リニアモーターカーによる新幹線計画。東京⇔大阪を最高時速500キロメートルで走る。
こんな夢が、1970年代には語られていました。私の幼少時代、図鑑などに書かれていたのです。宮崎県に実験場ができたのもその頃であったはずです。1990年代には山梨県に実験場ができます。最高時速500キロメートル超も達成します(有人、無人の双方で)。しかし、科学技術の発展段階の問題であるとはいえ、また、財政の問題でもあるとはいえ、あまりに長すぎる実験ではないでしょうか。どちらにしても時間的なコストがかかりすぎています。
もしも財政の問題があるというのであれば、「もうやめる」のが最も懸命な選択肢です。いわゆる未成線という先例を見てもわかります。鉄道敷設法で大風呂敷を広げて余計なことをやったことが原因の一つとなって、国鉄は莫大な赤字を抱えて解体したのです。日本の悪い癖として「割の合わない」ものにこだわり続ける、あるいは、他の国々では受け入れられることなく見捨てられているような技術などにこだわり続ける、というようなものがあります。いわゆるガラケーに執心し(ガラパゴス携帯とは言い得て妙です)、スマートフォンに乗り遅れたりしているのです。
科学技術の問題であるならば、漸次的な解決で十分です。日本には、原子力発電所という貴重な教訓があります。見切り発車を行った結果、廃棄物の問題すら満足に解決できていないのです。世の原発再稼動論は、サイクルなどを理解した上で自分の論を述べているのでしょうか。
ともあれ、リニアモーターカーによる超高速鉄道の夢が語られ始めてから半世紀ほどが経ち、ようやく、JR東海によってリニア中央新幹線が建設されようとしています。まずは東京の品川から名古屋まで、その後は新大阪までとなりますが、品川⇔名古屋の開業は今から14年後、新大阪までの開業は32年後になります。これはあくまでも計画の話ですから、実際にはもっと先の話になるでしょう。
しかし、冷静に考えて、このリニア中央新幹線計画は、果たして必要なものでしょうか。
むしろ、これは不要、それどころか有害な事業の最たるものではないでしょうか。高速道路か在来の国道を整備するほうがはるかに有益ではないでしょうか。今、行政関係で喧伝されている費用対効果など、どこかへ吹き飛んでしまうほどの勢いで推進されようとしていますが、これまでの公共事業などの例に漏れず、期待されるほどの経済効果が生まれるのかどうかも疑問です。ここで、報道なども参照しつつ、思いつくままに問題点を記していきましょう。
(1)ルートと費用
まずはルートと費用との関連が最大の問題でしょう。もとより、両者を切り離して考えることも可能ですが、あまり意味がありません。
品川駅の地下深くに駅を設置し、川崎市を通過して(東海道新幹線と同じで「どうせ駅は作られない」、「通過するだけ」です。高津区も通過することになっています)相模原市の橋本辺りに駅を作り、その先は山梨県と長野県を通って名古屋に出るというルートで、9月19日付の朝日新聞朝刊1面14版に掲載されている「リニア、1万1500円想定 品川―名古屋 のぞみより700円高く」という記事にも(大まかな)ルートが記載されています。南アルプスを長大トンネルで抜けるという訳ですが、通過する地方自治体を考慮に入れても、それほど多くの利用客を見込めるのでしょうか。まして、既に日本は人口減少社会となっていますし、今後の経済、労働形態の変化によっては、移動の必要性が少なくなるでしょう。
現在予定されているルートの距離は、品川から名古屋までで286キロメートルです。正確な割合はよくわかりませんが、そのうちの86%ほどが地下区間になりますし、場所によっては地上から40メートルを超すほどの深さにもなります。現在、地上から最も深い場所にホームがある都営大江戸線六本木駅のようなことになるのでしょうか。
御承知の通り、地下トンネルを掘るには莫大な費用がかかります。地下鉄を考えていただければすぐにわかります。工法にもよりますが、1キロメートルあたりで何億円というところです。しかも、南アルプスを克服するためには25キロメートルという長さのトンネルを掘らなければなりません。9月19日付朝日新聞朝刊2面14版に掲載されている「リニア 険しき道」という記事によると、この辺りの地質は水が出やすい上に崩れやすい「メランジュ」というタイプですから、相当な難工事が予想されるでしょう。トンネルを掘ったら地下水脈に行き当たり、中断せざるをえなかったという事例として、長野県飯田市から岐阜県中津川市までの路線として予定されていた中津川線(この建設がきっかけとなって昼神温泉がオープンしたというのは有名な逸話です)、熊本県高森町から宮崎県高千穂町までとして予定されていた高千穂線の延長線(高森トンネル掘削中に地下水脈を掘り当ててしまい、一帯の地下水を涸らすほどの大事故になりました)があります。同じような話にならないのかという懸念もあるでしょう。25キロメートルほどのトンネルを南アルプスに作るとなると、(技術的に可能であるとして)一体、どれだけの費用がかかるのでしょうか。また、回収の見込みはあるのでしょうか。できるとして、一体何年かかることでしょう。
現在のところ、費用は、品川から名古屋までおよそ5兆4千億円、品川から新大阪までならおよそ9兆円が見込まれています。今年度の国の予算に盛り込まれている公共事業費がおよそ5兆2千億円ですから、建設工事に何年かかるとしても、一企業の事業としては桁外れのものであることはおわかりでしょう。国の予算が投入されるのか、などということがよくわからないのですが、どのような形であれ、全く投入されないことは考えにくいので、それなりの額が何らかの方法で支出されるでしょう。歴史を振り返れば、鉄道であれ道路であれ、公共事業については予算が広くばらまかれます。当たり前の話ですが、広くまかれるということは、その分、個々の事業についての予算が薄くなるということです。選択と集中が叫ばれますが、これが政治の世界において通らないことは常識です。
そればかりか、当初の見込み通りの費用で済まされないだろうということは、すぐに予想できます。今まで、鉄道や道路の建設費用が当初の見込額より大幅に膨らんだという事例は山ほどありますが、逆の結果となった話を寡聞にして知りません。
(2)残土処理
トンネルを掘れば残土が出ます。長く掘れば掘るほど、残土の量も多くなります。当たり前の話です。
あくまでも予想の範囲のことらしいですが、南アルプスの25キロメートルトンネルだけでも950万立方メートルの残土が生じるといいます。これは長野オリンピックの工事で発生した量の4倍ほどであるそうです。地下区間は他にもありますから、どのくらい生じるのか、私には見当がつきません(素人なので当たり前ですが)。どこに捨てるか、あるいは埋め立てるか、ということでしょう。
(3)消費電力
リニアモーターカーと言ってもいくつかの方式があるようで、都営地下鉄大江戸線、大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線などもリニアモーターカーの一種です。鉄輪式リニアモーターカーと言います。車両を小型化できる、急勾配や急カーブに強い、などという利点もありますが、通常の鉄道よりエネルギーの損失が大きいという短所もあります。つまり、電力を余計に消費することになります。
この消費電力の問題は、リニア中央新幹線で採用される磁気浮上式リニアモーターカーの場合、さらに深刻になります。前掲記事「リニア 険しい道」の中の「消費電力 新幹線の3倍」によると、あくまでも現段階の話であるとは言え、仮にリニアモーターカーを営業運転するとなれば、ピーク時の消費電力が1本あたりでおよそ35000キロワットになるとのことです。これは東海道新幹線のおよそ3.5倍にもなります(東海道新幹線はおよそ1万キロワット)。最高速度は1.7倍程度ですが、言うまでもなく、速度が速くなればなるほど空気抵抗が大きくなり、これを克服するためにはそれだけ大きなエネルギーを消費しなければなりません。これでは、JR東海の社長が原子力発電所の再稼働を求めたくもなるでしょうし、ウェッジ(Wedge)という雑誌が再稼働を求める趣旨を大きく中吊り広告の見出しに掲げていた理由もよくわかります(同誌はJR系の会社が発行しています)。省力化の努力はなされるでしょうが、それでも今後の日本社会が採るべき方向性とは逆なのです。
運行速度が高くなると、車両の寿命という問題も生じてきます。これは朝日新聞などの記事には触れられていないのですが、高まる空気抵抗に耐えるだけの車両が必要です。だからといって頑丈に重く作る訳にもいかないでしょう。よく知られていることですが、在来線の車両に比べ、新幹線の車両は耐用年数が短くなっており、20年ほどで廃車となってしまいます(JRの在来線や大手私鉄なら30年や40年くらい動いている車両も多いのですが)。どう考えても、リニアモーターカーの車両が大量生産されるとは思えないので、1両あたりの単価は非常に高くなるでしょう。維持していけるのでしょうか。
(4)電磁波
磁気浮上式リニアモーターカーに付き物なのが、電磁波の問題です。かなり議論が分かれているようで、正直なところよくわかりませんが、人体への影響が懸念されるレベルであり、危険であるとも言われています。
現在、磁気浮上式リニアモーターカーは、愛知県で既に営業運転を行っています。名古屋市営地下鉄東山線の終点である藤ヶ丘駅から、愛知循環鉄道との接続駅である八草駅までのリニモ(愛知高速交通東部丘陵線)です。しかし、このリニモが採用する方式はリニア中央新幹線と異なっていますので、電磁波の影響に関する議論の参考にはならないかもしれません。
(5)騒音
時速500キロメートルで走るのですから、騒音もかなりのレベルに達する可能性があります。現に、山梨県の実験場付近では大音量であるようです。技術によって低減させることはできますが、皆無とすることはできません。どこまで抑えこめるかが問題でしょう。
(6)地権者の権利
9月19日付の朝日新聞朝刊38面14版に掲載されている「リニアが街にやってくる」という記事に、地権者の件が記されています。東京は大田区の田園調布を通る可能性もあるようですが、地下40メートル超の深さ(大深度地下)であると、公共的な事業が推進されるならば地権者の権利も及びません。実は、これはかなり大変な問題でもあります。土地の所有者の知らないうちに……、ということもありえます。他に様々な問題がありえますが、ここでは記さないこととしておきます。
実際のところ、JR東海が建設予定地付近の住民にどの程度の説明を行っているのか、よくわからないところがあります。いつであったか、高津区では説明会が行われたようですが、同日付朝日新聞朝刊29面14版(神奈川・川崎)に掲載されている「リニア 一気に現実味 相模原に駅と車両基地計画」という記事によると、相模原市緑区には車両基地が設けられる予定があるというにもかかわらず、多くの住民が知らなかったそうです。
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神奈川新聞社のサイトを時々見ています。9月19日付で「リニア計画に異論『速さだけが夢なのか』/神奈川」という記事が掲載されており(http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1309190015/)、興味深い内容であったため、ここでも紹介しておきます。
この記事は、千葉商科大学大学院客員教授の橋山禮治郎氏へのインタビューを内容とするものですが、橋山氏の「夢を見るのもいいが、覚めてしまえば夢は終わる」という言葉が印象的です。
さらに、リニア中央新幹線の優位性は速度だけであり、「事業の失敗は目に見えている」と主張されています。
とくに興味深かったのは、氏がコンコルドを引き合いに出された点です。超音速旅客機として脚光を浴びたのですが、とかく評判のよくない飛行機でした。燃費が悪い、騒音がひどい、料金が高い(同じ区間の他の便の4倍!)、というような悪いところ3拍子が揃ったのです。
また、需要予測の甘さも指摘されています。東京湾アクアラインを初め、日本の公共事業に付き物ですが、リニア中央新幹線も御他聞に漏れなかった、という訳です。品川から名古屋までの開業は、現在の時点で14年後、大阪までの開業は32年後が予定されているのですが、橋山氏は、日本の人口減少、企業の海外進出を指摘して、需要はむしろ減ると言います。
さらに、氏は、リニア中央新幹線と同じ方式の磁気浮上式リニアモーターカーについて「もうどの国も興味を持っていない」と主張します。この原理がアメリカの学会で発表されたのは1960年代のことだそうですが、関心を示したのは日本とドイツだけだったようです。ドイツでは、実際に1994年、ハンブルクからベルリンまでの建設が決定されたのですが、結局は中止されました。需要を過大に見積もったこととコストの高さが原因だったようです。
橋山氏の見解については、賛否両論があるでしょう。しかし、夢は所詮夢なのですから、現実の冷めた目で見つめなおすことが必要でしょう。高度経済成長期に鉄建公団が設立され、多くのローカル線が建設されながら、結局は未完のままに消滅しました。開通しないままに廃止された路線がいくつもあります。開通したものの、莫大な赤字のために、短命に終わった路線も多いのです。リニア中央新幹線が、こうした未成線や赤字ローカル線の二の舞になるおそれが高いと思われるので、私は建設に反対せざるをえません。
第二次安倍政権になってから、地方分権という言葉を聞かなくなりました。2020年のオリンピック開催都市が東京に決まったことを見ても、一極集中はしばらく止まりそうもないし、政権も地方分権を放棄したかのようです。一極集中に様々な問題があることは承知していますが、実際には牽引役を一つに絞ることが大事なのかもしれません。
全くの同感です、人口減少が見えている状況の中で何を考えているのか理解できません。
中断するにも費用が掛かるのでしょうが、即刻中止して頂きたい。
静岡県以外でも同様で、既に地下水の枯渇などの影響が出ているという地域もあります。
文献は多いので、お目通しを。
最近出版されたものでは、川辺謙一『超伝導リニアの不都合な真実』(2020年、草思社)がおすすめです。技術的な面、現在の東海道新幹線との比較、山梨県にある試験線での試乗体験などが盛り込まれており、説得力もあります。
一方、船瀬俊介『リニア亡国論』(2018年、ビジネス社)は、興味深い内容ではあるものの、取材の深さの面などで疑問が残るものであり、あまりおすすめできません。
海外での需要も望めないいま建設を中止の英断を。
お書きの通りと考えております。東海道新幹線の老朽化(高架橋など)が言われることもあるのですが、それなら東海道新幹線を補修したほうがよいはずです。その東海道新幹線も、COVID-19のために輸送力を持て余すような状況になりました。ますます、リニアを建設する意味がなくなっています。
新幹線計画自体、半世紀以上も前に作られています。東海道新幹線の建設当時と現在とでは、時代背景が違っています。また、東海道新幹線が開通した年に国鉄が赤字に陥り、脱却できなかったという事実を直視し、原因(おそらく複数が絡み合っています)を冷静に分析することが必要です。