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今日でも我々の仲間で赤裸々な生活をやって見たくなるという例を申しますと、酒を飲むということである。
なぜ酒を飲むかと言うと、我々が原始生活に戻りたい、一元的生活へ戻りたいという要求が無意識の間に働いているからである。
無意識だから意識はしないが、その表面に出て来たところでは、酒を飲みたいということになるのである。
酒は束縛感を麻痺させて、一時眩惑的に飲み手に自由感を与えるのである。
それはどうかというと、眩惑的でもなんでも、酒を飲んで酔っ払うと、今日の文明人が持っている圧迫感から逃れて、「ちょっと」天地を狭しとする気になる。
すなわち一元の生活へ幾分なりとも近づいたような心持になって、圧迫感が飛んでしまう。
酔う、というのは、圧迫の自覚が無い、二元的生活が解消したと云う意味である。
ー鈴木大拙「一真実の世界」より
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