちらも国宝の挂甲の武人

群馬県立歴史博物館で会ってるな。

 

第五章 物語をつたえる埴輪

「埴輪は複数の人物や動物などを組み合わせて、埴輪劇場とも呼ぶべき何かしらの物語を表現します。ここではその埴輪群像を場面ごとに紹介します。」

力士や踊る人や家形の埴輪を展示。

 

↓ 私が気に入った導水施設型埴輪

大阪の古墳で平成10年頃に相次いで発見されたそうだ。モロッコの砂の砦みたいだ。

 

エピローグ 日本人と埴輪の再会

↓ 帽子をかぶる男子

柴又で渥美清の命日に発見された事もある「寅さん埴輪」と呼ばれているそうだ。「寅さん」でピンとくる私達以上の世代も、そのうち歴史になってしまうんだろうか。

 

↓ 武人埴輪模型

明治天皇陵に埋められた埴輪の模型だそうだ。まだやってたんだと、ちょっとビックリ。

 

常設展 日本の考古(テーマ展示)

お客さん、こちらにも流れて来るかと思ったら、流れてこない。なんでだ? ここにいっぱいあるのに。ちなみに国立博物館所蔵の埴輪は、画像検索すると364点あるらしい。

↑ 入り口の展示は、今回は「重要文化財 埴輪 盛装女子」

↑ こちらも今回は宮城県遠田郡田尻町蕪栗恵比須出土の遮光器土偶

↑ 「僕らも見てよ~」と言っているに違いない。

↑ 石人もこんなに彫刻が残っている像がこっちにはあるのに。

物販コーナーも来た時には、レジ待ちの列が30m位。大人気だなあ。だったらこのエネルギーで、発掘作業がすすみますように。

 

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東京国立博物館【挂甲の武人 国宝指定50周年記念  特別展「はにわ」】その1

2024-12-04 10:31:32 | アート・文化

11月22日 金曜日

14:00頃上野駅到着。

なんだ?この混雑は?

国立西洋美術館では「モネ 睡蓮のとき」をやっていて館外にも列ができていた。

そして東京国立博物館。

表慶館で「ハローキティ展

入り口では30分待ちの表示もあった「はにわ展」だったが、平成館に着いたら待つことなく入場できた。

が、最初の展示「埴輪 踊る人々」の前でこの人々。写真撮影は自由なので皆、スマホで撮りまくる。

なので、混んでいる場所は抜かして「はにわ展」→常設の「日本の考古」→再び「はにわ展」の順序で見学。

第一会場

プロローグ 埴輪の世界

①「埴輪 踊る人々」

このキーホルダー(2体で1組)を前にここで買って、旅行用の財布に付けてたら、海外の空港のセキュリティーでハサミの刃に間違えられてBAGの中身を調べられた。

 

第1章 王の登場

常設展でもその仲間達が並んでる。

 

第2章 大王の埴輪

入って左側のガラスケース内は、宮内庁貸出品のため(なんでだ?)写真撮影禁止。

①水鳥形埴輪

 

②挂甲の武人、捧げ物をする女子、家形埴輪

【「挂甲(けいこう)」とは古代の甲よろいの一種で、革や鉄板の小札を革紐や組み糸で綴じ合わせ、身体を防御する騎兵用の武具のこと。 起源はオリエントにあると考えられ、中国では戦国時代以降に発達、5世紀中葉には馬・騎馬術とともに朝鮮半島を経て日本に伝わった。】そうだ。

 

第3章 埴輪の造形

舟形埴輪

これは国宝の模造だそうだ。立派だ。国宝納得。

 

②椅子型埴輪

椅子型は初めて見たような気がする。群馬県伊勢原市赤堀茶臼山古墳出土。

 

子持家形埴輪

 

天冠をつけた男子

 

あごひげの男子

外国人にしか見えない。

 

挂甲の武人

優しそう。ちょっと弱そう。栃木県真岡市 鶏塚古墳出土。

 

⑦武装石人

九州独自の墓の守。やっぱ、石はいいわ。こっちの方が好きだ。

 

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東京国立近代美術館「ハニワと土偶の近代」&丸の内イルミネーション

2024-12-01 12:48:43 | まち歩き・東京

11月17日 日曜日

夜に友人と有楽町で会う約束があったのでそれまでの時間に。

 

Ⅰ.東京国立近代美術館「ハニワと土偶の近代

東京国立博物館の特別展「はにわ」から流れて来る来場者が多くて混むのかな?と思ったら、混んでなかった。

まあ、趣旨が違うからなあ。

本物のはにわや土偶の展示は3点位で、「ハニワと土偶の近代」というテーマ通り、明治以降“ハニワと土偶”がどのような扱われ方をしたかという展示だ。

写真撮影は、禁止マークがなければOK.

主にアーティストが、ハニワや土偶からインスピレーションを得て、登場させていた作品は主。

自分でも収集していたという岡本太郎の作品などもあった。

怖かったのが、「1-4 神話と戦争と」のコーナー。

「ハニワそのものの「美」が称揚されるようになるのは、1940年を目前にした皇紀2600年の奉祝ムードが高まる頃――日中戦争が開戦し、仏教伝来以前の「日本人の心」に源流を求める動きが高まった時期でした。単純素朴なハニワの顔が「日本人の理想」として、戦意高揚や軍国教育にも使役されていきました。

ええっー! そんな無理やり解釈かい! 確かにハニワの眼は空虚だし、天皇陵を守っていたし。だからって、それを利用するほどの軍事政権の思想管理って怖い!

↓ だから、この絵が怖くて・・・

「神話世界を古墳時代の風俗で描くことは、古事記・日本書紀が聖典とされた戦時下の特徴。本作は戦意高揚を促した航空美術展の出品作。」

そうかあ、古事記・日本書紀が聖典の名残で、宮内庁がそれに記載されている天皇陵を管理して、発掘できないのかあ。もう70年以上たってるのになあ。

蕗谷虹児という人も、今調べたら、竹久夢二の絵のような「叙情画」という言葉の考案者で、自分も元々そんな絵を描いていて、さらに日本のアニメーションの生みの親。想像していた人とは全く違うじゃないか。

そう考えると映画「大魔神」シリーズは、戦国時代が舞台だけど、争いに利用されたハニワの怒りが描かれていたのは、メチャメチャ現代への反戦映画なのだろうか。

 

Ⅱ.皇居お濠周辺

東京国立近代美術館~丸の内まで歩いた。

↓ ダイサギ

このポーズで、水中の魚を探してた。

↓ 和田倉噴水公園

↓ 東京駅

 

Ⅲ.丸の内イルミネーション

さすが日曜日。凄い人だ。

けど、さんざんイルミネーションを見ている私には、「おおっ!」という程ではない。すまん。

写真撮影に励む。

そして、有楽町着

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