マンション管理士日記

地域を守る:マンションと地域の融合

友のこと (終)

2010年08月24日 | 喜働

K中学校 3年1組の同級生には早世者が多い。

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「ちょっと 呪われているのかも」 という言葉が、冗談には聞こえない。

誰よりも元気だった T.I が 死んだのは14年前になる。 暫くして彼の死を知り、一緒に線香をあげた S.M が逝ってから、十年を経過した。

二人ともB型かC型の肝炎を患い、他の病気を併発したのが死因だった。

肝炎は (嫌だけど) 俺たちには 馴染みある病名だ。 三十代まで、同級生が病気で入院したと聞けば、殆どが肝炎だった。 それも、同じ K小学校から進学した連中に偏っていた。 同級生のキャリアから感染していったのだろう。 予防接種でも注射針を替えないような時代に育ったから。 当時の医療保健の知識では仕方無かったのかと思う。

中学時代の大親友だった S.M が逝去したということは 彼の兄さんから聞いた。 長く入退院を繰り返していた 彼の携帯電話から架かってきた電話が兄さんからだったときに 観念した。 涙が止まらず、ボロボロ泣きながら彷徨った。

その五年後に高校時代の一番の親友 H.M が逝った。 このときは、入院中の 彼から連絡を受けていたから、まさしく青天の霹靂だった。 やはり 彼の携帯電話を使って 奥さんから電話があった。

中学校の大親友が逝き、五年後に高校の一番の親友が亡くなったとき。 悲しみが落ち着くと、茫然とした。 掛け替えのないものを無くしてしまった。 二度と青春時代が戻らないように、当時の親友は二度と出来ない。 暗く深い底なしの穴を見ているようだった。 君たちのことは、また書く機会があるだろう。

 

お前と決定的に異なるのは、二人とも死にたくなかったこと。 生きていたいと望むのに 生き続けることを許されなかったこと。

健康な身体と優れた頭脳を持つ お前が死ぬ理由など何もなかった。

死ぬだけの勇気があれば、何だって出来たに違いない。

ただ、俺の この言葉は お前には届かなかった。

そのことを、届かなかったことを、俺は 抱き続けていくのだろう。 これで お前の追憶を 終える。

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