12月ということで、今年も吉野直子さんのコンサートに行きました。12月10日、青葉台のフィリアホールです。
昨年はオーヴェルニュ室内オーケストラとの演奏でしたが、今年は笙奏者の宮田まゆみさんとの共演です。笙の生音をあまり聴いたことがありませんし、日本の現代音楽の作曲家による作品を聴くことができるので、予約をしていました。
演奏されたのは、順に、次の通りです。
〔前半〕
W.クロフト:サラバンドとグラウンド(ハープのみ)
雅楽古典曲:壹越調調子(いちこつちょうちょうし。笙のみ)
徳山美奈子:ファンタジア〜笙とハープのための〜
フォーレ:パヴァーヌ、作品50(ハープ+笙)
ドビュッシー:2つのアラベスク〔ルニエ編曲。第1番ホ長調(実際には変ホ長調で演奏)、第2番ト長調(実際には変ト長調(?)で演奏。ハープのみ〕
ドビュッシー:「小組曲」より 小舟にて(ハープ+笙)
〔後半〕
ブラームス:間奏曲イ長調、作品118-2(ハープのみ)
フォーレ:塔の中の王妃、作品110(ハープのみ)
斉木由美:アントモフォニーⅦ(笙のみ)
細川俊夫:うつろひ(ハープ+笙)
J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ(ニ長調で演奏。ハープ+笙)
J.S.バッハ=グノー:アヴェ・マリア(ニ長調で演奏。ハープ+笙)
〔アンコール〕
イギリス民謡:グリーンスリーヴス(ハープ+笙)
グルーバー:きよしこの夜(ハープ+笙)
私が2011年以来、2012年を除いて12月のコンサートに行くのは、必ず、強い印象を受ける曲が演奏されるからです。2014年の堤剛さんとの演奏がとくにそうであったのですが、今回もそれと同じくらい、強い印象を受けました。とくに、日本の作曲家による作品が良かったと思います。
まず「ファンタジア〜笙とハープのための〜」です。嬰ト短調(または変イ短調)と思わしき流れから始まりますが、途中に、ハープによる上昇音が繰り返され、下降音が繰り返される部分があり、音の美しさに圧倒されます。まさにハープでなければできないものとなっていました。笙が伴奏でハープが旋律を弾いているように思えたのは、笙という楽器の構造によるものでしょうか。それでいて、笙とハープが付かず離れずという感じにもなっています。さらに驚いたのは、7列目の真ん中より少しばかり右側の席に座っていた私の左2つ隣に、作曲者の徳山美奈子さんが座っておられたことでした。
次に「アントモフォニーⅦ」です。作曲者自身による造語がタイトルとなっており、昆虫を意味するギリシア語のentomosと、音を意味するphoneを足し合わせてentomophonieとし、フランス語読みをさせています。アンビエントに虫の音が入り込んだような曲で、物真似という表現は適切でないかもしれませんが、笙で様々な虫の鳴き声を表現したかのような曲となっていました。
そして「うつろひ」です。ハープは舞台の真ん中に置かれ、会場の照明がハープと吉野さんのみを照らします。宮田さんは舞台の左側に立ち、笙を吹くのですが、少しずつ、ハープを中心として半円形の歩みをとります。照明も少しずつ明るくなってきます。最初は日の出、宮田さんが吉野さんの真後ろ(舞台の奥)に進んだところが正午、そして宮田さんが舞台の右側に進み終わり、演奏が終わると日の入りで夜となり、一瞬ですが照明も真っ暗になる、という訳です。実際に、この曲は5部構成となっており(但し、切れ目はありません)、調和と不調和を繰り返します。
現代音楽の作曲家が、笙など、邦楽で用いられる楽器を使用して意欲的な曲を多く発表しています。武満徹による、尺八と琵琶を用いた「ノヴェンバー・ステップス」が代表的ですが、それ以外にも聴いておきたい作品がたくさんあるということが、今回、改めてよくわかりました。
笙は、或る意味において、吹奏楽器の中でも特異な地位を占める楽器です。まず、複数の音を出すことができます。構造の関係で限定はされますが和音を出すことも可能です。次に、吹く時も吸う時も音を出すことができます。このような楽器は、他にハーモニカくらいしか思い当たりません。もっとも、ハーモニカの場合は吹く時と吸う時とでは音が異なる(例えば、吹いたらC、吸ったらDというように)のに対し、笙の場合は吹いても吸っても同じ音が出ます。
こうした楽器とハープの組合せは、実のところ興味深いサウンドを生み出します。今回はそれを楽しむことができました。また、他の邦楽器、例えば尺八、琴、琵琶とハープとの組合せはどうだろうという興味も湧きます。
来年はいかなる組み合わせとなるのか、今から楽しみでもあります。
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