ゴールデンウィーク真っ只中の日本ですが、2日に海外から衝撃のニュースが入ってきました。日本時間の2日午後、国際テロ組織・アルカイダの最高指導者で、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロの主犯格とされていているオサマ・ビンラディン容疑者が、潜伏先のパキスタンで死亡していたことが明らかになりました。
アメリカのCNNなどの情報によると、パキスタンの首都・イスラマバードから約60キロ離れたアボタバードの巨大な居住用施設に米軍の地上部隊やヘリコプターが突入。40分以上の銃撃戦の末、ビンラディン容疑者などを殺害しました。遺体はアメリカ当局が回収し、DNA鑑定でビンラディン本人と確認。その後遺体は海で水葬に付されたとされています。
数時間後にオバマ大統領が声明を発表し 「アメリカ国民と世界中の人々にお伝えします。アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者を殺害しました」と正式表明。「殺すか捕獲を最優先しろ」とCIAに指示し、「正義は遂行された」とアピールしていました。
その後、「ビンラディン死亡」のニュースを知った市民たちが、ホワイトハウス前やニューヨークのワールドトレードセンター跡地にある「グラウンド・ゼロ」に詰めかけ、アメリカの怨敵が死んだ事、さらにはテロとの戦いに終止符が打たれた事で大いに喜んでおりました。星条旗を掲げる人もあれば、「USAコール」が随所で響き渡り、深夜にも関らずお祭り騒ぎとなりました。
同時多発テロが起きた時の大統領だったブッシュ氏は、「この重大な成果は、米国や世界中の平和を求める人々、そして同時テロ事件で愛する人を失った人々にとっての勝利だ」と称賛。海外の首脳も歓迎ムードで、イタリアの外務大臣は「自由な世界と民主主義の勝利だ」と強調しました。
アメリカ同時多発テロ事件は、2001年9月11日にニューヨークのワールドトレードセンターや国防総省本庁(ペンタゴン)に、アルカイダにハイジャックされた旅客機(アメリカン航空とユナイテッド航空機)が突入。現地時間午前8時46分に1機目がノースタワー、午前9時3分には2機目がサウスタワーに激突。2棟は炎上後に崩落し、約3000人が死亡しました。
事件から4日後にブッシュ大統領がオサマ・ビンラディン容疑者を「主犯格」と言明しましたが、本人は関与してないと否定。10月2日にNATOが「アルカイダ」の犯行と断定。その後、アフガニスタンのタリバン政権がテロ事件の容疑者の身柄引き渡しを拒否したという理由で、アメリカ軍とイギリス軍がアフガンへの空爆を開始。1か月後にタリバン政権が崩壊したのでした。
一方、ビンラディン容疑者はアフガンのトラボラ渓谷にある洞穴に潜伏したことが判明した以降は逃亡先が明らかにされず、証拠となるビデオ映像や音声テープでしか消息が掴めないまま。事件から3年後の2004年10月に関与を初めて認めました。また、健康不安説が度々流れ、持病の腎臓病が悪化して死亡したという説が浮上する事も。2010年にパキスタンで悠々自適の生活をしていたことが判明したのでした。
ビンラディンが住んでいたとされる豪邸は、白い壁の3階建てで窓がほとんどなく、高さ3~5m以上の有刺鉄線の塀に囲まれていました。この家にはビンラディンをはじめ、家族ら複数の人々と一緒に暮らしていたそうです。また、テレビや電話、インターネットは一切繋いでいなかったとか。情報を遮断する狙いがあったのでしょう。
ビンラディンが殺害された事で、約10年に渡る戦いに終止符が打たれたのと共に、「9.11事件」は未解決のまま、真相は闇に消えた感じか。ニュース速報が流れた時は「病死じゃないのか」と思いましたね。ボスを失ってアルカイダはこれから衰退するだろうけど、残党がアメリカの同盟国やNATO加盟国に対しての報復行為をやるかもしれない。
そんな中、パキスタンでタリバン支持派の組織が「今後の標的はザルダリ大統領とパキスタン軍。それにアメリカは第2の標的だ」とパキスタンとアメリカ政府に対して宣戦布告を行い、北西部チャルワダのモスク近くで爆弾が爆発し4人が死亡しました。ビンラディン殺害の報復テロが早くも始まりましたか…。もしこの報復テロが日本や韓国にまで飛び火したらどうなるんだろうか…。日本なんか震災や原発事故で傷だらけなのに。今後も世界でテロおよびアルカイダとの戦いは続きそうです。