鈴木さんが始めた玉川上水オープンギャラリーは2月4日の「立春」で5年目を迎えた。今では鈴木さんは73歳のはずである。雨が降らないかぎり毎日のように玉川上水に「出勤」して、四季の風景をカメラに収めたり、スケッチを楽しんだりしている。ギャラリーは雨風にさらされ砂嵐にみまわれることもある。ギャラリーの真ん中を自転車で横切る人もいる。これほど開かれたギャラリーを私は知らない。ギャラリーは節気ごとに展示を入れ替える。その入れ替え作業は節気の前日の午後3時から始まる。今年になって私も都合がつく限りお手伝いすることにした。
驚いたことに展示プランは1年先ぐらいまで決めてあるという。まず長期のプランがありそれに基づいて準備するのでなければとても間に合わないという。ギャラリーは展示だけでなくその節気だけにしか出会えない小鳥や蝶や植物を求めて観察会が開かれている。24日の日曜日は「春分」の観察会だった。この日の観察会は私は最初だけ顔を出してあとは不参加のつもりだった。テレビの高校野球と囲碁の決勝戦と私が見たい番組が続いていた。そのことを事前に鈴木さんに伝えると、鈴木さんは声を低くして私に考え直せという。私を片隅に連れていき細長いリュックの中に隠し持った一升ビンを示した。
今日の観察会は花見を中心にするというのが鈴木さんの計画だった。私は予定を変更して鈴木さんに同行することにし一度自宅に戻り急いで皆さんの後を追った。ありがたいことに曇り空から陽射しも出てきた。誰かが柵に囲まれた原っぱに土筆(つくし)が群生しているのを発見した。鈴木さんが案内した花見の場所は小平市のはずれにある名も知らぬ公園だった。枝垂れ桜があでやかな色をして垂れ下っている。息をのむほどの色合いに感動する。桜の傍にあるあずまやの中の四角形の腰かけがテーブルになった。そこに蕗の薹やよもぎの天ぷら、カンゾウのお浸し、土筆の佃煮が並べられた。一升ビンは会津の濁り酒だった。
今日あたりは都立小金井公園では大変な人出だろうと想像した。それにくらべてこの公園の落ち着いた雰囲気はどうだ。子供連れの家族の姿を何組か見かけるだけだ。私は土筆を初めて食べた。少しの苦みとゴマ油の香りが口の中に広がる。1月の屋外での新年会の時もそうであったが、私たちは鈴木さんの厚意に甘えてばかりである。うまい酒をいただいた男たちはこの日は5人だった。そのうちの一人から私に提案があった。これから会費を集める役割を二人でやろうというものだ。このことを女性をふくめた参加者全員に宣言してこれからの協力をお願いした。あの花見の日の後は寒さがぶり返している。ふと見ると庭の柿の木の枝先にぽつぽつと新芽が目立ち始めている。