AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

自律神経失調症?の針灸治療の考え方

2006-06-03 | 精神・自律神経症状

1.自律神経失調症の概念
 臨床上、不安で消長しやすい多数の自律神経性の身体的愁訴を訴える者を、自律神経失調症とよび、同じ多愁訴でも心因性要素の多い者を神経症とよんでいる。ただし本当に自律神経が失調すれば、大変な重病なわけで、実際には長期的な経過を経ても悪化しない多愁訴患者で、神経症性要素の少ない者を、ゴミ箱的診断としてとりあえず自律神経失調症としているのが現実である。

2.自律神経失調症分類
 自律神経失調症は、古くから交感神経緊張症と副交感神経緊張症に漠然と大別されてきた。

1)交感神経緊張症(ジンパチコトニー)
概念:ストレス→交感神経緊張状態→血流障害による諸症状
主な症状:脈拍の増加、高血圧、高血糖、痛み、コリ、不眠、いらいら、便秘、食欲不振、歯槽膿漏、痔疾など

2)副交感神経緊張症(ワゴトニー)
概念:リラックスした状態で現れる症状で、この時免疫機能は高まっているが、これが破綻する方向に機能するとアレルギーとなる。
主な症状:鼻汁、喘息、乾咳、蕁麻疹、皮膚のかゆみ、元気が出ない、趣眠

3.自律神経失調症の針灸治療の考え方
1)西条一止先生の研究
自律神経失調症の針灸治療は次の2タイプに分類した。
①交感神経緊張型の治療 :伏臥位にて背部兪穴に置針
②副交感神経緊張型の治療:座位にて単刺。針より灸

2)全日本針灸学会東京地方会学術部の報告
西条の考えに影響を受け、上記団体所属の諸氏は、交感神経と副交感神経の両者とも緊張しているタイプが実証であり、これには瀉法(ないし強刺激)をに行うのがよく、両者とも弛緩しているタイプが虚証であり、これには補法(ないし弱刺激)を行うのがよいという見解を示した。

①交感神経緊張型の治療:伏臥位にて頸部から腰部にかけても背部兪穴に置針
②副交感神経緊張型の治療:灸を中心とする治療。針ならば浅刺か座位での単刺。
③両神経緊張型の治療:瀉法ないし強刺激
④両神経弛緩型の治療:補法ないし弱刺激



上記で①②は手技に関する相違であり、③④は刺激量の相違なので実際の治療には①+③、①+④、②+③、②+④という4通りの組み合わせになる。直感的に理解しやすいように、施術体位や手技を風呂の温度に、刺激量を風呂につかる時間にたとえて表現すると次のようになる。

①+③:熱い風呂に長時間我慢して浸かる=強刺激(瀉法)。
 伏臥位で背部に太い針で、深刺持続手技針。強壮者の止痛や強いコリの治療。
①+④:ぬるめの風呂にゆっくり浸かる=リラクセーション。
 伏臥位で細い針で浅刺置針。交感神経緊張症に対する治療。
②+③:熱いシャワーをサッと短時間浴びる=リフレッシュ。
 座位で太い針で上背部に速刺速抜の針刺激。副交感神経緊張症に対する治療。
②+④:ぬるめのシャワーをサッと短時間浴びる=弱刺激(補法)
 座位で細い針で、上背部を単刺。虚弱者や過敏者に対する治療。



3)私の針灸治療の考え
 本ブログ冒頭に自律神経のブレと体力の有無という2つの要素を表にしたものを示した。この考え方は、自律神経のブレ=陰陽、体力の有無=虚実とも言い換えることもでき、結局八網弁証の分類に類似してしまう。八網弁証は、興味深いものではあっても、針灸治療に直接は結びつかない考え方である。なぜなら実際の患者では、交感神経優位症状と副交感神経優位症状が交錯しているのが普通で、しかも主訴や主訴に準じた訴えといった、重点づけも考慮しなければならないからである。

 代田文誌先生の治療は、施灸係の助手一人いただけで、1日80人の患者を診ることができる体制だったという。平均すると1日40~50人来院していたので、余裕もって診療に臨んでいた。多くの患者を診る手順は決まっていて、初診患者では1日目は仰臥位で胸腹部の施術をして、2日目は伏臥位にてTh7以下の背腰部を施術し、3日目に座位で頸部~Th7までの上背部の施術をしたという(連続3日間来院させる)。頸部~Th7のレベルを座位で施術するのは、柳谷素霊先生も同じだった。

 針灸来院の患者では、急性症状を除き、訴えは3つ以上あるのが普通である。たとえば、腰痛・膝痛・肩コリといったように。詳細に聴取すると、足冷や胃弱や便秘もあったりする。患者が治療を希望している症状に対処しないと、満足を与えるのは難しいが、症状多数の場合、一度には対処しきれない。そこで治しやすさも加味しつつ、上位3つ程度の症状にターゲットを絞る必要が出てくる。

 もともと自律神経失調症という診断名は、しっかりとした病態的裏付けがあるわけではない。上位3つの点症状に対する治療と、仰臥位・伏臥位・座位での身体の異常所見に対する治療という2つを同時進行させることが、実施可能な現実的対処法となるだろう。つまり自律神経失調症の針灸治療を特殊なものと考える必要はなく、不定愁訴症候群という広い範疇でとらえ、仰臥位、伏臥位、座位と肢位を変えながら、それぞれ順番に反応点をみていき、要所を施術するという治療でかまわないのではないか?
 鼻炎・気管支喘息・アトピー・やる気が出ない、など明らかな副交感神経優位の場合には、教条的には座位での短時間刺激ということになるが、それで正規の治療料金がとれるだろうか? 座位での施術を重視するにしても、仰臥位や伏臥位での治療は、「治療」としての形を整えるためにも必要となるだろう。