新・本と映像の森 276 H・G・ウェルズ『タイムマシン』光文社古典新訳文庫、2012年
池央耿(ひろあき)訳、225ページ、定価本体740円。
「タイムトラベル」SFの古典というより第1作かな。1895年、29才で発表。
主人公の「タイム・トラヴェラー」の名前は語られない。
最初の「1章」「2章」と「12章の後半」と「エピローグ」は語り手としての「私」によって「タイム・トラヴェラー」の出発と帰還が紹介される。
「タイム・トラヴェラー」は自ら製作したタイムマシンによって未来へ飛ぶ。なぜ、いきなり「80万2000年強」後なのか、その途中経過が何もないのは物語のリアリティを強めるためなのか。
80万年後の地球は「地上に住む華奢で穏やかなイーロイ人と、地底をねぐらにする獰猛なモーロック人という2種族」が住んでいた。
文庫裏は「原始的な階級社会」と書いているが、明らかに生物学者ウェルズさんが描いているのは「階級社会」などではなく、肉食動物モーロックが草食動物イーロイを食料として食べている動物社会だ。
だから、これは「原始的」なのではなく、「人類社会」から「退化」した姿だと思う。
「タイム・トラヴェラー」はイーロイの出自について考察はしているが、イーロイがモーロックによって家畜化されているとまでは断定していない。
どうあれ、ゾッとして背筋が寒々してくる。
こんなペシミズム小説には賛同しかねるが。
ロンドンの廃墟やイーロイの少女ウィーナは魅力的。
マッチの火や80万年後の花が小道具として効果的に使われている。
この小説から、たくさんの傑作タイムトラベルSFが生まれ育っていった。日本だけでも小松左京さんの『地には平和を』『果てしなき流れの果てに』などから、かわぐちかいじさんのマンガ『ジパング』まで。
一度、タイムトラベルSF目録を誰か作っていなかったら、ボクが作ってみよう。