1月14日(火)のレクチュアコンサートVol.5の続きで~す。
2部は10分の休憩後に始まり。
♪ 春の海
作詞 宮城道雄、編曲 宮城衛
(宮城道雄は兵庫県神戸市生まれの作曲家・箏曲家で、旧姓は菅(すが)。十七絃の発明者としても
知られています。8才で失明する。1929年に発表した「春の海」は、フランス人女流ヴァイオリニスト
ルネ・シュメーと競演し、世界的な評価を得ることになりました。
その後、東京都新宿区に日本で最初の音楽家の記念館「宮城道雄記念館」が建ちました。)
(宮城道雄氏、死因は今も不明だとか・・・。)
♪ 一月一日
作詞 千家尊福、作曲 上眞行
(元旦にちなんだ歌曲。明治期から戦前にかけて唄われた小学唱歌。
作詞の千家尊福(せんげ たかとみ)は出雲大社第80代出雲国造です。)
(雲大社神楽殿横に設置されている歌碑)
♪ たこのうた
文部省唱歌
(1910(明治43)年に『尋常小学読本唱歌』で発表されました。
歌詞は、
たこたこあがれ 風よくうけて 雲まであがれ 天まであがれ・・・)
♪ 雪
文部省唱歌
(1911年(明治44年)の『尋常小学唱歌(二)』が初出。2007年(平成19年)に
「日本の歌百選」に選ばれました。
「こんこ」の正確な意味・語源は不明ですが、「来む」(来い = 降れ)と関係があると言われています。
1.「来む来む」(降れ降れ)
2.「来む此」(ここに降れ)
の2説あり、「来む来む」説の場合、語源的には本来は「雪やこんこん」となる。
国語学者の大野晋によれば「コンコン」はもとは「来ム来ム」であり、
「雪よ、もっと降れ降れ」が最初の意味であったとしている。)
♪ スキーの歌
作詞 林柳波、作曲 橋本國彦
(「スキーの歌」は、1932年(昭和7)、文部省発行の新訂尋常小学唱歌第六学年用に
載っていました。当時流行のスキーを題材にして林柳波が作詞し、橋本国彦が曲をつけた。
まるで自分が白銀にシュプールを描いて滑り降りているかのように景色が移り変わる様子が
歌われています。柳波は明治25年群馬県生まれ、「おうま」や「海」など1000編以上の
作詞を残しています。)
♪ スキー
作詞 時雨音羽、作曲 平井康三郎
(平井康三郎は1937年(昭和12年)から1947年(昭和22年)の期間、東京音楽学校で教鞭を取る傍ら、
作曲活動を行い、「平城山」や「スキー」などを作曲しました。その後は、文部省教科書編纂委員として
音楽教科書編纂等に携わります。また、NHK専属作曲・指揮者、合唱連盟理事、日本音楽著作権協会理事、
大阪音楽大学教授等を歴任しました。)
♪ 雪山賛歌
作詞 西堀栄三郎、作曲 P.モントローズ
(1927年(昭和2年)1月、京都帝国大学山岳部の仲間たちと群馬県の鹿沢温泉に来ていた西堀榮三郎
(のち第一次南極観測越冬隊隊長)が、冬場の雪で足留めを食らった際に、退屈を紛らわせるために
仲間たちと「山岳部の歌を作ろう」を話し合い、詩を書いた。それがこの曲です。山岳部の仲間内で
気に入っていたという『いとしのクレメンタイン(Oh My Darling, Clementine)』のメロディーに
言葉を当てはめ、好きなままに詩を作ったということを、西堀自身が後に著書で明かしています)
(雪山賛歌の歌碑、鹿沢温泉にあります。)
、
♪ 雪の降る街を
作詞 内村直也、作曲 中田喜直
(初出は1951年にNHKラジオで放送された連続放送劇「えり子とともに」の挿入歌でした。
ある回の放送前日におけるリハーサルで時間が余ることが分かり、その時間を埋めるべく急拵えで
制作されたが人気が出たため二番以降が制作され、高英男の歌唱によりレコードも制作されヒットしました。
後に、作曲者自らの手で女声合唱、混声合唱に編曲されています。)
(雪の街には心が洗われますねぇ~。)
♪ 銀色の道
作詞 塚田茂、作曲 宮川泰
(この楽曲は、2グループの歌手の競作となりました。最初にダークダックスがテレビ番組で発表しましたが、
レコードはキングレコードからザ・ピーナッツが先行して発売し、やや遅れてダークダックスも同じ
キングレコードから発売しました。NHK紅白歌合戦ではダークダックスが1966年の第17回に歌唱しました。)
(懐かしいダーク・ダックスさん)
(ザ・ピーナツもこの歌をカバー、若いですねぇ~。)
♪ どじょっこふなっこ
作詞 豊口清志、作曲 岡本敏明
(歌詞には
春になれば しがこもとけて
どじょっこだの ふなっこだの
夜が明けたと 思うべな
とありますが、
「しがこ」とは、氷のことですネ。
♪ どこかで春が
作詞 百田完治、作曲 草川信
(作詞の百田完治は明治26年(1893)大阪市に生まれます。大正、昭和の詩人、児童文学者。
高等小学校卒業後、個人的にフランス語を学びます。大正四年、はじめて百田宗治の名で詩集「最初の一人」を
刊行。人道主義、民主主義の傾向に移り、詩集「ぬかるみの街道」を刊行するに及んで民衆詩人として世に
認められます。)
(『どこかで春が』をネット検索をしていると、こんなのが
出てきましたぁ~。笑い
最後に『早春賦』をみんなで歌って終了!!
とっても楽しいレクチュアコンサートとなりました。
次は最後のシリーズで3月11日(火)に開催されます。
~ 卒業・別れ・そして、旅立ち ~ のテーマで。
また、チケットを買っておきましょうか。
※ 画像はHPなどからお借りしました。
2部は10分の休憩後に始まり。
♪ 春の海
作詞 宮城道雄、編曲 宮城衛
(宮城道雄は兵庫県神戸市生まれの作曲家・箏曲家で、旧姓は菅(すが)。十七絃の発明者としても
知られています。8才で失明する。1929年に発表した「春の海」は、フランス人女流ヴァイオリニスト
ルネ・シュメーと競演し、世界的な評価を得ることになりました。
その後、東京都新宿区に日本で最初の音楽家の記念館「宮城道雄記念館」が建ちました。)
(宮城道雄氏、死因は今も不明だとか・・・。)
♪ 一月一日
作詞 千家尊福、作曲 上眞行
(元旦にちなんだ歌曲。明治期から戦前にかけて唄われた小学唱歌。
作詞の千家尊福(せんげ たかとみ)は出雲大社第80代出雲国造です。)
(雲大社神楽殿横に設置されている歌碑)
♪ たこのうた
文部省唱歌
(1910(明治43)年に『尋常小学読本唱歌』で発表されました。
歌詞は、
たこたこあがれ 風よくうけて 雲まであがれ 天まであがれ・・・)
♪ 雪
文部省唱歌
(1911年(明治44年)の『尋常小学唱歌(二)』が初出。2007年(平成19年)に
「日本の歌百選」に選ばれました。
「こんこ」の正確な意味・語源は不明ですが、「来む」(来い = 降れ)と関係があると言われています。
1.「来む来む」(降れ降れ)
2.「来む此」(ここに降れ)
の2説あり、「来む来む」説の場合、語源的には本来は「雪やこんこん」となる。
国語学者の大野晋によれば「コンコン」はもとは「来ム来ム」であり、
「雪よ、もっと降れ降れ」が最初の意味であったとしている。)
♪ スキーの歌
作詞 林柳波、作曲 橋本國彦
(「スキーの歌」は、1932年(昭和7)、文部省発行の新訂尋常小学唱歌第六学年用に
載っていました。当時流行のスキーを題材にして林柳波が作詞し、橋本国彦が曲をつけた。
まるで自分が白銀にシュプールを描いて滑り降りているかのように景色が移り変わる様子が
歌われています。柳波は明治25年群馬県生まれ、「おうま」や「海」など1000編以上の
作詞を残しています。)
♪ スキー
作詞 時雨音羽、作曲 平井康三郎
(平井康三郎は1937年(昭和12年)から1947年(昭和22年)の期間、東京音楽学校で教鞭を取る傍ら、
作曲活動を行い、「平城山」や「スキー」などを作曲しました。その後は、文部省教科書編纂委員として
音楽教科書編纂等に携わります。また、NHK専属作曲・指揮者、合唱連盟理事、日本音楽著作権協会理事、
大阪音楽大学教授等を歴任しました。)
♪ 雪山賛歌
作詞 西堀栄三郎、作曲 P.モントローズ
(1927年(昭和2年)1月、京都帝国大学山岳部の仲間たちと群馬県の鹿沢温泉に来ていた西堀榮三郎
(のち第一次南極観測越冬隊隊長)が、冬場の雪で足留めを食らった際に、退屈を紛らわせるために
仲間たちと「山岳部の歌を作ろう」を話し合い、詩を書いた。それがこの曲です。山岳部の仲間内で
気に入っていたという『いとしのクレメンタイン(Oh My Darling, Clementine)』のメロディーに
言葉を当てはめ、好きなままに詩を作ったということを、西堀自身が後に著書で明かしています)
(雪山賛歌の歌碑、鹿沢温泉にあります。)
、
♪ 雪の降る街を
作詞 内村直也、作曲 中田喜直
(初出は1951年にNHKラジオで放送された連続放送劇「えり子とともに」の挿入歌でした。
ある回の放送前日におけるリハーサルで時間が余ることが分かり、その時間を埋めるべく急拵えで
制作されたが人気が出たため二番以降が制作され、高英男の歌唱によりレコードも制作されヒットしました。
後に、作曲者自らの手で女声合唱、混声合唱に編曲されています。)
(雪の街には心が洗われますねぇ~。)
♪ 銀色の道
作詞 塚田茂、作曲 宮川泰
(この楽曲は、2グループの歌手の競作となりました。最初にダークダックスがテレビ番組で発表しましたが、
レコードはキングレコードからザ・ピーナッツが先行して発売し、やや遅れてダークダックスも同じ
キングレコードから発売しました。NHK紅白歌合戦ではダークダックスが1966年の第17回に歌唱しました。)
(懐かしいダーク・ダックスさん)
(ザ・ピーナツもこの歌をカバー、若いですねぇ~。)
♪ どじょっこふなっこ
作詞 豊口清志、作曲 岡本敏明
(歌詞には
春になれば しがこもとけて
どじょっこだの ふなっこだの
夜が明けたと 思うべな
とありますが、
「しがこ」とは、氷のことですネ。
♪ どこかで春が
作詞 百田完治、作曲 草川信
(作詞の百田完治は明治26年(1893)大阪市に生まれます。大正、昭和の詩人、児童文学者。
高等小学校卒業後、個人的にフランス語を学びます。大正四年、はじめて百田宗治の名で詩集「最初の一人」を
刊行。人道主義、民主主義の傾向に移り、詩集「ぬかるみの街道」を刊行するに及んで民衆詩人として世に
認められます。)
(『どこかで春が』をネット検索をしていると、こんなのが
出てきましたぁ~。笑い
最後に『早春賦』をみんなで歌って終了!!
とっても楽しいレクチュアコンサートとなりました。
次は最後のシリーズで3月11日(火)に開催されます。
~ 卒業・別れ・そして、旅立ち ~ のテーマで。
また、チケットを買っておきましょうか。
※ 画像はHPなどからお借りしました。