犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

ニューエクスプレス ビルマ語

2017-03-18 23:13:10 | ミャンマー

 白水社の『CDエクスプレス ビルマ語』が、2015年に『ニューエクスプレス ビルマ語』に生まれ変わったということを、前に書きました(→リンク)。

 著者は同じ加藤昌彦さん。

 「はじめに」を見ると、改訂に至ったいきさつが簡単に書かれています。

 著者は2001年から『エクスプレス』を大学のビルマ語の授業に使ってきたそうです。『CDエクスプレス ビルマ語』は2004年の発行ですから、ここでいう『エクスプレス』というのは、CD化される前の『エクスプレス ビルマ語』(1998年)を指しているのだと思われます。2004年のときは、CD化しただけで、内容の改訂を行わなかったことがわかります。

 そして、授業をしながら自分なりに「ここはこうしたほうが良かったのではないか」と思う個所があり、また学生や一般読者からも質問や意見をもらい、旧版の改訂にとりかかりました。

 改訂にあたって心がけたことは、「はじめに」によれば、

1.言語学的記述の妥当性と整合性を保つ
2.ビルマ語の音体系を正しく伝えるであろうと自分自身が信じる方法で表記する
3.学習における分かりやすさを重視する
4.スキット間の登場人物に関連を持たせる
5.発音表記を可能なかぎりのビルマ語例につける

だそうです。

 旧版と新版を見比べてみると、

1.言語学的記述の妥当性と整合性を保つ

については、冒頭の「ビルマ語ってどんなことば?」と「発音と文字」の項の記述が、より充実し、言語学的な厳密性が高まっていることが感じられます。

2.ビルマ語の音体系を正しく伝えるであろうと自分自身が信じる方法で表記する

については、旧版と新版で発音記号が変更されています。加藤氏は、1998年に『エクスプレス ビルマ語』で、国際音声記号を基にした独自のビルマ語発音表記を作りましたが、その後改良を加え、2008年に、「ビルマ語発音表記の一例」という論文を発表しました。2015年の『ニューエクスプレス』では、これに更に改良を加えて、「ビルマ語の音体系を正しく伝えるであろうと自分自身が信じる方法」を世に問うています。

 どこが違うかというと、一つは「歯音」の表記。ビルマ語の歯音は歯破裂音(有声・無声)なのですが、98年版では、英語の歯摩擦音と同じ国際音声記号を代用していしました。2015年版では、これを区別して別の記号を使っています。

 もう一つは、末子音のn。98年版では、頭子音のnと同じように表記されていましたが、2015年版では「鼻母音」を表す「N」で表記されています。

 声調の表記法も一変しています。

 98年版では、

下降調をピリオド(a.)、低平調を無表記(a)、高平調をコロン(a:)

としていましたが、2015年版では、

下降調(â)、低平調(à)、高平調(á)となりました。

そして、新しい工夫として、音節と音節のつながり具合を表示しました。自立語(名詞や動詞)と助辞(助詞など)がつながるときは等号(=)で、ひとつの単語の中に切れ目があるときはハイフン(-)で表示されています。

3.学習における分かりやすさを重視する

 これはたとえば、各課において、その課の学習課題を明示したことや、98年版でスキットを提示するページには、ビルマ語本文と新出単語の語釈、全訳しかなかったのに、2015年版では、ビルマ語本文の前に、スキットの場面設定の解説が入ったり、「慣用表現」の欄ができたり、またビルマの文化についての簡単な解説が入ることがあるなどの工夫がなされています。

4.スキット間の登場人物に関連を持たせる

 98年版では、各スキットの発言に話者の表示がありませんでした。会話の内容から話者の名前や国籍がわかる場合もありましたが、そうでない場合も多かった。また、同じ名前の人が別のスキットに登場したとき、内容的に矛盾している場合もありました。

 新版では、各発言には話者の固有名詞が明示され、また20あるスキットが互いに関連をもった構成となったため、旧版の矛盾は解消されました。

5.発音表記を可能なかぎりのビルマ語例につける

 学習上、この改善点はとても大きいと思います。旧版では、本文や語釈はCDに収録されているのですが、文法解説に出てくる例文はCDに含まれていない上に、後半になると「発音表記」さえもなくなります。初心者にはとてもハードルの高い構成でした。

 新版では、そのような例文にも「発音表記」がついたので、学習しやすくなりました。

 またここには挙げられていませんが、スキット内容の「自然さ」にも配慮がなされたように思います。

 たとえば…

 旧版の第一課のスキットは次のようなものでした。

--これはリンゴですか?
--違います。それはマンゴーです。
--これは何ですか?
--それはココヤシの実です。

 「AはBです」という最も基本的な構文と、単純疑問文、指示代名詞を学習するためのスキットです。

 文法的にまったく問題がありませんが、

(リンゴとマンゴーの違いがわからない人っているだろうか)

とか、

(ヤシの実を知らない人っていったい…)

という意地の悪い疑問も生じ、

(所詮、文法学習のために作った例文だから、不自然なのはしょうがないよな)

と思ったりもしました。

 新版では次のようになりました。

アウントゥン:これはココヤシの木ですか?
ピューピュー:違います。それはオウギヤシの木です。
アウントゥン:これは何ですか?
ピューピュー:それはマンゴーの木です。

 まず、会話の話者が明示され、「背景説明」によって、アウントゥンという人物が日本人であること、「文化説明」によって、「ビルマ人は親しくなった外国人にビルマ名をつけて呼ぶ習慣があること」が説明されます。

 日本人であるアウントゥンが、ココヤシの木とオウギヤシの木の違いがわからないのも、マンゴーの木がどんな木か知らないのも無理もありません。旧版に見られた不自然さは解消されています。

 ただ、第一課に学習する単語として、ココヤシの木はともかくオオギヤシの木を習うというマニアックさがやや気にかかりますが。

 そして、もっと大きな疑問が…。

 ビルマ語の「これ、それ、あれ」は日本語の「こそあど言葉」とそっくりです。

これ・このが、「自分の領域内にあるものを指す」
それ・そのが「話し相手の領域内あるものを指す」
あれ・あのが「自分の領域と話し相手の領域の両方の外側にあるものを指す」

 ところが、スキットに添えられたイラストを見ると、

 ココヤシの木も、オウギヤシの木も、マンゴーの木も、すべて登場人物からかなり離れたところにある。したがって、上の使い分けの説明にしたがうなら、

あれはココヤシの木ですか?
違います。あれはオウギヤシの木です。
あれは何ですか?
あれはマンゴーの木です。

となるはずではないでしょうか。この部分は、旧版のほうが適切だったという気がします。

 あちらを立てればこちらが立たず、といったところなのかもしれません。


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