玉川上水の辺りでハナミズキと共に

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり (道元)

*甑(こしき)大橋

2023年12月28日 | 捨て猫の独り言

 長さ50㎝、直径3㎝の円筒形の郵便物が届いた。ポストに入らないので門まで呼び出されて受け取る。友人から今年もまた鹿児島銀行が作成した1枚(通年)カレンダーが送られてきた。2023年は種子島の「千座(チクラ)の岩屋」だった。さて今回はと心躍らせ開封すると甑島にある「甑大橋」だった。鹿児島県は全国でも有数の離島県であることをあらためて思った。

 

 甑島は串木野の西約30㎞の東シナ海に浮ぶ3つの島だ。「甑」とは中国を発祥とする底に穴の開いた取っ手付きの食物を蒸すための土器だ。地名の由来は海岸にある「甑形の岩」をご神体に甑大明神として祭ったからという。甑島の玄関口は上甑の里港で、里の町は砂州の上にできている。函館、串本、里を日本三大トンボロ(砂州)と呼ぶ。私は2014年8月に里に一泊したことがあるが、そのとき中甑と下甑まで足をのばすことはなかった。

 上甑と中甑を結ぶのが「甑大明神橋」と「鹿の子大橋」である。甑島はカノコユリの日本唯一の自生地で、中甑には群生地がある。甑島をかかえる薩摩川内市の「市の花」はカノコユリだ。そして中甑と下甑を結ぶのがカレンダーにある「甑大橋」だ。これは2020年8月に完成し、県内では一番長い1533mだという。これで3つの島がすべて陸路でつながることになった。

 

 朝日新聞紙面ビューアーで「かごしま」の記事を読むことがある。12月19日の記事に心が和んだ。それは「出張除夜の鐘」という。コロナ禍で寺に大勢が集まることができない。「それならこちらから出向こう」と鹿児島市の妙行寺の住職とその長男の副住職が中心になって2020年に無料で始めた。小型の鐘を収める社(やしろ)の高さは120㎝ほど。出張は鐘の運搬、僧侶の法話、鐘のつき方の指導がセット。鐘は3基に増えた。今年の出張は今月1日に始まり30日まで。ある福祉施設では「鐘を見ただけで、認知症のお年寄りの表情が変わり、鐘の音を聞くと思い出がよみがえったかのように目を輝かせた」という。

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*年末の小旅行

2023年12月25日 | 捨て猫の独り言

 埼玉県越生(おごせ)町は梅林で名高い。JR八高線の越生駅までは我が家から90分の近場だ。その越生に強アルカリ性乳白色の温泉を楽しめるホテルがあり、しかもこの時期だから格安という。多くを期待しないようにと自分に言い聞かせて出かけた。ランチは駅から12分で「野菜中心の籠盛り」がメニューの「仙人小屋」が第一候補だ。

 JR越生駅は無人駅で駅前には太田道灌の像と巨大看板があり、越生は太田道灌ゆかりの地であることを知る。仙人小屋は週4日の営業で生憎この日はお休み。越生梅林近くのホテルを目指して歩き始め、道路沿いの老舗蕎麦屋さんの「よしひろ」で昼食となる。食事の後に出会ったワンダーランドは衝撃的だった。道路を挟んだ両側の広場にありとあらゆるガラクタが無秩序に並べられ、妖しい魅力が辺り一帯に漂う。

 

  駅からホテルまで4㎞を歩く。ハイキングコースでなく、車の多い大通りを歩いたのは下調べが不足していた。その代わりにワンダーランドに出会えた。夕食時に地元の佐藤酒造店の「越生梅林」の「利き酒セット」を試した。途中に数多く見かけた「越生梅林」の幟は酒の銘だった。酒造店を親から跡を継いだ佐藤麻里子さん(1991年生まれ)は県内初の女性杜氏で、弟たちと若い感性で酒造りに取り組んで店の酒のファンが増えたという。

 

  朝食前に湯に浸るのも旅ならではの贅沢だ。ホテルから「越生梅林」まで片道30分の散歩に出る。自転車通学の中高生や梅の剪定作業の男性やゴミの集積場所に向かう女性たちに出会う。ホテルはスポーツ施設を備え、日帰り入浴も営業している。旅の最後の湯に入り11時過ぎにホテル前からバスで駅へ。駅舎の「太田道灌を大河ドラマに!」という署名用紙気づいて記入した。太田道灌の終焉の地の伊勢原市では毎年「太田道灌まつり」が盛大に行われているという。

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*居場所開設される

2023年12月21日 | 捨て猫の独り言

 現在、小平市は立憲民主党の女性市長である。緑の党の市議会議員H氏は、与党であるか野党であるかに関係なく市民の暮らしを優先するという態度を貫いてきた。しかし4月の小平市議会議員選挙で、私が投票したそのH氏(72歳)はわずか4票差で次点となった。

 玉川上水の緑道をジョギング中の汗だくのH氏に出会うこともいく度かあった。ポストに入るリーフレットで彼の主張を知り賛同するところは多かった。実は彼に投票するのは今回が初めてだった。これまでの実績からみて予想もしなかった結果に私は驚いたし、一番驚いたのは本人だったと思う。

 「落選後は紆余曲折はありましたが、皆さんから事務所を残してほしいというお声をいただき、今度は私が恩返しする番だと思い、地域の居場所を作ることに決めました。人のつながりが薄くなる社会の中で、高齢者や子供たちが地域で安心して交流できる場が必要です。運営費は家賃などかかりますが何とかなるさと頑張っています」という案内が今月になって舞い込んだ。

 居場所の名は「pon&pon(ぽんぽん)」である。そのメニューは◎休憩所・世間話・おしゃべり処◎お話会◎いっしょにごはん会◎各種相談◎チャリティショップ◎0円ショップなど。これからやりたいことが5項目掲げられている。12月のイベントは「おもちつき・参加費は投げ銭方式」という。事前にH氏に挨拶に行き、当日は二人で参加した。おなか一杯になり、お土産のおもちまで頂いた。

 

 

 

 

 

 

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*映画「いちご白書」

2023年12月18日 | 捨て猫の独り言

 先月NHKBSで1970年日本公開のアメリカ映画「いちご白書」を観た。1968年コロンビア大学に軍の施設を設計する動きが現れる、そこで学生たちはストライキを起こす。そんな中、ボート部の学生は活動家の女性に恋をし、その活動にのめり込んでゆく。映画は講堂に立てこもる学生に対して警棒が打ちおろされる壮絶なシーンで終わる。

 半世紀以上前の1970年、アメリカはベトナム戦争を継続し反戦運動が盛んだった。日本では1969年の1月に安田講堂占拠事件があり、当時私は長きにわたり人生の迷路に迷いこみ、もがいていたがなんとか生きていくことに決めて周囲の助けもありこの年の4月に就職した。翌年の70年には三島事件が起きた。大学紛争の体験記である映画「いちご白書」はこの歳になるまで観ることなく過ごした。

 フォークソング「いちご白書をもう一度」も流行っていた(ようだ)。すべて「いちご白書」に関わることは曖昧なまま言葉だけがかすかな記憶として残っていた。コロンビア大学の学長が学生の交わしていた政治的な議論を「所詮、苺が好きか嫌いかといった程度の議論だ」とからかったことに対する当てつけだと今になって知った。

  

 「昨日少年が外の世界に踏み出した 瓶の中にトンボを捕まえて とどろく雷の音におびえ 流れ星を眺めて涙した 〈略〉 明日を夢みていた少年は20歳になった かつての夢は実現し輝きを失ったけれど 新たな夢が沢山生まれるだろう 青春の最後の年が終わる前に そして季節は巡りまた巡る 木馬たちは上え下えと動く 人は皆、時の回転木馬に乗せられて 後戻りできずに振り返るだけ ぐるぐる回りながら必死に生きていくだけ」映画の最初と最後にこのような詩が流れる。

 

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*続・日展2023

2023年12月14日 | 捨て猫の独り言

 私の好みで、まずは入選作品から

  

 つぎは心がざわついた会員の作品から、「大和は国のまほろば(倭建命)」「平勝寺の夜念仏」「赤い糸」。平勝寺は愛知県豊田市にある曹洞宗の古刹、8月10日と15日に夜念仏と盆踊りが行われる。

  

 そして日本画特選から

 

 さらに洋画特選から

  

 最後は彫刻から「時間への誘い」「初老の男」「私は生きている」

 

 

 

 

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*オスプレイ生産終了

2023年12月11日 | 沖縄のこと

 これまでオスプレイ関連の事故で死亡した人は世界で50人以上という。開発段階から事故をくり返し未亡人製造機などと呼ばれた。11月29日に米軍横田基地配備のオスプレイが屋久島沖で墜落し乗員8名が全員死亡した。我が家は横田基地に近い。もし住宅密集地に火の玉のような機体が落ちてきたらと思うとぞっとする。

 最初に事故について会見した防衛副大臣は「墜落」を認めず「不時着水」と強弁。その理由を「米国側から説明を受けているが、最後までパイロットは頑張っていらっしゃったということで不時着水ということだ」と主張した。こうした弱腰のもとで米軍は事故後も沖縄県普天間基地のオスプレイの飛行を1週間も止めなかった。

 沖縄の地元紙は12月8日、米国防総省が2026年に生産ラインを閉鎖し、機体の運用自体は50年代まで継続の方針であることを伝えた。ブログ「海鳴りの島から」は「結局日本以外のどこの国も買わなかったのだ。そのことは世界の軍隊がオスプレイの機能と安全性を低く評価していたことを示している。同時に米国の言うがままにオスプレイを買っている日本の馬鹿さ加減を表している」と綴った。

  

 「米国の対外政策の意志を決定しているものは、米帝国主義の資本主義体制であり、その中心を担うのが産軍複合体だ」これは多くの人に受け入れられる見解だと思う。しかし悲しいかな、生産された兵器は、消費されて初めて兵器産業が成り立つというおぞましい運命にある。そこでせめて米国との安全保障協力にあたり、未来の日本政府が独立国としての主体性だけは失わないでもらいたいと願う

 

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*北陸三県の旅(下)

2023年12月07日 | 捨て猫の独り言

 2日目後半に石川県立能楽堂を見学した。金沢は昔から能楽が盛んだった。加賀藩の前田家が武家の式楽(儀式に用いられる芸能)として保護育成を図り、庶民にも広く奨励し、それが現代にも引き継がれている。金沢能楽美術館もあり、能楽堂では金沢能楽会が「月例能」や「観能の夕べ」などを催している。

 まず座席数は401という観覧席の片隅に着席してDVDを鑑賞する。能面をつけ視野が狭められた役者が目安にする「目付柱」、そして「シテ柱」「ワキ柱」「笛柱」。本舞台への通路である「橋掛り」、手前に植えられた松は舞台に近い方から一の松、二の松、三の松と順々に小さくして遠近感を出している。

 

 それらが終わるとじゃりじゃりと音を立てながら白洲を歩いて舞台の下に埋められた甕を覗きに行く。これは足拍子などの振動に共鳴し大きく響かせる効果があるという。さらに舞台裏に案内されて楽屋、鏡の間を見学する。能を知らない私でもひきこまれてしまう。見学が無料というのも金沢らしいと思った。

  

 2日目前半の九谷焼体験館では、無地の丸皿に絵付け作業に取り組んだ。絵柄の見本が配られたが私は桜島を描いた。しかし、やたら重ね塗りをしたのはまずかったようだ。焼き付けられて後日郵送される。3日目の松川遊覧船・富山城址公園は悪天候のため、高岡市の錫の鋳物工場見学に変更された。(了)

 

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*北陸三県の旅(中)

2023年12月04日 | 捨て猫の独り言

 鹿児島空港へ向かう羽田発の便は、ほとんど海上を飛び続ける。それに比べて小松空港へは、日本の屋根と呼ばれる飛騨山脈(北アルプス)を越える。日本列島の山地の面積は国土の75%を占めるということを実感する。山脈は谷によって細かく刻まれていた。

  

 晴れたのは初日だけで、あとの2日は冷たく強い風雨に見舞われた。油圧ショベルなどの建設機械メーカーのKomatsu(小松製作所)の「こまつの杜」を見学。北陸には他にも、富山の黒部にファスナーやアルミサッシのYKK(吉田工業)などグローバル企業が存在する。

 

 北陸新幹線は来年の3月16日に金沢・敦賀間が営業開始する。新たに小松、加賀温泉、芦原(あわら)温泉、福井、越前たけふ、敦賀の新幹線駅が誕生する。「こまつの杜」は新幹線小松駅のすぐ傍にある。それで小松駅のホームから展示されている巨大なダンプトラックや油圧ショベル見えるはずだ。

 バスガイドさんからは、その土地ならではの話が聞ける。越前、越中、越後の国を「越の国」という。コシヒカリは「越の国」と「光」の字から「越の国に光り輝く」ことを願ってつけられた。コシヒカリ発祥の地は福井だという。また北陸の冬の味覚は甘えび、カニ、鰤すなわちAKBだと笑わせる。

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