ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

「外れ馬券は経費」という判決~これまでの実務への疑問~

2013年05月23日 23時59分22秒 | 法律学

 今日の朝日新聞夕刊15面4版「外れ馬券代 経費と認定 大量・継続購入を重視 大阪・猶予判決」、日本経済新聞夕刊15面4版「『外れ馬券も経費』認める 払戻金無申告 脱税額は大幅減 大阪地裁が有罪判決」および「所得分類で異なる『経費』 競馬での収入、無申告多く」という記事には、とくに競馬ファンにとって注目すべきでしょう。そればかりでなく、税法を専攻する者にとっても興味深いものです。

 私自身は競馬などをやりません。サテライト日田問題に取り組んでいた頃にも、競輪などはやっていません。競馬場と競輪場のある川崎市に生まれ育ちましたし、東京競馬場の最寄り駅である府中本町を通るJR南武線を利用していましたから、手を出そうと思えば簡単でしたが、手を出したことはないのです。もっとも、大きなゲームセンターに行けばメダルの競馬ゲームがありますから(溝口や二子にはあります)、そちらのほうで遊んだことは何度もあります。

 これまでの実務では、競馬などの払戻金は一時所得として扱われました。これ自体は妥当でしょう。しかし、外れ馬券について、所得税法第34条第2項にいう「その収入を得るために支出した金額」(日経は「経費」と書いていますが、こういうものは経費と言わないでしょう。所得税法も厳密に使い分けています)に該当しないと扱ってきたことについては、かなり前から疑問に思っていました。

 第一に、これまでの実務の扱い、およびそれを支持する学説は、競馬などをやったこともないような人たちが考え付いたのでしょう。そうとしか思えないのです。おそらく、ゲームセンターの競馬ゲームなども知らないでしょう(スーパーマーケットのゲームコーナーにもある場合があります)。

 競馬中継でも聞けばすぐにわかりますが、1レースでは一点買い(たとえば、16頭立てのレースで単勝3番のみに賭ける、というようなもの)する人よりも、数点を買う(たとえば、本命で3番、対抗で10番、押さえで8番などとして、馬連で3-10、3-8、8-10と賭ける)場合が多いでしょう。そのため、当たり馬券のみを「その収入を得るために支出した金額」とすることについて、競馬などをやる人たちの多くは違和感を覚えるはずです。

 実際、今回問題となった事件では、外れ馬券を、一時所得であれば「その収入を得るために支出した金額」、雑所得や事業所得などであれば必要経費に入れるか入れないかで争われており、入れなかったために利益よりも「脱税」額がはるかに多くなるという、非常におかしな事態となったのです。余談で、しかも被告人となった方には申し訳ない表現となりますが、30億円余りの払戻金を得るために28億7000万円ほどを投じられているということからすると、果たして割に合う商売と言えるのかどうか、疑問に思えます。「いや、それだからこそギャンブルなんだ」と言われるならば「そうですね」と答えざるをえませんが。

 第二に、一時所得とすると、今回の事件のようなものには合いません。事案を見れば、立派な事業とも言える内容です。そうでなくとも、判決が指摘しているように娯楽の範疇を超えています。雑所得と認定されているのは、被告人の状況によるものでしょう。場合によっては事業所得と認定されてもおかしくありません。

 今回、被告人は懲役2カ月、執行猶予2年の判決を下されましたが、控訴をしないとのことです(先程見ていた、日本テレビの「NEWS ZERO」によります)。それはそうで、刑事訴訟から離れて課税の観点からすれば、被告人にとっては実質的な勝訴判決です。無申告であったことについては非難を免れませんが、そうなると第三の問題につながります。

 第三は、大体競馬や競輪で勝ったとして、多くの人は申告などしないでしょう。一時的・偶発的な所得であるくらいですから、トータルでは負けていたりする訳です。それに、課税となると税務署のほうでも手間ばかりかかってどうしようもないはずです。

 これがおかしいと言う人は少なくないと思われるので、申し上げておきます。宝くじの当選金には所得税などが課されません。宝くじは刑法でいう富くじで、立派なギャンブルですが、課税されていないのです。競馬や競輪などの公営競技もギャンブルであることは言うまでもなく、これを私人が行えば賭博罪となります。宝くじも公営競技も、元々、地方財政の改善のために導入されたという経緯があります。それならば、競馬や競輪などの払戻金についても課税されないのが当然ではないでしょうか。少なくとも、宝くじと公営競技で釣り合いが取れていないのは問題です。

 公営競技の払戻金については所得税の対象となるのに、宝くじの当選金については非課税となるのは、管轄官庁の違いによるものなのか、あるいは寺銭の違いなのか、と考えてしまいます。公営競技の寺銭は2割5分で、宝くじの寺銭は5割である、というような話を聞いたことがあります。

 日経の夕刊には国税関係者の怒りの声などが掲載されていますが、上に記したことからすれば、無申告であったことについての怒りを除けば筋違いとしか言いようがありません。また、木山弁護士のコメントも掲載されていますが、ネットはともあれ、馬券の大量購入は最近の現象ではなく、「国税庁が通達を出した約40年前には想定できなかった事態」でもないでしょう。個人で、ということであれば、あまり例はないでしょうが、皆無ではなかったはずです。1レースに、それこそ一点買いで何千万円も馬券を買う人がいる(一番人気に賭けていたそうです)、という話を、学部生時代に聞いたことがあります。

 ともあれ、今回の事件には、色々と考えさせられました。


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2 コメント

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還元率(裏返せば寺銭)についてはうろ覚えでした... (川崎高津公法研究室長)
2013-06-12 14:29:02
還元率を低くするのは、一つの手としては「あり」だと思うのですが、経営改善につながるでしょうか。短期的であるような気もします。
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総務省 (みやさん)
2013-06-06 22:45:33
宝くじ・公営競技・サッカーくじの実効還元率
http://www.soumu.go.jp/main_content/000084191.pdf

 リンク先の資料から還元率は宝くじ45.7%、サッカーくじは49.6%に対し公営競技は74.8%です
 公営競技の還元率を60~65%に下げる代わりに一時所得を廃止すれば1億円を得たときの実行還元率はほぼ同じになります。
 還元率の引き下げは赤字から撤退が続く地方公営競技の経営改善、ひいては廃止後の地域経済の悪化を避ける効果も見込めます。
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