「ヤンゴンフマー(ヤンゴンで) アカウンゾウン(いちばんおいしい) サータウサイン(レストラン) ベーフマー(どこ) レー(ですか)」
出張前のミャンマー語のレッスンで、先生に聞いてみました。
「FEELが有名ですよ。ヤンゴンに何か所かあります」
運転手に聞くと、シュエタゴン寺院のそばの店を知っているという。
「じゃそこをお願いします」
墓地から市内まで、また40分ほどかけて戻ります。
途中、あんなによく晴れていた空に暗雲がきざしはじめ、瞬く間にスコールになりました。日本製中古車のワイパーを最強にしても、視界がきかないほどの激しい雨。さすが熱帯の雨季です。
雨の影響で、車は多少渋滞しましたが、道が冠水するまでにはならず、FEELに着くころには小降りになっていたのが幸いでした。
FEELはこぎれいな店です。看板も照明もしゃれていて、周囲には庶民的な屋台と一線を画しています。
「運転手さんもいっしょにいかがですか」
「とんでもない。わたしはこっちの店で食べます」
「遠慮しなくてもいいですよ。朝ごはんのお返しをします」
「いやいや、ここは高すぎます」
運転手さんは固辞します。仕方がないので一人で入ることにしました。
午後2時頃だったので、幸い待たずに入れましたが、席はほぼ一杯。裕福そうな家族連れが多いようです。メニューには写真があり、英語表記もあったのですが、なにしろ料理の種類が多いのでなかなか決まりません。そばでオーダーを聞こうとしていた店員が、しびれをきらして、
「あっちで、直接見て選べば」
と言っているようです(ミャンマー語なので正確にはわかりません)。
タイにもよくありますが、ショーウィンドウ越しにおかずを指さして選べる便利なシステムです。
「これと、あれと、それからこれも」
チェッター(鶏肉)とバズン(エビ)の煮込み(ミャンマー式カレー)を頼みました。
「これはいかがですか。セイッターヒンです」
(セイッター……。ヤギか。珍しいな)
「じゃそれもお願いします」
席に戻ると、テーブルの真ん中に茹で野菜の盛り合わせがドンと置かれていて、その隣に大盛りのご飯。おかわり用のご飯まで用意してあります。
(一人なんだけど……)
茹で野菜は、皿の真ん中に置かれた小皿のたれにつけて食べます。味噌のようですが、ガピと呼ばれる小エビのたれ。日本では見たことのない野菜ばかりです。
必死に食べましたが、もちろん食べきれません。特にヤギはこちこちに煮しめられていて、歯がたたない。売れ残ったのを勧められたような気がしないでもない。
最後にはういろうのようなミャンマーのデザートも出ました。
しめて、15000チャット(1500円)。優に3人前はあったから、1人分なら500円ぐらいのものなのでしょう。
タクシーに戻ると、運転手はすでにスタンバイしていました。
「いかがでしたか」
「サーロ テイッ カウンデー ターベーメ ミャーデー(おいしかったけど、多かった)」
「いくらでした?」
「15000チャット」
「オーッ!」
運転手さんは目を見開いて、のけぞりました。
「ゼーチーデー!(高い!)」
「たくさん頼みすぎたみたい。食べきれなかった」
考えてみると、朝、運転手さんがおごってくれたモンヒンガーが200チャット、今食べた昼食が15000チャットですから75倍!
ミャンマー人の平均月収は1万円以下と聞いていますから、月収の6分の1の昼食ということになります。
「次はどこへ行きますか」
「ダウンタウンの本屋街へ」
「本屋街?」
「ここです」
日本のガイドブックで「本屋街」と書いてあるところを指さします。
「本屋あったかなあ。とにかく行ってみましょう」
ダウンタウンには、市場、中華街、インド人街などがならび、そのはずれの方に本屋街があることになっているのですが、それらしきものはない。
「この辺なんですけどね。いちおう、あそこに一軒ありますね。行ってみますか」
本屋街と言われて、東京は神田のような街を想像しちゃったのですが、たんに本屋が数軒ある通りのようです。入ってみると、店内はあまり広くない。けれども、私が探していた辞書類の品ぞろえは豊富で、望みのものを買うことができました。
「これは娘にプレゼントです」
運転手さんも、一冊の英語の辞書を手にしていました。
お子さんは三人。長女は工学系の大学生、次女は高校生、長男は小学生。辞書は、次女のためなんだそうです。運転手の収入がどの程度か知りませんが、教育費が家計の負担になっていることは容易に想像ができます。
「まだ行きたいところはあったけど、雨も降ってるし、疲れたし、もうホテルに戻りましょう」
運転手にはとてもよくしてもらったので、米ドルで30ドル相当を払いました。
「ちょっと、これ、書いてもらえませんか」
差し出されたノートには、これまでに乗せた外国人の乗客のメッセージが英語や日本語で書かれていました。
「こんどまたミャンマーに来たら、ここに電話してください」
「うん、ぜひ連絡するよ」
朝ごちそうになった屋台のモンヒンガーは、幸い、私のお腹に何の変調ももたらしませんでした。
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