韓国で、太宰治の『人間失格』が売れているんだそうです。
韓国の民音(ミヌム)社は、自社の「世界文学全集」の1冊として翻訳版を2004年5月に発行。2022年の6月に100刷(約30万部)に達したと発表しました。
「世界文学全集」には、400以上の作品があり、その中で100刷を超えたのは、J・D・サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」、ヘルマン・ヘッセ「デミアン」、ジョージ・オーウェル「動物農場」などわずか。
ミヌム社によると、『人間失格』の販売が急に伸びたのは、2021年初め。同年だけで7万部以上売り上げたそうです。編集者も理由をうまく説明できず、「ミステリー」とも言われているんだとか。
太宰治「人間失格」が人気 韓国で100刷に=特別版出版へ(聯合ニュース)
朝日新聞のGLOBE+(2022年7月11日)は、
コロナ禍で閉塞感を感じる若者たちの共感を呼んでいる。
『人間失格』というタイトルのドラマが韓国で放送された(ただし小説とは関係のない内容で、視聴率も低かった)。
伊藤潤二の漫画『人間失格』がきっかけで本を手に取った人もいる。
若者に人気の歌手や俳優が『人間失格』を勧めた。
などの理由を挙げ、
今年7月の「PRESIDENT Online」(2023年7月25日号)は、ある心理カウンセラーの意見を載せています。
心理カウンセラーのクァク・ソヒョン氏も「韓国の若者が『人間失格』主人公の大庭葉蔵に自分を投影していることが人気の理由ではないか」と分析する。
「社会の期待と基準に応えられないことに起因する大庭葉蔵の内面的な葛藤や苦痛は、今日の韓国の若者たちが直面している現実的困難や彼らが抱く感情と似ている。誠実に努力すれば社会に組み込まれて経済的にも安定していた親世代とは異なり、熾烈しれつな競争社会を生きている20~30代は経済的にも心理的にも主流社会に入ることができない絶望を感じている。これは大庭葉蔵の内面的状況と非常に似ているといえるはずだ。
特に新型コロナ以後、一層増幅した就職不安や社会的疎外感、はみ出すことを恐れる感情が混じり合って、大庭葉蔵と自分を同一視しているのでは」
ただ、
『人間失格』が韓国で正式に翻訳出版されたのは2004年の5月。それが2021年初頭から突然人気に火がつき、現在は計6社が韓国語版を出版している。太宰治の死後70年がたち、著作権保護を受けなくなったためだ。
と書いていますが、この部分は事実と違います。
前に紹介した通り、
1957年にできた韓国の最初の著作権法では、外国の著作物は保護されていませんでした。
1986年に韓国は「万国著作権条約(UCC)」に加入し、著作権法を改正しましたが、1987年10月1日以前に発行された外国著作物はやはり保護されませんでした。
1995年に韓国が「ベルヌ条約」に加入したあとの著作権法では、それまでに出ていた翻訳版は引き続き販売できますが、1996年12月31日以降の翻訳は権利者の許諾と契約が必要になりました。
しかし、太宰治は1948年に死んでいるので、その50年後の1998年に保護期間が終わります。その後は自由に翻訳・出版できるようになりました。
韓国が著作権の保護期間を50年から70年に変更したのは2007年。その時点で、太宰治の死後59年が経過しています。しかし、保護期間が50年のときに著作権フリーになった作家の作品は、その後保護期間が長くなっても、保護の対象になりません。ですので、2007年から2018年(死後70年)までの間も、自由に翻訳・出版できたはず。
つまり、太宰治(正確には著作権継承者)が法律の保護を受けたのは、1997年から1998年の2年間だけということになります。
民音社は2004年に「世界文学全集」の1冊として『人間失格』を「正式に」出したということですが、2004年時点では、民音社も「正式な契約」を結ぶ必要はなく、実際に契約はしていなかったと思います。
なお、民音社は2022年に『人間失格』の100刷を記念して「特装版」を出しました。その前まで売られていた通常の装丁のデザインは、冒頭の写真にあるように、オーストリアの画家、エーゴン・シーレの「自画像」が使われていました。
エゴン・シーレは、今年の2月に日本で展覧会が開かれ、私も行ってきました。
絵画鑑賞
奔放な生涯を送り早逝したエゴン・シーレは、太宰治と通じるところもあり、『人間失格』の表紙を飾るのにふさわしいかもしれません。
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