青い銀河とオレンジの花 断片資料 9 「浜松基地で初めて小松基地F15戦闘機が訓練飛行 20021003」 20210109
「平和・民主・革新の日本をねざす静岡県の会」が発行した文集『これでいい?いまの日本 パートⅢ』p19~20に投稿した文章です。
文集は2002年12月15日に発行されました。
則子さんの名前で発表していますが、例によって2人の合作の文章です。ボクが原案を書き、何度も2人で書き直して、この成案にしたものです。
「浜松基地で初めて小松基地F15戦闘機が訓練飛行 雨宮則子
私は、航空自衛隊浜松基地の軍用機の飛ぶ直下の、私立の保育園【上島のたんぽぽ保育園】で保母をしてもう25年になります。我が家も保育園の近くに引っ越して11年。家も職場もその上空をT4ジェット練習機が毎日のように、騒音をまきちらして飛び回っています。
数年前からAWACS(エイワックス 空中警戒管制機=空飛ぶ戦闘司令部)が4機配備され、浜松基地はそれまでの教育訓練基地から実戦基地へ様変わりしています。配備から試験飛行のあいだは公表していたAWACSの飛行回数も、今はいっさい発表しなくなりました。
それまで鉄条網だけのフェンスで外周道路からよく中が見えた基地も、AWACSの近くだけ見えないように覆ってしまいました。なんという秘密主義でしょうっか。
いま自衛隊は、米軍の指揮下での戦争準備と訓練を重ねています。浜松基地のAWACSも、米軍と空の共同演習を国内で2回おこなった上に、昨年6月に初めてAWACSが海外の米領グアム島での日米共同訓練に参加しました。これは『国内ではできない電子戦と戦闘訓練をおこなう』というもので、私たちは基地への中止申し入れと、緊急抗議行動をおこないました。
この間の有事立法やイラク問題等あっても北朝鮮と日本政府の交渉もあり、アジアでは緊張緩和なのかなと思っていた矢先でした。【2002年】10月3日(木)午前11時ごろ異様な飛行機の轟音が響きました。
私は、ちょうど保育園の事務室にいて、頭の上をガアアッと通り過ぎる音で、落ちろのか!と思ってドキッとしました。25年間の保育園生活で体験したことのない爆音でした。
外にいた保母さんたちは「2機のうち1機が急に低く下がってきて、こわいと思って思わず身をかがめた」「腹の底にひびくような音だった」「こんなに低く飛ぶ訓練をして、落ちたらどうするんだと思った」と口々に証言しています。
私が浜松基地に電話したところ「小松基地のジェット機が飛んできている。小松基地が天候不良で着陸できない場合を想定して離着陸訓練をしている」と答えました。
翌日の10月4日(金)に、「基地のない平和な浜松をつくる会」として浜松市へ申し入れをしました。豊田市民生活部長は「訓練はやめろと言っても、日本の防衛のためには、やむを得ない」と言ったので、私は「民家が密集しているところでの低空飛行はやめてほしい」と言いました。
小松基地が攻撃された想定なのか、浜松基地を北朝鮮の空軍基地と見立てて攻撃訓練をしていたのか真相はわかりません。
ぜったいに戦争をしてはいけない。騒音を我慢してはいけない。悲酸な戦争を起こさせないよう、日本が戦争に参加しないよう、同じ思いの人達と手をつないでいきたいです。」
「平和・民主・革新の日本をねざす静岡県の会」が発行した文集『これでいい?いまの日本 パートⅢ』p19~20に投稿した文章です。
文集は2002年12月15日に発行されました。
則子さんの名前で発表していますが、例によって2人の合作の文章です。ボクが原案を書き、何度も2人で書き直して、この成案にしたものです。
「浜松基地で初めて小松基地F15戦闘機が訓練飛行 雨宮則子
私は、航空自衛隊浜松基地の軍用機の飛ぶ直下の、私立の保育園【上島のたんぽぽ保育園】で保母をしてもう25年になります。我が家も保育園の近くに引っ越して11年。家も職場もその上空をT4ジェット練習機が毎日のように、騒音をまきちらして飛び回っています。
数年前からAWACS(エイワックス 空中警戒管制機=空飛ぶ戦闘司令部)が4機配備され、浜松基地はそれまでの教育訓練基地から実戦基地へ様変わりしています。配備から試験飛行のあいだは公表していたAWACSの飛行回数も、今はいっさい発表しなくなりました。
それまで鉄条網だけのフェンスで外周道路からよく中が見えた基地も、AWACSの近くだけ見えないように覆ってしまいました。なんという秘密主義でしょうっか。
いま自衛隊は、米軍の指揮下での戦争準備と訓練を重ねています。浜松基地のAWACSも、米軍と空の共同演習を国内で2回おこなった上に、昨年6月に初めてAWACSが海外の米領グアム島での日米共同訓練に参加しました。これは『国内ではできない電子戦と戦闘訓練をおこなう』というもので、私たちは基地への中止申し入れと、緊急抗議行動をおこないました。
この間の有事立法やイラク問題等あっても北朝鮮と日本政府の交渉もあり、アジアでは緊張緩和なのかなと思っていた矢先でした。【2002年】10月3日(木)午前11時ごろ異様な飛行機の轟音が響きました。
私は、ちょうど保育園の事務室にいて、頭の上をガアアッと通り過ぎる音で、落ちろのか!と思ってドキッとしました。25年間の保育園生活で体験したことのない爆音でした。
外にいた保母さんたちは「2機のうち1機が急に低く下がってきて、こわいと思って思わず身をかがめた」「腹の底にひびくような音だった」「こんなに低く飛ぶ訓練をして、落ちたらどうするんだと思った」と口々に証言しています。
私が浜松基地に電話したところ「小松基地のジェット機が飛んできている。小松基地が天候不良で着陸できない場合を想定して離着陸訓練をしている」と答えました。
翌日の10月4日(金)に、「基地のない平和な浜松をつくる会」として浜松市へ申し入れをしました。豊田市民生活部長は「訓練はやめろと言っても、日本の防衛のためには、やむを得ない」と言ったので、私は「民家が密集しているところでの低空飛行はやめてほしい」と言いました。
小松基地が攻撃された想定なのか、浜松基地を北朝鮮の空軍基地と見立てて攻撃訓練をしていたのか真相はわかりません。
ぜったいに戦争をしてはいけない。騒音を我慢してはいけない。悲酸な戦争を起こさせないよう、日本が戦争に参加しないよう、同じ思いの人達と手をつないでいきたいです。」