忘れ人の独り言

明治生まれの両親がさりげなく生きていた姿が今,私に語りかけてくる。

「太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔」のニュース

2017-08-17 | 昔語り

終戦記念日を知っている人が少なくなってきたと言われている。

戦争を知らない人たちが多くなってきたのも関係しているだろう。

そういう私も15日の正午頃は汗をかきながら必死で娘の家へと向かっていてすっかりその時を忘れたいたが、家にいればいつもテレビの前で黙とうしていただろう。

夕方のテレビで兵庫県にある太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔」の話をしていた。この慰霊塔の存在が年々薄れていくことに危機感を感じた一人の男性が多くの人たちにその存在を知ってもらうため努力されているという内容だった。

この慰霊塔への参加者も遺族が亡くなったりで年々減ってきているという。

各地域ごとに慰霊塔があったりするのは知っていたが、全国的なものがあるというのを初めて知った。

ネットで調べると関連して

京都空襲のことが出てきた。昭和20年1月から6月にかけて5度にわたって京都でも無差別爆撃が行われたと書かれていた。

その中で6月の西陣空襲では死者50人、重軽傷者66人、被害家屋292戸、罹災者850名という記事を読んだ。こんなに死者が出たことことを知り、母が話していたことを思い出した。

その爆撃地からまじかに住んでいた母はその爆撃の時、背負っていた私共々体が浮き上がったことや、隣の家の大屋根に大きな石が落ちてきたこと、 爆撃のあとを見に行った人から聞いた惨状なども私が小学生の頃に話してくれた。

もう少し爆弾が落ちる場所がずれていたら現在の私もいなかったかもしれない。

 2年前に書いているブログの中で(70年目のヒロシマから思うこと

 キューバの子供達は原爆投下日を知ってる
それはキューバの英雄、チェ・ゲバラが広島を訪れ「平和を勝ち取るには広島を知らなければいけない」とカストロに伝え、以後教科書に記載するようになったからだという文言が再び思い出された。

戦後72年経たとはいえ平和への不安材料が増すばかりの今日この頃、8月15日はテレビ、ラジオ、各都道府県などで全国的な黙とうの合図をならし、平和の大切さを全国民が再確認できるようにしてはどうでしょうか?