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Brugge Style
ます
今年度の娘のピアノ・クインテットはシューベルトの「ます」
おい受験生、そんなことやってる暇ある?
と母親が小言を言いたくなるようなことばかりやっているこのごろ
ヴィクター・ボーグのハンガリアン狂想曲(コメディ)の練習とか
超絶おもしろいけど(笑)
そんな暇あったらピアノ協奏曲の練習をしなさい...
時間がない時間がないと言うが、そういうときは時間を作らないと時間はできない
という基本的なことがわからない17歳
Victor Borge - Franz Liszt - Hungarian Rhapsody
https://www.youtube.com/watch?v=W8R0ZwYvXpg
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V&Aで花よりだんご
病院の予約のため今朝は娘と一緒に早朝家を出た。
診察は思ったよりもずいぶん早く終わったので
「今夜は娘は夕食がいらないし、
ロンドンへ出て夫を誘って晩御飯を食べて帰ろう!」
と、あてもなく出てきたものの、
彼は会議でそれこそ18時ごろまで合流できないと言う。
まず、親友へお土産のアート・ブックを調達するために
V&Aのミュージアム・ショップへ来た。
せっかくだから常設展を見てブラブラする。
そしてお茶。
これからバスで2停留所ほどのハロッズに行ってお土産を見るか
ランチはマンダリン・オリエンタルのブールー(一人でも入りやすい)で食べようかなあ
V&Aで工芸品に囲まれながら花よりだんご、「日本で買うものリスト」をまとめるモエ。
ようびで箸置き、皿、折敷など
touchの鮫小紋のゲストタオル
網代編み竹ざる...
一保堂のお茶
茅乃舎で調味料いろいろ
ダニエルのカヌレ
娘リクエストのマルセイのバターサンド
プランの焼き菓子
ツマガリの焼き菓子
小布施の栗きんとん(朱雀が食べたーい)
丹波黒豆大福
アンリ・シャルパンティエのクレープ・ア・ラ・レーヌ
中村藤吉濃茶バタンショコラ
八天堂のクリームパン、数年前に友達が買ってきてくれたなあ、食べたいなあ
イクラ
さんま
里芋
なめこ
大阪でたこ焼きやイカ焼きも食べたい
商店街のさつま揚げとか
あっ、だんだん食べ物リストになってきました...
お腹が空いた、これから一人ランチへ行こう
あなたの秋のおすすめ・お取り寄せ教えてください。
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日の名残り
カズオ・イシグロが今年のノーベル文学賞を受賞した。
イシグロといえば、90年代初頭、ジェイムス・アイボリー監督によって映画化された「日の名残り」を見て親友と熱狂した夜をすぐに思い出す。
なぜ熱狂したかはわからなかった。熱狂とは対極にあるような内容だったのに。
わたしたちはこの映画の何かに深く打たれた。
その理由は今わかる。
あれが「失われつつあるもの」をテーマにした映画だったからで、わたしたちはあの時、若さの中で、われわれは常に確実に何かを失いつつあるということと、文学や映画の役割に気がついたからだ。
「失う」ということは、何かが完全に無に帰してしまう状態とはまた別の現象だ。
失うとは「何かがそれまでとは違う状態で存在するように変化する」、そんな現象だと思う。
何度かここにも書いたが、わたしが旅を趣味としているのは、さまざまな文化のさまざまな「美」を見せてもらいたい、という強い好奇心に突き動かされてのことなのだ。
そして(めっちゃ端折るが)どの文化も、美とは、失われゆくもの、失われてしまったもの、もうここにはないもの、あったかもしれないものを、まるで目の前にあるかのように、触れることができるかのように、聞くことができるかのように描写することだと語っている、と思う。
完全に消えてしまったものに対しては人間は懐かしんだり、惜しんだり、悲しんだりすることすらもできない。
が、それまでとは違う形や状態をとって存在するようになってしまったものに対しては強いエモーションが起動する。そういったものを、まるで実際に存在するかのように再現することが美であり、芸術一般の役割なのではないかと思う。
神戸で親友に会えるのがほんとうに楽しみ。
(写真はシチリア島の日の名残り。この島は失ったもの、つまり美であふれている)
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drawn in colour, degas from the burrell
先月末始まってすぐに行くつもりだったのに出遅れてしまった(のが無意味に口惜しいほど好きな)ドガのパステル展@ナショナル・ギャラリーへ。
20世紀初頭のグラスゴーで、造船業で成功を収めたウィリアム・バレル卿の9000点にものぼるアート・コレクションの一部。
この大コレクション中、ドガはパステルを中心に23点含まれているそうだ。
バレル卿がグラスゴー市に寄贈したコレクションを元に作られた美術館が、2020年までの大改装のため実現した今回の貸し出しで、このドガ・コレクションがまとめてグラスゴーを出るのは初めてらしい。
今まで実物を見たいと願っていた作品(「洗濯女」など)が2点ほど含まれていて、展示物は多くないにもかかわらず、長居してしまった。
「色で描く」という展覧会タイトル、「間で描く」のほうがふさわしいというのがわたしの感想。
なぜならドガの取る構図の中の絶妙な大小の空間に、わたしはいつもほれぼれするからだ。
天才画家が描く、何もない空間。ドーナツの穴。
彼は絶対的にわたしの一番好きなアーティストの一人だが、今まで「ただしダンサーの絵を除いて大好き」という条件付きだった。買い物中の客とか、カフェの人々とか、馬の絵とかがいい。しかし今回の展示はダンサーの絵もとてもいい絵ばかりだと思った。なぜだろう。ちょっとまだ理由を考えている。
ダンサーの絵といえば、ドガは「最も多い年でに56回バレエ鑑賞に出かけたほどだった」と驚きとともに解説してあり、「あ、この数字だけはわたしドガに勝てるわ」とほくそ笑んだ。
何になるのかこの比較...愚かものよ。
展覧会自体は写真撮影禁止、右写真はナショナル・ギャラリーの所蔵作品で、この展覧会にも含まれていたもの。ずっと前に撮影した。
これをのせるか、ケンブリッジのフィッツウイリアム美術館にある大好きな絵か、去年訪れたNYのメトロポリタンのドガの大コレクションから選ぶかずいぶん迷った。色合いが冒頭の看板と合うというそれだけの理由でこちらを(女性の服の色、実際はもっと鮮やか)。
この展示会はしかも無料! 必見です。
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リバティ・プリント
手芸をする友達からリバティ・プリントの布を適当に何種類か買ってくるよう指令を受けた
手芸だけでなく、
娘をボン・ポワンの服を着せて育てたにもかかわらず
わたしはリバティ・プリントからは最も遠くに位置するタイプで
商品になっていない柄の良し悪しが分からない(リバティ本店のストックの多さよ)
テキトウなんてハードル設定が高すぎる
親切な店員さんが相談に乗ってくれ
実際子供服売り場で見本になるような商品を見せてくれ
写真も撮らせてもらった
リバティの店員さん、どなたもとてもいい人だ
彼女おかげで
この布で何を作ると柄が生きるかとか
完成品をプリントの雰囲気によってイメージするのが
ものすごく楽しいということは分かった
うっかりコンピュータ制御のミシンが欲しくなってしまったよ...
リバティ柄のミシンが
いつか孫ができたらきっと給食袋を作ってやろう
夢
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