「この誇りを亡き一平とともにかの子に捧ぐ 太郎」
東京都世田谷区と
神奈川県川崎市との間をゆったりと流れる多摩川。
そこに掛かる大きな橋のほど近くに
ヒッソリと建っているこの独創的なオブジェの元には、
そんな文字が刻まれていました。
オブジェのタイトルは「誇り」。
「太郎」とは、言わずと知れた芸術家「岡本太郎」さん。
このオブジェの作者。
「一平」とは岡本太郎さんの父。
そして「かの子」とは、岡本太郎さんの母の名前。
このオブジェは岡本太郎さんが亡き母を想い、
母の生家のあった地に建てたもの。
一見、
何をイメージしているのかよくわからない造形は、
しかし、その存在に気づいた瞬間、
他の岡本太郎作品と同様に見る者の心をザワメキ立て、
月や太陽の引力のごとく不可視な力でもって
作品に繋ぎ込んでしまいます。
間近で目にすると有機的で不可思議で、強く、妖艶な肢体。
真っ青な空に螺旋を描きながら勢いよく
昇りゆこうとする真っ白な生き物のよう。
僕には、それは鶴のようにも、蛇のようにも、
油皿に灯る炎のようにも見えました。
「こんな近所にあったのに......
ちゃんと見たことは無かったんだなぁ......」
少し前の、よく晴れた日の午後。
僕はそんなことを思いながら、しばし、時を忘れ、
このオブジェの元に佇んでいました。
ただジッ......と見入っていました。
「岡本かの子 1889 - 1939」
どれだけ多くの人が知っているかはわかりませんが、
岡本太郎さんのお母さんというのは、
優れた文筆家だったのだそうです。
僕は上の写真にある
彼女のベストセレクション的な短編集の文庫本を
一冊だけ持っていたのですが、
買ったきりナカナカ読む事ができず。
書棚の「まだ読んでいない本のコーナー」に雑然と
多くの本と共に積み置いていました。
多摩川のオブジェを初めてマジマジと見に行った後、
僕は改めて、未読のまま放置していた、
その「かの子さん」の本を
書棚から取り出してみることにしました。
そして、ゆっくりと時間をかけて読んでみました。
かの子さんの文章は昔の言葉遣いや文体のせいもあって
読むのに少々苦労する......という部分がありましたが、
しかし、読み始めてすぐにわかったのは、
その表現力の異様な高さ。孤高さ。
ちょっと......
イヤ、かなり......圧倒されました。
「こんなスゲー人だったのか。
なんでもっと早く読んでなかったんだろ......」
それが僕が本を読んで最初に抱いた印象。
艶やかで惚れ惚れしてしまう圧巻の言葉センス。
描写力。
そしてそんな言の葉が組み合わされ、
紡がれる文章が放つ不思議な色香と激しさ。
ページから色めき立って来る様な光。空気。
とても感動させてもらいました。
==========================
【渾沌未分=こんとんみぶん】より——————————
こせこせしたものは一切投げ捨ててしまえ。
生まれたてのほやほやの人間になってしまえ。
向かうものが運命なら運命のぎりぎりの根元のところへ、
向かうものが事情なら、
これ以上割り切れない種子のとことに詰め寄って、
掛け値なしの一騎打ちの勝負をしよう。
この勝負を試すには、決して目的を立ててはいけない。
決して打算をしてはいけない。
自分の一切を賽(さい)にして、投げてみるだけだ。
そこから本当に再び立ち上げれる大丈夫な命が見付かって来よう。
今、なんにも惜しむな。
今、自分の持ち合わせ全部をみんな投げ捨てろ。
一切合財を投げ棄てろ。
【金魚撩乱=きんぎょりょうらん】より————————
「意識して求める方向に求めるものを得ず、
思い捨てて放擲(ほうてき)した過去や思わぬ岐路から、
突兀(とつこつ)として与えられる人生の不思議さ」が、
復一の心の底を閃いて通った時、
一度沈みかけてまた水面に浮き出してきた美魚が、
その房々とした尾鰭(おひれ)を
また完全に展(ひら)いて見せると
星を宿したようなつぶらな眼も球のような口許も、
はっきり復一に真向かった。
「ああ、真佐子にも、神魚鬘之図にも似てない......
それよりも......それよりも......
もっと美しい金魚だ、金魚だ」
【河明かり】より——————————
「川を遡るときは、人間をだんだん孤独にして行きますが、
川を下って行くと、人間は連れを欲し、
複数を欲してくるものです」
【雛妓=すうぎ】より——————————
奥様のあのときのお情けに対してわたくしは何をお礼に
お餞別(せんべつ)しようかと考えました。
わたくしは泣く泣くお雛妓(すうぎ)のときの
あの懐かしい名前を奥様にお返し申し、
それとお情けを受けた歳の十六の若さを奥様に差し上げて、
幾久しく奥様のお若くてお仕事遊ばすようお祈りいたします。
ただ一つ永久のお訣れに、
わたくしがあのとき呼び得なかった心からのお願いを今、
呼ばして頂きとうございます。
それでは呼ばせていただきます。
おかあさま、おかあさま、おかあさま―――
むかし雛妓のかの子より
==========================
岡本太郎さんの作品と人生、哲学に、
この母親「かの子」さんの存在が
どれほど大きな影響を与えていたのか。
息子としていかに母を慕っていたのか。
それがとても良く解る作品群でした。
彼女なくして岡本太郎の才能は開かなかったのだと思います。
そして、母、かの子さんの文筆家としての才能は、
息子太郎をも驚かせ、
敬愛されていたことも良くわかりました。
巻末には芸術家を志してフランス、
パリへ留学していた息子との手紙のやり取りが
「太郎への手紙」と題され、
幾つかまとめられて載っていました。
当時、ヨーロッパへの留学は今よりもっと貴重なことであったハズで。
かの子さんは経済的にとても苦しい暮らしを強いられていた中で、
なけなしのお金をはたいて、
一人息子の太郎さんを修行に旅立たせていたようでした。
手紙から伝わる、そんな母「かの子」の想いが僕の胸を打ちます。
==========================
むす子はこのごろどう暮らしているの。
私はゆうべからすこしメランコリックになって
泣いてばかりいるのよ。
慰めにってみんなが活動へ連れて行くところなの、
むす子のおばあさんである私の母をおもい出すのよ。
武蔵野のね、野菜の浄(きよ)らかに育つ処のね。
死んだお母さんを思い出すのよ。
だってむす子はどうせパリジャンだし
私は追憶ぐらいしなきゃつまんないもの。
夏のはじめ来られるかい?
いい手紙をもらった。
まるっきりこの手紙をもらうために
お前を育てたと思われるほどいい手紙だ。
これは子が母へ対しての、
そして人間が人間へ対しての最もいい好意と
同情と愛情のこもった手紙です。
静ですよ、私の世界は今、
そしてこの静けさの底にシンと落付いている力がある―――
誰も太郎さんはと聞くよ。
ぐっと胸がつまるのでそれに反抗して反身(そりみ)になっちまうよ。
涙が出るから気どってごまかして、
どうもかえりませんのでと前おきするよ。
そのあとの説明は推察しなさい。
パパおとなしいよ。いい子だよわり合いに、
お前の事考えて時々ぼんやりしてるよ。
そして二人でとしよりみたいに子の無いことの愚痴を云うよ。
察しなさいよ。
えらくなんかならなくてもいい、と私情では思う。
しかし、やっぱりえらくなるといいと思う。
えらくならしてやりたいとおもう。
えらくなくてはおいしいものもたべられないし、
つまらぬ奴にはいばられるし、こんな世の中、
えらくならなくてもいいような世の中だから
どうせつまらない世の中だから
えらくなって暮らす方がいいと思う。
あんたやっぱり画(え)かきになりなさい。
画(え)と定めて今から専念しなさい。
年とるばかりだから。
俳優もだめ。音楽家というわけでも無かろうし―――
ならばやっぱり画に専念しなさい。
でもね、この料簡(りょうけん)を一応持つと同時に
またほかの方面への関心を
自分に宛ててみて生活をするのもよろしかろう。
同じ芸術をやっている以上
迷いの苦しみがよく分かれば分かるほど、
こちらも聞きながら苦しい。だが私は思うのよ。
製作の発表の場所を与えられれば
迷いながらも一つの仕事を完成する、
そして世に問うてみ、自分に問うてみ、
また次の計劃(けいかく)がその仕事を土台にして生まれる。
タロどの
お前が展覧会へ出すについておとうさんおおよろこびですよ。
私ね。
あんたのために今までことわってた仏教の雑誌に書くわ。
あんたに教えるためにと思って、
あんたに読ませるために。
タロへ
大変な世の中になっちまったわねぇ。
お前もさぞびんぼうして苦しかろうけども、
こちらもね、それはそれはひっぱくした世の中なのよ。
私なんかかえってからたった単衣(ひとえ)のもめんを
一反買ったぐらいで出来るだけけんやくしているのよ。
ニセガネツカイ(贋金使い)の作者はりこうだが
りこうが鼻につく、理智の筆先はうまい。
だがローレンスは永遠につながる詠嘆と詩がある。
エロはあの人の体質の予映にすぎない、
そんなところばかりめにつけてるのは安価なスケベイ人だ。
その奥のものを見よ。感ぜよ。
感情的でなしに必要以上にもお前に逢っていみたい。
お前のこの後の生活の方針についても話してみたい。
それにしてもお金がなければ、お金がほしいと思う。
この次の小説集はお前の画でかざりたいとおもってます。
オサケ。
あんまり呑むと血圧が高くなるから
養生して長生きしておくれよね。
太郎はなんと愛らしき太郎であるよ。
しかも尊敬すべき太郎である事よ。
わが子ながら時々芸術では師のようにさえ感ずる。
立派な芸術家をたった一人子に持てる女性のほこりと
よろこびと幸福をしみじみ感じる。
==========================
————————読んでいて、
僕は、自然と涙が溢れてきました。
うつし世を 夢幻(ゆめまぼろし)とおもへども
百合(ゆり)あかあかと 咲きにけるかな
――――岡本かの子
かの子さんのところに行く時に、
ちょっとオブジェに波長を合わせてみたところ、
「私、赤ワインが飲みたいわ。。」
という言葉を感じたので、僕はこの時、
ワイングラスと赤ワインを持って出かけました。
プリリンなねーさんもワザワザ横浜から駆けつけてくれて、
見ると彼女は手に紫と白の花束を持っていました。
高貴さと純粋さが合わさるような花束。
それらを日本を代表する建築家の丹下健三さんが造った
美しい台座の下にある大きな石に捧げ。
僕らはしばし、静かな時を過ごしました。
かの子さんは少々、
ホロ酔いの午後だったように思います。(^^)
東京都世田谷区と
神奈川県川崎市との間をゆったりと流れる多摩川。
そこに掛かる大きな橋のほど近くに
ヒッソリと建っているこの独創的なオブジェの元には、
そんな文字が刻まれていました。
オブジェのタイトルは「誇り」。
「太郎」とは、言わずと知れた芸術家「岡本太郎」さん。
このオブジェの作者。
「一平」とは岡本太郎さんの父。
そして「かの子」とは、岡本太郎さんの母の名前。
このオブジェは岡本太郎さんが亡き母を想い、
母の生家のあった地に建てたもの。
一見、
何をイメージしているのかよくわからない造形は、
しかし、その存在に気づいた瞬間、
他の岡本太郎作品と同様に見る者の心をザワメキ立て、
月や太陽の引力のごとく不可視な力でもって
作品に繋ぎ込んでしまいます。
間近で目にすると有機的で不可思議で、強く、妖艶な肢体。
真っ青な空に螺旋を描きながら勢いよく
昇りゆこうとする真っ白な生き物のよう。
僕には、それは鶴のようにも、蛇のようにも、
油皿に灯る炎のようにも見えました。
「こんな近所にあったのに......
ちゃんと見たことは無かったんだなぁ......」
少し前の、よく晴れた日の午後。
僕はそんなことを思いながら、しばし、時を忘れ、
このオブジェの元に佇んでいました。
ただジッ......と見入っていました。
「岡本かの子 1889 - 1939」
どれだけ多くの人が知っているかはわかりませんが、
岡本太郎さんのお母さんというのは、
優れた文筆家だったのだそうです。
僕は上の写真にある
彼女のベストセレクション的な短編集の文庫本を
一冊だけ持っていたのですが、
買ったきりナカナカ読む事ができず。
書棚の「まだ読んでいない本のコーナー」に雑然と
多くの本と共に積み置いていました。
多摩川のオブジェを初めてマジマジと見に行った後、
僕は改めて、未読のまま放置していた、
その「かの子さん」の本を
書棚から取り出してみることにしました。
そして、ゆっくりと時間をかけて読んでみました。
かの子さんの文章は昔の言葉遣いや文体のせいもあって
読むのに少々苦労する......という部分がありましたが、
しかし、読み始めてすぐにわかったのは、
その表現力の異様な高さ。孤高さ。
ちょっと......
イヤ、かなり......圧倒されました。
「こんなスゲー人だったのか。
なんでもっと早く読んでなかったんだろ......」
それが僕が本を読んで最初に抱いた印象。
艶やかで惚れ惚れしてしまう圧巻の言葉センス。
描写力。
そしてそんな言の葉が組み合わされ、
紡がれる文章が放つ不思議な色香と激しさ。
ページから色めき立って来る様な光。空気。
とても感動させてもらいました。
==========================
【渾沌未分=こんとんみぶん】より——————————
こせこせしたものは一切投げ捨ててしまえ。
生まれたてのほやほやの人間になってしまえ。
向かうものが運命なら運命のぎりぎりの根元のところへ、
向かうものが事情なら、
これ以上割り切れない種子のとことに詰め寄って、
掛け値なしの一騎打ちの勝負をしよう。
この勝負を試すには、決して目的を立ててはいけない。
決して打算をしてはいけない。
自分の一切を賽(さい)にして、投げてみるだけだ。
そこから本当に再び立ち上げれる大丈夫な命が見付かって来よう。
今、なんにも惜しむな。
今、自分の持ち合わせ全部をみんな投げ捨てろ。
一切合財を投げ棄てろ。
【金魚撩乱=きんぎょりょうらん】より————————
「意識して求める方向に求めるものを得ず、
思い捨てて放擲(ほうてき)した過去や思わぬ岐路から、
突兀(とつこつ)として与えられる人生の不思議さ」が、
復一の心の底を閃いて通った時、
一度沈みかけてまた水面に浮き出してきた美魚が、
その房々とした尾鰭(おひれ)を
また完全に展(ひら)いて見せると
星を宿したようなつぶらな眼も球のような口許も、
はっきり復一に真向かった。
「ああ、真佐子にも、神魚鬘之図にも似てない......
それよりも......それよりも......
もっと美しい金魚だ、金魚だ」
【河明かり】より——————————
「川を遡るときは、人間をだんだん孤独にして行きますが、
川を下って行くと、人間は連れを欲し、
複数を欲してくるものです」
【雛妓=すうぎ】より——————————
奥様のあのときのお情けに対してわたくしは何をお礼に
お餞別(せんべつ)しようかと考えました。
わたくしは泣く泣くお雛妓(すうぎ)のときの
あの懐かしい名前を奥様にお返し申し、
それとお情けを受けた歳の十六の若さを奥様に差し上げて、
幾久しく奥様のお若くてお仕事遊ばすようお祈りいたします。
ただ一つ永久のお訣れに、
わたくしがあのとき呼び得なかった心からのお願いを今、
呼ばして頂きとうございます。
それでは呼ばせていただきます。
おかあさま、おかあさま、おかあさま―――
むかし雛妓のかの子より
==========================
岡本太郎さんの作品と人生、哲学に、
この母親「かの子」さんの存在が
どれほど大きな影響を与えていたのか。
息子としていかに母を慕っていたのか。
それがとても良く解る作品群でした。
彼女なくして岡本太郎の才能は開かなかったのだと思います。
そして、母、かの子さんの文筆家としての才能は、
息子太郎をも驚かせ、
敬愛されていたことも良くわかりました。
巻末には芸術家を志してフランス、
パリへ留学していた息子との手紙のやり取りが
「太郎への手紙」と題され、
幾つかまとめられて載っていました。
当時、ヨーロッパへの留学は今よりもっと貴重なことであったハズで。
かの子さんは経済的にとても苦しい暮らしを強いられていた中で、
なけなしのお金をはたいて、
一人息子の太郎さんを修行に旅立たせていたようでした。
手紙から伝わる、そんな母「かの子」の想いが僕の胸を打ちます。
==========================
むす子はこのごろどう暮らしているの。
私はゆうべからすこしメランコリックになって
泣いてばかりいるのよ。
慰めにってみんなが活動へ連れて行くところなの、
むす子のおばあさんである私の母をおもい出すのよ。
武蔵野のね、野菜の浄(きよ)らかに育つ処のね。
死んだお母さんを思い出すのよ。
だってむす子はどうせパリジャンだし
私は追憶ぐらいしなきゃつまんないもの。
夏のはじめ来られるかい?
いい手紙をもらった。
まるっきりこの手紙をもらうために
お前を育てたと思われるほどいい手紙だ。
これは子が母へ対しての、
そして人間が人間へ対しての最もいい好意と
同情と愛情のこもった手紙です。
静ですよ、私の世界は今、
そしてこの静けさの底にシンと落付いている力がある―――
誰も太郎さんはと聞くよ。
ぐっと胸がつまるのでそれに反抗して反身(そりみ)になっちまうよ。
涙が出るから気どってごまかして、
どうもかえりませんのでと前おきするよ。
そのあとの説明は推察しなさい。
パパおとなしいよ。いい子だよわり合いに、
お前の事考えて時々ぼんやりしてるよ。
そして二人でとしよりみたいに子の無いことの愚痴を云うよ。
察しなさいよ。
えらくなんかならなくてもいい、と私情では思う。
しかし、やっぱりえらくなるといいと思う。
えらくならしてやりたいとおもう。
えらくなくてはおいしいものもたべられないし、
つまらぬ奴にはいばられるし、こんな世の中、
えらくならなくてもいいような世の中だから
どうせつまらない世の中だから
えらくなって暮らす方がいいと思う。
あんたやっぱり画(え)かきになりなさい。
画(え)と定めて今から専念しなさい。
年とるばかりだから。
俳優もだめ。音楽家というわけでも無かろうし―――
ならばやっぱり画に専念しなさい。
でもね、この料簡(りょうけん)を一応持つと同時に
またほかの方面への関心を
自分に宛ててみて生活をするのもよろしかろう。
同じ芸術をやっている以上
迷いの苦しみがよく分かれば分かるほど、
こちらも聞きながら苦しい。だが私は思うのよ。
製作の発表の場所を与えられれば
迷いながらも一つの仕事を完成する、
そして世に問うてみ、自分に問うてみ、
また次の計劃(けいかく)がその仕事を土台にして生まれる。
タロどの
お前が展覧会へ出すについておとうさんおおよろこびですよ。
私ね。
あんたのために今までことわってた仏教の雑誌に書くわ。
あんたに教えるためにと思って、
あんたに読ませるために。
タロへ
大変な世の中になっちまったわねぇ。
お前もさぞびんぼうして苦しかろうけども、
こちらもね、それはそれはひっぱくした世の中なのよ。
私なんかかえってからたった単衣(ひとえ)のもめんを
一反買ったぐらいで出来るだけけんやくしているのよ。
ニセガネツカイ(贋金使い)の作者はりこうだが
りこうが鼻につく、理智の筆先はうまい。
だがローレンスは永遠につながる詠嘆と詩がある。
エロはあの人の体質の予映にすぎない、
そんなところばかりめにつけてるのは安価なスケベイ人だ。
その奥のものを見よ。感ぜよ。
感情的でなしに必要以上にもお前に逢っていみたい。
お前のこの後の生活の方針についても話してみたい。
それにしてもお金がなければ、お金がほしいと思う。
この次の小説集はお前の画でかざりたいとおもってます。
オサケ。
あんまり呑むと血圧が高くなるから
養生して長生きしておくれよね。
太郎はなんと愛らしき太郎であるよ。
しかも尊敬すべき太郎である事よ。
わが子ながら時々芸術では師のようにさえ感ずる。
立派な芸術家をたった一人子に持てる女性のほこりと
よろこびと幸福をしみじみ感じる。
==========================
————————読んでいて、
僕は、自然と涙が溢れてきました。
うつし世を 夢幻(ゆめまぼろし)とおもへども
百合(ゆり)あかあかと 咲きにけるかな
――――岡本かの子
かの子さんのところに行く時に、
ちょっとオブジェに波長を合わせてみたところ、
「私、赤ワインが飲みたいわ。。」
という言葉を感じたので、僕はこの時、
ワイングラスと赤ワインを持って出かけました。
プリリンなねーさんもワザワザ横浜から駆けつけてくれて、
見ると彼女は手に紫と白の花束を持っていました。
高貴さと純粋さが合わさるような花束。
それらを日本を代表する建築家の丹下健三さんが造った
美しい台座の下にある大きな石に捧げ。
僕らはしばし、静かな時を過ごしました。
かの子さんは少々、
ホロ酔いの午後だったように思います。(^^)
と、あなたは言っていましたね。
まさに、夏の暑い日は、道から陽炎が立ち上り、オブジェも揺らめくような形でした。
私は、ツユクサが好きだったのです。
と、かの子さんは言っていたので、青いリンドウを、持って行ったのでした。
岡本太郎さんを生んだかの子さん。
やっぱり、並な人ではないですね。
作品からは小説家としても飛び抜けた才能を感じました。