遠州の遺跡・寺社・地名 130の3 三浦神社の謎解き
なぜ、曳馬の三浦神社は、東南(東から南へ45度振れる)を向いているか?
この「推理小説」を解く鍵に気がつきました。それは、祭神が「大物主」であることです。
『日本書紀』の「崇神天皇紀」に、崇神天皇の叔母・ヤマトビモモソヒメノミコトが大物主神の妻となるという話が載っていて、自分の夫・大物主神がいつも夜来て、顔も見れないので、昼来て下さいとお願いしたら、「明日の朝、あなたの櫛箱に入っていよう」というので、朝開けたら、可愛い小さな蛇が入っていたのです。
つまり、大物主は蛇なのです。
蛇というと、十二支では、「巳」で、「子丑寅辰巳」という十二支で、「子午線」というのは、「子」は北で、「午」は南です。つまり、「辰巳」は、龍と蛇で、東南の方角になります。
白川静さんによれば、中国では龍と蛇はまったく別とのことですが、日本列島では、融合して区別されないのではないでしょうか。
つまり、大物主神が、自分の本体である龍蛇の方向である東南を向いているのは、当然のことです。
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もともとの、奈良県の大神神社は西の方向を向いてるのですが、遠州の三浦神社は、後から中国から入って来た「十二支の方角」に引きずられて、東南の方向になったのでしょうか。
それにしても、この三浦神社を建立した氏族が、いつ頃の、どんな古代氏族なのか、わかりません。
「天竜川」の「竜」にも関係有るかも知れませんが、解明できれば、と思います。探求を続けます。
そのためには、近くの阿弥陀遺跡の遺物を研究しないとと思います。