親指シフトキーボード
なんて言っても,ほとんどの人は知らないだろうなあ。
富士通が開発した日本語入力用のキーボード。かつて一世を風靡しなかった,知る人ぞ知る名機(?)です。ビデオのベータみたいな存在でしょうかね。通の間では,その使い勝手の良さが称賛され,根強いファンをもっていました。聞くところによると,ワープロ早打ちコンテストみたいな大会では,富士通ワープロが上位を独占していたとのこと。
その名の通り,両親指でシフトキーを押しながらひらがな直接入力をするもので,ローマ字変換に比べると,キーボードの運指範囲も狭く,タッチ数も半減するので,慣れれば超高速日本語入力が可能です。
私が社会人としての第一歩を踏み出した1984年,就職先の出版社では,編集作業に全面的にワープロを導入していた。そのワープロが,富士通の「オアシス100」だったのですね。
これが間違いの始まりでした。
当時は時代の最先端をいっていて,ワープロデータを大型コンピューターで変換し,電算写植機に送るとただちに印画紙が出力されるという画期的なシステムを独自開発していました。
活字組版もまだ残っていた時代,写真植字のほうも手動が主流で,電算写植を使っているところは少なかった。
しかし,ワープロも編集ソフトも日進月歩。
今では,「専用ワープロ」なんてものなくなっちゃいましたし,組版はほとんどパソコンのDTPで行ってフィルムを直接出力するので,「写植」だとか「印画紙」なんていう言葉も死語になりつつある。
80年代前半はワープロが普及し始めたころで,巨大なブラウン管モニターつきの重たい本体に,シングルレコードのような5インチフロッピーディスクを挿入して起動していた(なつかしい!)。
富士通では,このオアシスシリーズに採用されていた「親指シフトキーボード」こそ,もっとも優れたキーボードであると喧伝していました。
それは真実だったと思います。
しかし,真実が常に勝利を収めるとは限らないのが世の中です。富士通以外にこのキーボードを採用する会社は現れず,またワープロやパソコン分野で富士通が圧倒的なシェアを握ったわけでもないので,親指シフトはJIS配列に勝てず,傍流となっていきました。
ついには,オアシスシリーズにまでJISキーボード仕様のものが出始めた。ソニーがVHSを売り始めたようなものです。
私の会社の同僚は,当然,全員がオアシスを使っていました。家庭で使う個人用のワープロもオアシス。
「JISなんて,まどろっこしくてやってられないよ」
親指シフトの優秀性を信じきっていましたから,JIS使用者をバカにする気持ちもありました。
時は流れ,インターネットの時代に入ると,家庭にもパソコンが普及する。文書作成も専用ワープロを使う人はだんだん少なくなる。富士通は,親指シフトを備えたパソコンも売り出しましたが,富士通でさえ,主流はJISになる。
ところで,私が転職し,二度目に勤め始めた今の会社の標準機種は(たしか)東芝ルポ。しかし私は,自分の「親指シフト」による入力速度がいかに速いかをアピールし,特別に富士通オアシスを買ってもらいました。
毎日のように酷使しますから,ガタが来るのも早い。私の場合,オアシスが故障すると手をもがれたも同然ですから,故障に備えて予備機がほしくなる。しかし,さすがにそこまで会社に要求できません。仕方なく,自腹を切って,中古のオアシスを買ってくる。
「親指地獄」の始まりです。
11年前に韓国に渡ったときも,愛機オアシス持参で乗り込みました。しかし困ったのはインターネット。最初は,日本との連絡も電話とファクスが中心ですから問題なかった。そのうちに,メールが主流になったのですね。
PCのキーボードはJISです。私の場合,業務で英語を使うことは皆無なので,アルファベットはめったに入力しない。どうしてもメールをする必要があるときにしかたなくローマ字入力するのですが,効率の悪いことこのうえない。
そのうち,愛機オアシスも老朽化してくる。部品取り用に確保してあった二台の中古(日本人駐在員が帰国時に残していったものを,引っ越し業者から引き取った)もこころもとない。
そこでPCの切り換え時期が来たとき,清水の舞台から飛び下りるつもりでローマ字入力方式に切り換えました。なわけないですね。悲しいことに,私の体は,もはやローマ字入力に適応できなくなっていたのです。重度の親指中毒です。
それで,上司におそるおそる富士通製ノートパソコン親指シフト仕様の,社費での購入をお願いしてみました。上司がコンメン(コン盲=コンピューター音痴)だったことが幸いし,なんと!受理された。
さっそく富士通のPCの資料を取り寄せてみると,驚いたことに「親指シフト」はすでに標準装備ではなくなっていました。カスタムメイド扱いで,特別注文生産しなければならなくなっていたのです。
「富士通め,裏切りやがったな!」
異国の地で悪態をついても始まりません。しかたなく割高なPCを購入し,私の親指生活はいましばらく猶予を与えられたのでした。
さて,このたび日本に帰任してみると,会社は社内LANで結ばれていて,私の机の上にはJISキーボードのノートブックが置かれていました。
(こんなんじゃ仕事にならないよ…)
セキュリティー上の理由により,規定外のPCをLANにつなぐことは禁止。外付けのキーボードをPCにつなぐこともまかりならん。いよいよ住みにくい世の中になりました。
この間,富士通はついに親指シフト仕様PCの製造を中止しました。
しかし,全国の親指シフト愛好家(中毒患者)の抗議が,燎原の火のように燃えさかったのでありましょう。「アクセス」という小さな会社が,富士通PCをベースにした特別使用機を細々と製造しています。デスクトップは常時在庫があるのですが,小型のノートは台数限定でときどき発売され,あっというまに売り切れます。
私も,ソウル駐在がまもなく終るというときに,やっと手に入れました。相当に割高ですが仕方ない。これは今,家で使っています。家族は一般のPCを使っており,「お父さんの変なPC」はいつも邪魔者扱いされています。
現在,オフィスのデスクには二台のノートが置かれています。一台は会社支給のJIS配列,もう一台はソウルの事務所で使っていた5年ものの親指仕様。
帰任するとき,
「こんなへんなキーボード,誰も使えないから持ってってくれ」
と石もて追われるように持ち帰ったものです。
1行,2行の簡単なメールはそのまま会社のPCを使いますが,まとまった文章は「親指」で書き,USBで移す。多少面倒ですが,ローマ字入力することを考えたらよっぽどましです。
先日,前の会社の同僚と忘年会をしたことをこのブログにも書きました(→リンク)が,この「親指地獄」の話題でひとしきり盛り上がった。
「なんだ,おめえら,まだ親指シフトなんて使ってんのかよ」
なんと,8人中6人までが,親指地獄から這い上がり,リハビリの末,一般社会への復帰を果たしていました。私ともう一人だけが,いまだに地獄の底で呻吟しているということがわかったのです。
でも私の耳には,全国のここかしこで今ももがいている親指中毒者の苦しいうめき声が聞こえます。
私は彼らに声援を送りたい。
パイティン!!
(=ファイティングの韓国式発音,ガンバレ!!)
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わたしは、 http://www14.atwiki.jp/beginning_of_the_nicola/ というWikiを管理している者です。
親指シフトについては、捨てる必要などなく「ローマ字入力と併用」できるかもしれません。
「何らかのひらがな入力法ひとつ」と「何らかのローマ字入力法ひとつ」を共用する場合、両者をきっちり覚えてしまえばうまく使い分けできる可能性がありますので、今はローマ字入力をきっちり学習できる方法を探すことが肝心かと思われます。
ローマ字入力の習得については、 http://homepage3.nifty.com/keyboard/ のメール教習が頼りになるかと思われます。
元から親指シフト用の教材も用意している( http://homepage3.nifty.com/keyboard/subject.htm )方が製作したローマ字入力教習なので、ほかの一般的なローマ字入力練習法よりは馴染みやすい練習法であるはずですので。
もっと安価に済ませるのであれば、同氏による書籍( http://d.hatena.ne.jp/asin/453240178X )もありますので、予算などに応じて選択いただけます。
お役に立てるかどうかは不明ながら、ひとまずお知らせしたくコメントを書かせていただきました。
#このコメントが邪魔でしたら、削除していただいてかまいません。
親指シフトキーボード・・・懐かしい響で思わず書き込みさせていただきました。
私も親指からJISの切替に苦労しました。といっても、克服できずにいまだにローマ字入力ですが・・・
私は当時オアシスの販売をしていた方の人間なのでこういう話を聞くと大変申し訳なく思います。私から購入された方も、この様な思いをされたのかと思うと、ちょっと心苦しいですね。
でも、本当に親指シフトは良かったと、今でも思っていますし、犬鍋さんの様なファンがいらっしゃって良かったと思います。
いずれはローマ字入力も習得しなければならなそうです。最近,英語のメールを打つ必要も出てきたので。
そのときにご紹介のページを参考にさせていただきます。
そうでしたか。
>こういう話を聞くと大変申し訳なく思います。
申し訳ながることはないと思います。
だって本当にすぐれたキーボードでしたから。
新しい技術にはこういうことがつきものですね。
ブルーレイとHDもどうなっちゃうんだろ。