その日私は高層アパートの1階にある公民館の一室で碁に興じていた。そこに大きな揺れが襲った。これまでに私が経験したことのないような大きな揺れである。いつもと違う揺れに全員が外に出ることになった。高層アパートの前は広い公園になっている。そこから見上げると電柱や高層の建物の上端がざわめいて揺れているのが見える。揺れがおさまって部屋に戻りそれぞれの対局を再開したが短時間のうちに再び揺れが襲う。この日は大きな揺れが3回襲い、そのたびに外に出ながら碁を打っていた。帰宅を促す館内放送で東北に大津波が発生したことを知らされた。
リアルタイムのテレビ映像を見ているうちに次第に重苦しい気持ちに追い込まれていく。私達の想像をはるかに超えた破壊力で人と街に襲いかかる大津波の猛威をテレビは流し続けた。今回の地震は三陸沖、福島県沖、茨城県沖の3つの大規模地震が6分間の間に断続的に発生していたということが判明した。そこで3回の地震の合計はマグニチュード9.0と後日修正された。大津波といえば04年のスマトラ沖地震はM9.1で死者22万人以上であったという。
余震が続く中で日常とは異なる風景も目に付くようになった。新聞のテレビ・ラジオの番組欄は白く空欄になっている。終日地震関連のニュース・番組を放送しますとある。地震の翌日に近くの家電量販店では地震のため懐中電灯と石油ストーブは完売しましたと空っぽの陳列台に貼り紙があった。ガソリンスタンドにはたくさんの車が並ぶようになった。物流にも変化があるようで生鮮食料品の量が少ない、あるいは到着が遅れているなどの多少の混乱が見られる。「計画停電」という聞き慣れない計画が月曜日から実行されると発表された。それよりも福島第1原発の事故は深刻だ。東京電力は総力を挙げて荒れ狂う原発を何とか抑え込んで欲しいと願うばかりだ。