ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

第20回 行政上の義務履行確保:行政上の強制執行以外の方法

2021年01月21日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.行政上の強制執行が可能な場合に、司法権に民事上の強制を求めることができるか?

 法律により、行政上の強制執行が許されない場合には、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることとなる(但し、後述するように、問題もある)。これに対し、行政上の強制執行が可能な場合には、基本的に、強制執行を行えばよいこととなる。しかし、金銭債権が関係する場合などには、行政上の強制執行が可能であってもそれを用いず、裁判所に民事上の強制執行手続を求めるほうがよいという場合も考えられる。それでは、行政上の強制執行が可能な場合に、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることは許されるのであろうか。

 下級審判決の中には肯定するものもみられる(例、岐阜地判昭和441127日判時600100頁)。しかし、最高裁判所の判例は、行政上の強制執行が可能な場合であれば、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることは許されない、とする。

 ●最大判昭和41年2月23日民集20巻2号320頁(Ⅰ―108

 事案:原告Xは農業共済組合連合会であり、A市農業共済組合を構成員とする。そしてA市農業共済組合は組合員Yらを構成員としている。XはAに対して保険料や賦課金の債権を有し、AはYに対して共済掛金、賦課金、拠出金の債権を有している。Aの債権については行政上の強制徴収が認められている。しかし、農業災害補償法により、YらとAの共済関係は同時にAとXの保険関係を成立させることとされており、仮にYらがAに納付すべき共済掛金などに延滞があれば、AはXに対して保険金などを支払うことができなかった。そこで、XはAの債権を保全するため、Aに代位して共済掛金などの支払いを求める民事訴訟を提起した(民法第423条に基づく債権者代位権の行使)。一審判決(水戸地判昭和37年11月29日行集13巻11号2155頁)、控訴審判決(東京高判昭和38年4月10日民集20巻2号335頁)のいずれもXの請求を棄却した。最高裁判所大法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。

 判旨:農業共済組合が組合員に対して有する債権について農業災害補償法第87条の2が特別の扱いを認めるのは、「農業災害に関する共済事業の公共性に鑑み、その事業遂行上必要な財源を確保するためには、農業共済組合が強制加入制のもとにこれに加入する多数の組合員から収納するこれらの金円につき、租税に準ずる簡易迅速な行政上の強制徴収の手段によらしめることが、もっとも適切かつ妥当であるとしたから」である。このような行政上の強制執行手続が設けられている以上、民事訴訟上の手段によって債権の実現を図ることは立法の趣旨に反し、公共性の強い事業に関する権能行使の適正を欠く。「元来、農業共済組合自体が有しない権能を農業共済組合連合会が代位行使することは許されない」。

 

 2.非代替的作為義務や不作為義務についての別の問題

 行政代執行法は、代執行の対象を代替的作為義務に限定しているため、非代替的作為義務や不作為義務の履行を強制するためには、法律によって行政上の強制執行が認められていない限り、民事訴訟により、義務の履行を求めることになる。しかし、最近、これを認めないとする判決も出ている。

 最近までは、民事訴訟による義務の履行が認められた例が多い。例えば、大阪高決昭和601125日判時118939は、伊丹市の条例に違反する建築物に対して同市が建築中止命令を発したが全く無視されたので、この命令の履行を求めて、同市が建築続行禁止の仮処分申請を求めた、という事案につき、同市の請求を認めた。また、盛岡地決平成9年1月24日判時1638141頁は、モーテル類似施設の建築工事続行禁止仮処分(民事保全法第23第1項) が裁判所に請求され、これが認容された、というものである。 この他にも同様の訴訟があり、学説上もこれを認める説が多かった。

 しかし、 次に取り上げる最高裁判所第三小法廷の判決は、民事訴訟による義務の履行を認めなかった。この判決については、行政法学において強い批判が出されるなど、様々な議論がなされている。少なくとも、地方公共団体、とくに市町村のまちづくり政策などに大きな影響(打撃?)を与えるものであるとも言える。

 ●最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁(Ⅰ―109

 事案:宝塚市は「宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例」(以下、条例)を制定し、施行していた。Yは宝塚市内でパチンコ屋を営業することを計画し、宝塚市長に建築の同意を申請した。市長は同意を拒否したが、Yは同市建築主事に建築確認の申請を行ったが、市長の同意書がないことを理由に申請を受理しなかった。そこでYは、不受理処分の取消しを求めて同市の建築審査会に審査請求を行い、請求を認容する裁決を受けて工事を開始した。市長は条例第8条に基づき、建築中止命令を発したが、Yが建設を続行しようとしたため、同市は建築工事の続行禁止を求める民事訴訟を提起した。第一審判決は、条例が風俗適正化法や建築基準法に違反するとして同市の請求を棄却し、第二審も控訴を棄却した。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、破棄自判の上、宝塚市の訴えを却下した。まず、民事事件で裁判所が対象としうるのは裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」に限られるとして「板まんだら」事件最高裁判決 (最三小判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁)を引用した。その上で「国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものではあって、自己の権利利益の保護救済を求めるものということはできないから、法律上の争訟として当然似裁判所の審判の対象となるものではな」いと述べた。そして、行政代執行法が認めるのは基本的に代執行のみであること、行政事件訴訟法などの法律にも「一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起する特別の規定は存在しない」などと述べている。

 

 3.給付拒否、公表、課徴金、加算税

 既に述べたように、行政執行法は、行政上の強制執行の手段として、代執行、執行罰および直接強制をあげていた。行政代執行法は代執行のみを規定するが、行政執行法を廃止した上で制定されたものであるため、やはり代執行、執行罰および直接強制が前提となっている。しかし、行政上の義務を履行させる手段は、これら三種に限られるものではない。そこで、行政執行法の時代には存在せず、行政代執行法においても予定されていない手段をあげておく。

  (1)給付拒否

 何らかの事柄に関する私人の対応が適切さを欠いていると見られる場合に、生活に必要とされる行政サービス(例、上水道)の供給を拒否し、それによって対応の是正を図る。あるいは、拒否を留保しておくことにより、私人の行動を規制する。 現在のところ、この方法を正式に制裁手段として規定する法律はない(水道料金を支払わない私人に対し、契約違反として給水を拒否することは、ここでいう給付拒否にあたらない) が、 東京都公害防止条例や建築指導要綱(これは行政規則であり、法規としての性格を有しない)などに規定される。

 給付拒否は、 義務履行確保のための法制度として明確に位置づけられている訳ではないが、実質的にはその役割を果たしている。しかし、問題が多い。 ここで、判例をあげておくこととしよう。

 給付拒否の判例は、水道法第15条第1項にいう「正当の理由」 の有無が問題となった事例に関するものが多い。

 ●最一小判昭和56年7月16日民集35巻5号930

 事案:豊中市内に賃貸用共同住宅を所有するXは、増築工事を行い、豊中市の建築主事に対して建築確認の申請をした。この増築部分は建築基準法に適合しなかったので建築確認が得られなかったが、Xはそのまま同市水道局に給水装置新設工事の申込みをした。水道局は、建築基準法違反の是正を行い、建築確認を受けた後に申し込むよう勧告し(給水制限実施要綱に基づいていた)、受理を拒否した。1年半ほど後になり、Xは給水装置工事の申込みをした。これは受理され、工事が完成した。Xは、最初の申請の受理を拒否したことが水道法第15条第1項に違反するとして損害賠償を請求した。一審判決(大阪地判昭和52年7月15日民集35巻5号935頁)は最初の申請の受理が違法であるとしつつも請求を棄却し、二審判決(大阪高判昭和53年9月26日判時915号33頁)は、最初の申請の受理を拒否したことが行政指導の限界を超えているとは言えず、水道法第15条第1項に違反することが不法行為法上の違法と評価することはできないとして、Xの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:豊中市の水道局給水課長がXの「本件建物についての給水装置新設工事申込の受理を事実上拒絶し、申込書を返戻した措置は、右申込の受理を最終的に拒否する旨の意思表示をしたものではなく」、Xに対して「右建物につき存する建築基準法違反の状態を是正して建築確認を受けたうえ申込をするよう一応の勧告をしたものにすぎないと認められる」ものである。しかし、Xは「その後一年半余を経過したのち改めて右工事の申込をして受理されるまでの間右工事申込に関してなんらの措置を講じないままこれを放置していたのである」。このような事実関係の下においては、豊中市の水道局給水課長の「当初の措置のみによつては、未だ、被上告人市の職員が上告人の給水装置工事申込の受理を違法に拒否したものとして、被上告人市において上告人に対し不法行為法上の損害賠償の責任を負うものとするには当たらないと解するのが相当である」。

 この他に、最二小決平成元年11月8日判時132816頁(Ⅰ―92)および最一小判平成11年1月21日民集53巻1号13頁(志免町給水拒否事件)がある。三つの判決を比較検討していただきたい。

 (2)公表

 私人の側に義務の不履行があった場合、または私人が行政指導に従わなかった場合に、その事実を一般に公表することにより、心理的に義務を履行させようとし、または行政指導に従わせる、というものである(実定法では国土利用計画法第26条に例がある。また、条例で制度を設けることもできる)。公表自体には処分性が認められないので、事前の差止請求か事後の損害賠償請求による権利救済が可能である(但し、事後に救済する訳にいかない場合もある)。

 (3)課徴金

 広義では罰金や公課を含む(財政法第3条)が、狭義では、国民生活安定緊急措置法第11条第1項、独占禁止法第7条の2第1項などに規定されるような、法の予定するところ以上の経済的利得(これが直ちに違法となるか否かを問わない)を放置することが社会的公正に著しく反する場合に課されるものをいう。強制執行の手段ではないが、機能的に義務履行確保の手段としての性格をみせる。

  なお、このような制度については、刑事罰(罰金など)との併科として憲法第39条に違反するのではないかという疑問も生じるが、最三小判平成101013日判時166283頁は、独占禁止法第7条の2第1項に規定される課徴金について合憲としている。

 (4)加算税

 これは租税法上の義務履行確保の手段であり、国税通則法第65条以下に定められている。

 過少申告加算税は、国税通則法第65条に定められるものである。確定申告の期限内に申告書が提出された場合で、確定申告の期限後に修正申告書が提出され、または更正処分がなされた場合に課される。

 無申告加算税は、同第66条に定められるものである。①確定申告の期限内に申告書が提出されなかった場合で、期限後に申告書が提出され、もしくは税額等の決定(同第25条)がなされた場合、または 、②期限後に申告書が提出され、もしくは税額等の決定がなされた後に修正申告書が提出され、もしくは更正処分がなされた場合に課される。

 不納付加算税は、同第67条に定められるものである。源泉徴収などによる国税が法定期限内に完納されなかった場合に課される。

 重加算税は、同第68条に定められるものである。過少申告、無申告または不納付が、納税すべき税額の計算の基礎となる事実の全部または一部についての隠蔽または仮想に基づいている場合に、過少申告加算税、無申告加算税または不納付加算税の代わりとして課される。

 いずれの場合についても、加算税とともに刑罰が科されることがある(所得税法、法人税法、相続税法などを参照)。これについては、二重処罰の禁止を定める憲法第39条に違反しないのか、という問題がある。

 ●最大判昭和33年4月30日民集12巻6号938頁(Ⅰ―111

 事案:会社Xは昭和23年度の法人税について申告納税を行った。これに対し、税務署長Yは更正決定を行い、追徴税(現在の加算税に相当する)を課した。また、国税局はXが法人税の逋脱(脱税)行為を行ったとしてX自体とその担当部長を検察庁に告発した。その後両者は起訴され、有罪の判決を受けた。Xは、追徴税の課税が憲法第39条に違反するとして取消を求めたが、一審判決(大阪地判昭和27年4月26日行集3巻3号552頁)、二審判決(大阪高判昭和28年12月21日行集4巻12号3090頁)のいずれも請求を棄却した。最高裁判所大法廷も、次のように述べて請求を棄却した。

 判旨:「追徴税は、申告納税の実を挙げるために、本来の租税に附加して租税の形式により賦課せられるものであつて、これを課することが申告納税を怠つたものに対し制裁的意義を有することは否定し得ないところであるが、詐欺その他不正の行為により法人税を免れた場合に、その違反行為者および法人に科せられる同法48条1項および51条の罰金とは、その性質を異にするものと解すべきである。すなわち、法48条1項の逋脱犯に対する刑罰が「詐欺その他不正の行為により云々」の文字からも窺われるように、脱税者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として科せられるものであるに反し、法43条の追徴税は、単に過少申告・不申告による納税義務違反の事実があれば、同条所定の己むを得ない事由のない限り、その違反の法人に対し課せられるものであり、これによつて、過少申告・不申告による納税義務違反の発生を防止し、以つて納税の実を挙げんとする趣旨に出でた行政上の措置であると解すべきである。法が追徴税を行政機関の行政手続により租税の形式により課すべきものとしたことは追徴税を課せらるべき納税義務違反者の行為を犯罪とし、これに対する刑罰として、これを課する趣旨でないこと明らかである。追徴税のかような性質にかんがみれば、憲法39条の規定は、刑罰たる罰金と追徴税とを併科することを禁止する趣旨を含むものでないと解するのが相当であるから所論違憲の主張は採用し得ない。」

 

 ▲第7版における履歴:2021年1月20日掲載。

 ▲第6版における履歴:2015年10月20日掲載(「第19回 行政上の義務履行確保、行政罰、即時強制」として)。

                                    2017年10月26日修正。

            2017年12月20日修正。

            2018年7月23日修正。


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