‘ 痛いのも痛いが、綺麗なのも綺麗じゃ ’
「ガラス玉に金魚を十ばかり入れて机の上に置いてある。余 は痛みをこらえながら病床からつくづくと見て居る」時の正岡子規の手記である。
この感得はかなりの「男前」でないとできるものではない。
私でも例えば、
「自転車でコテンパンに転んだあと、真っ青空に真っ白雲を見て居る」時とか、
「木から落ちて骨折しながら、ぼんぼり提灯の朱の列に幻妖と浮かび散る夜櫻を見て居る」時とかに、
‘ 痛いのも痛いが、綺麗なのも綺麗じゃ ’と言うことができるような男になりたいと思うのである。