AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

脳血管障害と醒脳開竅法 その2(現代医学的解釈と評価)

2006-06-18 | 特定疾患
 醒脳開竅法は、「写真でみる脳血管障害の針灸治療 醒脳開竅法の理論と実際」東洋学術出版社刊(1991)で詳しく紹介されている(巻末には、私が整理した醒脳開竅法で使う治療穴の一覧表も載っています)。ただし説明は中医学的であり、読者に中医学の素養があることを前提としている。門外漢を納得させることはできない。ここでは現代医学的観点から、その説明を行う。

1.脳卒中の針灸治療概要
 脳卒中の針灸治療には、種々の方法が考案されているが、おおざっぱには次の方法に整理できる。

1)脳循環改善
 ①肩背部からの大量瀉血
 ②完骨付近からの大量瀉血
 ③手足の12井穴刺絡
 解説:①は脳圧亢進を直接的に軽減させる狙いがある。③も脳圧亢進軽減のために、乳突導出静脈からの減圧を目的としている。静脈圧を下げることで動脈血流を脳に流入せしめるという作戦。③の井穴刺絡だが、井穴から刺絡すると四肢末梢血管が拡張することで血圧降下させることや、刺痛刺激が脳血管を反射的に収縮させるが、二次性変化として血管拡張変化させることを目的としている。すなわち反射的に脳血流量の増大を図るものである。原著は「鍼灸大成」。

2)脳に知覚インパルスを送り脳の予備機能や代謝機能を活性化
 ①12井穴刺絡、湧泉刺針、十宣刺針
 ②合谷、太衝、内関、三陰交の強刺激
 ③人中の強刺激
 解説:12井穴刺絡は前項でも出てきている。前項での目的は血を出すことであり、本項では刺針刺激を与える目的がある。
 末梢神経麻痺時、障害された神経へ直接刺針刺激を与えると、麻痺が改善することが多い(老人や圧迫の程度が強いと、あまり効果ない)。では中枢神経障害時はどうであろうか?
 その要点は、神経幹への直接的刺針刺激、または知覚過敏部である四肢の指先(井穴など)や顔面部(人中など)を刺激である。刺激すると、確かに麻痺が改善し、意識明瞭になるという効果が認められることが多いことにまず驚くであろう。
 この治療を体系づけたのが清脳開竅法だと私は理解している。清脳開竅法でも症状に応じて種々の経穴を使うが、主穴は人中・内関・三陰交の3穴である。その取穴理由は中医弁証により行われるが、単純化すれば、すれば人中は三叉神経を刺激することで意識に、内関は正中神経刺激により上肢麻痺に、三陰交は脛骨神経刺激により下肢麻痺に対処するものである。人中は患者の目が潤むまで刺激し、内関と三陰交は電撃様針響を与えるとともに、運動神経線維刺激として患部筋が3回躍動するまで行うよう定めている。
 醒脳開竅法では、一見すると非常な強刺激に思えるが、患者にしてみれば刺激過剰による弊害はみられない。脳卒中患者は脳による末梢神経支配が弱まっているので、刺激に対する身体反応も弱くなっている。一般的刺激量では効果に乏しく、患者の感受性としては妥当になる
 運動麻痺に対する知覚刺激治療は、ボバース法としてリハ分野で実践されている。ボバース法では運動療法を行いつつ、動きの悪い部をブラシなどで擦過刺激を与えるものである。脳に知覚インパルスを送ることが、発症直後の意識障害や片麻痺改善に効果があることが知られていたのである。
※醒脳開竅法は1972年に発表された。しかし1967年には、楊再春らのグループが脳血管障害に対する「神経幹刺激療法」を発表している(医道の日本、昭57.11~昭和58.9)。楊医師らの治療理論は、生理的機序を基礎としており、中医理論を使用していない。

3)痰の改善
 脳卒中後3~4時間経つと、痰(現代医学でいう)が非常に多くなり、これを吸引しないと窒息したり肺炎を起こす。これは気管支の脳からの神経支配が悪くなり、気管支の分泌が多くなるために生ずると現代医学では説明づけている。
 古代中国医師は、このような観察から、痰(非生理的な水液貯留)が脳卒中の原因だと考察した。すなわち飲食物の不摂生により痰が生ずる→痰が停滞して熱をもって痰火となる→痰火が心竅を塞げば意識障害になり、痰火が経絡を塞げば半身の運動や知覚が麻痺するという病理観が生まれた。

 この解釈は現代医学的にはナンセンスなので、とりあえずは無視するが醒脳開竅法の語源由来に関係している。醒脳開竅法の「竅」とは身体に多くある洞穴のことであり、とくに頭蓋骨に開いた穴すなわち眼・耳・鼻・口を意味する。「開竅」とは痰火が洞穴を塞いで生じた意識障害を改善するという意味がある。「醒脳」にも意識をはっきりさせるという意味がある。


2.醒脳開竅法の治療効果
 一般に中国の鍼灸治療成績は、わが国医療人にとって、信じがたいほど好成績のものが多い。それが真に素晴らしいものであるか、それとも判定基準の甘さにあるのか不明だが、結局は好成績であること自体が、わが国だけでなく世界的にも、不信感をもたれている原因をつくっている。

 具体的数値はともかくとして、醒脳開竅法が非常に効果的な治療法であることは、天津中医学付属第一病院を見学すれば知れることである。わが国では、中国と医療システムが異なっているのであまり普及していないが、東京衛生学園近くの総合病院では、入院・外来とともに醒脳開竅法を行っており、田中泰ほか著「牧田病院における醒脳開竅法施行50症例の経過(Br.Stageを中心として)」を全日本鍼灸学会誌1990.3で発表している。ブルンストロームステージとは、脳卒中回復の評価に用いる指標で、世界的に普及している。醒脳開竅法治療を、ブルンストロームステージで評価した場合、通常みられる共同運動パターンが抑えられ、正常パターンで回復していく状況がみられた。ただし醒脳開竅法は巧緻動作の向上は難しいことも指摘されたということだった。

 醒脳開竅法に弱点はあるものの、その点は他の方法でカバーすればよいのであっって、やはり有力な脳卒中の治療法だといえる。また醒脳開竅法の実施にあたっては中医理論を理解しているに越したしたことはないが、現代医学的解釈でも、一応の解釈が可能である。
 醒脳開竅法は急性期から後遺症期まで使えるが、真骨頂は急性期であって、内科的治療と並行して行われることが望ましい。それが全国の病院に普及しないのは、普及の妨げとなる法規や悪癖があるためであろう。、そのことが患者を不幸にしていると私は考えている。