グラフ:JETプログラムホームページより
JETプログラムのホームページ(リンク)の情報やネット上で参照可能な論文などをもとに、以下、まとめてみました。
JETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme)は、地方自治体が国の協力のもと、海外の青年を招致し、全国の小・中・高校で外国語教育に当たってもらったり、国際交流活動をしてもらうことを通じて、地域レベルの「国際化」を進めることを目的に、1987年に始まりました。
現在、ALT (外国語指導助手、Assistant Language Teacher)以外に、CIR(国際交流員、Coordinator for International Relations)、SEA(スポーツ国際交流員、Sports Exchange Advisor)という3つの職務があるそうですが、開始当初はALTとCIRだけ。SEA の招致が始まったのは1994年です。
人数は当初よりALTが最も多く、今でも参加者の90%以上がALTとのことです。
1987年の参加者は848人。招致国は4か国(アメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド)。期間は1年更新で2回更新まで可能(計3年間)
88年以降、カナダ、アイルランドなど英語圏の国々が加わり、参加人数も増え、1992年には当初の目標であった3000人を越えました。
その後、目標を6000人に上方修正しましたが、それも2000年にクリアし、2002年には6273人に達しました。
一方、招致対象言語も英語以外にドイツ語、フランス語(89年)、中国語、韓国語(98年)、ロシア語(05年)に拡大され、招致対象国は1995年以降急増、2005年には44か国、2019年には57か国、延べでは75か国になったそうです。
人数は2002年にピークをつけたあと漸減し、2008年から4000人台を推移。2011年には4330人で底を打ち、その後、2015年に契約更新回数を最大4回(最長5年)にするなどして、2019年は5761人となっています。(冒頭のグラフ参照)
私は1970年代に学生生活を送りましたが、中学、高校に外国人の英語教師はおらず、たまに英語教師が外国人のお友達をゲストに招くことがあったくらいです。
日本は戦後、荒廃の中から立ち上がり、アメリカの援助や朝鮮戦争特需を経て、高度経済成長をとげ、東京オリンピック、大阪万博などをへて、アメリカに次ぐ第二の経済大国にのし上がりました。
1979年には、エズラ・ヴォーゲル『ジャパン・アズ・ナンバーワン』がベストセラーになり、「日本的経営」がもてはやされました。しかし、その後、日本の一人勝ちが批判されるようになり、日米貿易摩擦、プラザ合意による円高などで、日本叩きが起こります。米国の圧力で、工場の海外移転が進むと同時に、アジアからの労働者受け入れ圧力も高まりつつありました。
日本は80年代初頭の第二次オイルショックを乗り越え、1986年以降、不動産価格の高騰による「バブル景気」を迎えました。
JETプログラムが立ち上がったのは、まさにこうした時代でした。
JETプログラムは、当初より大部分がALTで、「中高校の英語教育に(先進国英語圏の)ネイティブスピーカーを入れること」が主要目的だったと思いますが、時代背景を考えると、主にアメリカの若者に日本を直接見てもらい、「親日派」を作り、帰国後、日本についてのいいイメージを拡散してもらって、「日本叩き」を鎮めること、も目的にあったのではないかと思います。
英語の授業での役割が「補助」であるにもかかわらず、日本人教師の初任給(約330万円)を上回る360万円(税引き後)を支給、渡航費、住宅手当などもつけて厚遇したのは、米国の大卒の青年に魅力的に映る条件にしたかったからでしょう。
しかし、時代は変化し、バブル景気は90年代初頭に崩壊。「失われた20年」と言われる景気後退期に突入します。
1987年当時の日本の中学・高校の数は、公立・私立含め約1万7000校。1校につき1人のALTを配置するためには17000人が必要ですが、JETプログラムの招請目標3000で必要数の5分の1以下。2002年のピーク時でも6273人で、5分の2弱です。
2003年以降、ALTの数は減少します。それは、地方自治体の財政悪化によると思われます。
ALTの費用は各自治体の負担(政府より支給される地方交付金を含む)。ALTには給与のほかに、渡航費、住宅手当、研修費などが含まれ、総額は年間600万円になるそうです。自治体の中には、人口減少に伴う財政難の中、ALTの負担に耐え切れなくなったところが出てきたのでしょう。
一方、英語教育現場からのALT需要は増え続けます。
2002年に文科省が発表した「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」(リンク)は、「中学・高校の英語の授業に週1回以上は外国人が参加することを目標。これに必要なALT等の配置を促進する(全体で11,500人を目標)」ことを謳いました。
そして、2011年には小学校5、6年に「外国語活動」が導入され、2020年にはそれが小学校3年生からになりました。
小学校には英語を教えられる教員が少ないため、ALTの必要性は中高よりも切実です。
そのため、少子化で生徒数、学校数が減少傾向にあるにもかかわらずALTの数は増え、それはJETプログラムのALTの数にもある程度反映されています。
JETプログラムは、招請対象国を英語を第二言語としている国(シンガポール、フィリピン、南アフリカ、ジャマイカなど)に広げたり、それまで最長3年間だったものを、5年間に延長可能にすることなどで、ALTを増やそうとしましたが、数はそれほど増えませんでした。
日本の景気低迷が続き、もはや「日本に行って見聞を広げる」ことに、先進国の若者が魅力を感じなくなったのも、理由の一つと思います。
JETプログラムを主管する「自治体国際化協会」に対しても、問題が指摘されました。
2009年、橋下徹大阪府知事が自治体国際化協会に天下りした元官僚の高賃金と経費の無駄使いを批判、協会は役員報酬カット、職員の海外出張経費の削減などを余儀なくされました。
また、JETプログラムで来日する外国人に質の問題も俎上に上りました。
もともとALTの選考基準は「英語がネイティブで、大学を卒業している」ことだけ。教員免許や、英語教育の資格、経験はなくてもよく、日本語力も問いません。参加者も、英語教育に関心がある人ばかりではなく、「ちょっと日本で働いてみたい」という観光気分の人も含まれているわけです。
日本人だからといって、外国人に日本語が教えられるわけではないように、英語がネイティブであっても、ちょっと研修を受けたぐらいで、英語をうまく教えられるわけではありません。
さらに、JETプログラムは当初3年間(現在は5年)という期間制限があり、実際に参加者の半数は2年以内に帰国します。英語教育のノウハウは蓄積されることなく先生が入れ替わるのです。
もし、ALTをやって英語教育に興味をもち、長く続けたいと思っても、3年以上は続けられません(学校の要請があり、特別に優秀な先生は延長できますが、それも5年)。続けても昇給は頭打ちなので、日本で家庭を持つなど、生活設計をすることは難しい。
教育現場のALT需要に応じきれないJETプログラムにビジネスチャンスを見出したのが、民間の派遣会社でした。
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