ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第20回 行政罰、即時強制

2015年10月12日 08時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版

〔はじめにお断り〕 今回はあくまでも暫定版です。私のサイトへ正式にアップする際には「行政法講義ノート〔第6版〕に向けての暫時改訂版 第19回 行政上の義務履行確保制度」と統合する可能性もあります。

 

 1.行政罰

 (1)行政罰の定義

 行政罰とは、行政法上の義務違反に対して、過去の行為に対する制裁として科せられる罰の総称である。 ここにいう義務は、法令によって科せられる場合と、法令に基づく行政行為によって科せられる場合とがある。

 行政上の強制執行は、現に存在している義務違反に対して将来的に行われるものであり、または、将来の或る時点において存在しうる義務違反に対して、さらにその先の時点において行われるものである。強制執行は、義務違反に対する制裁としての性格を持たない(仮に持つとしても、行政罰ほど濃厚ではない)。むしろ、義務違反者に義務を履行させること、それが実現されなかった場合には行政主体が自ら義務の内容を実現するか第三者に実現させることを主眼としている。

 これに対し、行政罰は、過去の行為に対する制裁であり、義務違反の状態を是正させる、あるいは自ら是正するという性格はない。仮にあるとしても、強制執行より薄い。

 行政罰は、性質によって行政刑罰と秩序罰とに分けられる。

 (2)行政刑罰

 行政刑罰とは、刑法に刑名のある罰のことである。すなわち、刑法第9条に規定される刑罰が適用されることとなる(多くの場合、懲役と罰金である)。

 行政法学や刑法学においては、行政犯(法定犯)と刑事犯(自然犯)との区別が語られる。行政犯は、行政処罰を科せられる義務違反(非行)のことであり、通説的見解によると、行政犯の行為それ自体は反道義性や反社会性を有しないが、その行為が行政目的のためになす命令・禁止に反することによって反道義性や反社会性を有するに至るということになる。

 もっとも、このような区別は絶対的なものではない。例えば道路交通法に定められる右側通行・左側通行の別のように、当初は行政犯だったものが刑事犯として扱われるようになっているというものもある。

 行政刑罰については、以前、刑法総則の適用の有無が争われていた。これは、行政刑罰と刑法第8条との関係 として議論されていたのである。有力説は、刑法第8条但し書きなどの明文で定められる場合以外に、刑法総則の適用について特別の扱いをすべきであると主張する。この立場は、過失犯などについて、行政刑罰の特殊性を強調する。しかし、刑事罰と行政刑罰との区別が相対的であることからして、行政刑罰に特殊性を強く認めなければならないということの根拠はない。また、明文の規定があれば別として、存在しない場合に、刑法総則の規定と異なる扱いをするならば、刑法の明確性の原則に抵触するおそれがある。従って、行政刑罰についても、刑法第8条に定められた原則に従うべきであると考えるのが妥当である(通説・判例)。

 刑法総則の適用の有無に関する争いは、過失犯の扱いにも関係する。上記有力説は、明文の規定がない場合であっても過失犯を罰しうるとする立場をとるのであるが、刑法第38条第1項の規定に反する。罪刑法定主義の原則からすれば、行政犯であっても、原則として故意犯のみが罰せられ、過失犯は明文の規定がなければ罰せられない、と理解すべきである〔最一小判昭和48年4月19日刑集27巻3号399頁(Ⅰ―117)も参照〕。

 但し、行政刑罰に全く特殊性がないという訳ではない。

 第一に、両罰規定がある。これは、法人の代表者、法人または本人の代理人、使用人その他従業者の違反行為について、行為者の他に、その法人または本人をも罰する規定のことである。業務主の監督上の過失を推定することもある。このような規定は刑法典に存在しない。

 そもそも、刑法典には法人を処罰する旨の規定が存在しない。

 第二に、白地刑罰法規(空白刑法) がある。これは、法律自体において、法定刑だけは明確に定められているが、刑罰を科せられる行為(すなわち、犯罪の構成要件)の具体的内容の全部または一部が、他の法律、命令などに委任されているもの をいう。

 広義では補充規範が同一法律中あるいは他の法律によって規定されている場合も含むが、狭義では、狭義の法律以外の命令または行政処分に基づく場合をいう。

 刑法典中には第94条(中立命令違背罪)のみが存在するが、行政刑罰には非常に多い。

 白地刑罰法規は、犯罪の構成要件の具体的な内容を他の規定に委任するものであるため、憲法第73条第6号但書との関連で問題となる。白地刑罰法規が合憲たるためには、いかなる基準で具体的な違反事実を定めるかの大枠を法律自体で示すことが必要となる(例.政令325号事件に関する最大判昭和28年7月22日刑集7巻7号1562頁)。また、最大判昭和49年11月6日刑集28巻9号392頁(猿払事件)は、国家公務員法第102条第1項・第110条第1項第19号・第102条の委任による人事院規則14-7を違憲でないと判断した。これに対し、少数意見は、刑事罰の対象となる行為と懲戒罰の対象となる行為を何ら区別せずに包括的委任をなすことを違憲としている。

 行政刑罰の手続は、原則として刑事訴訟法による。 しかし、例外として簡易手続が定められることがある。例として、簡易裁判所にて行われる交通事件即決裁判手続(交通事件即決裁判手続法)、国税局長・税務署長による通告処分 〔国税犯則取締法第14条~第17条、関税法第138条第1項〕、および警察本部長による交通事件犯則行為処理手続〔反則金制度。道路交通法第125条以下〕がある。このうち、通告処分および交通事件犯則行為処理手続は、犯罪の非刑罰的処理として論じられることがある。但し、通告を受けた者がこれに従わないときや、反則金納付の通告を受けた者が一定の期間の経過後も反則金を納付しなかった場合には、正規の刑事訴訟手続がとられることになる。

 (3)秩序罰

 秩序罰は、行政刑罰とは異なり、純粋な行政処罰であって、過料を科する行政処罰のことをいう。

 なお、道路交通法第125条~第132条に規定される「反則金」も行政処罰であるといえる。

 「通常の行政上の秩序罰」は、非訟事件訴訟手続法に従って地方裁判所が課すものである。但し、他の法令に別段の定めがある場合(例、住民基本台帳法第44条第2条)は簡易裁判所により課せられる。

 「地方公共団体の条例・規則違反に対する科罰」は、地方自治法第231条の3(など)に従って、地方公共団体の長が科す。期間内に納めない者については強制徴収を行うことができる。

 行政刑罰と秩序罰は、一応、別個の性質を有するものである。しかし、実際には、行政刑罰と秩序罰とを併科しうる旨を定める法律の規定が多い。そこで、刑法第39条に違反するか否かが問題となる。

 ●最二小判昭和39年6月5日刑集18巻5号189頁

 事案:この事件の被告人らは、別の裁判で住居侵入等被告事件の証人として出廷し、宣誓を行ったが、裁判官からの尋問に対し、正当な理由がないのに証言を拒んだ。そのため、被告人らは刑事訴訟法第160条による過料に処された。その後、同第161条違反として起訴された。第一審は被告人らに免訴を言い渡したが、第二審は第一審判決を破棄し、事件を差し戻す判決を下した。そのため、被告人らが上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:刑事訴訟法第160条は「訴訟手続上の秩序を維持するために秩序違反行為に対して(中略)科せられる秩序罰としての過料を規定したものであり」、同第161条は「刑事司法に協力しない行為に対して通常の刑事訴訟手続により科せられる刑罰としての罰金、拘留を規定したものであって、両者は目的、要件及び実現の手続を異にし、必ずしも二者択一の関係にあるものではなく併科を妨げないと解すべきであ」る。これらの規定は憲法第31条および第39条後段に違反しない。

 

 2.即時強制

 (1)即時強制と即時執行

 即時強制とは、義務の履行を強制するためにではなく、目前急迫の行政法規違反の状態を排除する必要上、義務を命ずる余裕のない場合、または、性質上義務を命じることによっては目的を達成しがたい場合に、直接、私人の身体または財産に実力を加え、これによって行政上の目的を実現することをいう。

 但し、上記の定義の中には行政機関による情報・資料収集活動も含まれている。塩野宏教授が指摘するように、即時強制の定義には「強制隔離・交通遮断のように、それ自体行政目的の実現にかかる制度」と「臨検検査、立入りの観念にみられるような行政調査の手段」とが含まれているのである※。

 ※塩野宏『行政法』〔第六版〕(2015年、有斐閣)277頁。

 行政法学においては、即時執行という概念が用いられることもある。即時執行とは、即時強制から行政機関による情報・資料収集活動を除外したものをいう。従って、即時執行は「相手方に義務を課すことなく行政機関が直接に実力を行使して、もって、行政目的の実現を図る制度」に限定される※。

 ※塩野・前掲書277頁。

 即時強制、即時執行のいずれについても、法律の根拠を必要とする。

 (2)実力を加える対象

 即時強制(即時執行)により、実力を加える対象の例をあげておこう。

 まず、身体である。例として、後に取り上げる警察官職務執行法第3条ないし第5条などをあげることができる。

 次に、家宅・事業所などである。例として、警察官職務執行法第6条、国税犯則取締法第2条などをあげることができる。

 そして、財産である。例として、銃砲刀剣類所持等取締法第11条などをあげることができる。

 (3)警察官職務執行法が定める即時強制の例

 現行法においては、行政上の強制執行と異なり、即時強制(即時執行)に関する一般法と言うべき法律は存在しない。ここでは、即時強制(即時執行)を多く定める警察官職務執行法を概観しておくこととする。

 ・個人の生命・身体・財産の保護:保護措置(第3条)。24時間が限度とされるが、延長許可も認められる。

 ・避難などの危害防止:「警告」→「引き留め」・「避難」。第4条に認められた権限である。措置は公安委員会に報告される。他の公的機関に共助が求められる。

 ・犯罪の予防・制止:第5条。生命・身体の危険または財産の重大な侵害を生ずるおそれがある場合に、犯罪を制止できる。

 ・立入権限:第6条により認められた権限である。

 ・武器の使用:第7条。但し、人に危害を加えることができるのは刑事訴訟法第213条・第210条、警察官職務執行法第7条、刑法第36条・第37条の場合に限定される。

 その他にも、行政法令の定める即時強制が存在する(例.消防法第1条)。個々の国民・住民の生命・身体の保護その他公衆衛生上の理由によるもの、風俗警察上の規制権限を行使するためのものなどがある。立入権限は、国税犯則取締法第2条・第3条、労働基準法第101条など、認める法令も多い。

 (4)行政上の強制執行(とくに直接強制)との違い

 行政上の強制執行とおよび即時強制(即時執行)には、行政権による実力行使を認めるという面において共通する点がある。とくに、行政上の強制執行の一種としての直接強制と即時強制(即時執行)は、外観上酷似しており、見分けが付きにくいこともある※。そればかりか、即時強制・即時執行が直接強制の代替として用いられる傾向にあるとも言われる。

 ※塩野・前掲書279頁注(2)や櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第4版〕(2013年、弘文堂)192頁にあげられている、道路交通法に違反する放置車両の移動の例を参照。

 しかし、行政上の強制執行と即時強制(即時執行)は、概念上において全く異なるものであり、次のように整理することができる。各自で表を作成し、まとめてみることをおすすめする。

 ・行政上の強制執行は、私人の側に履行義務が存在することを前提とする。これに対し、即時強制(即時執行)は、私人の側に履行義務が存在することを前提としない。

 ・行政上の強制執行は、法律のみを根拠としうる(代執行が条例を根拠としうるのは、行政代執行法第2条により、法律の委任を受ける場合に認められるためである。直接強制については法律に限定される)。これに対し、即時強制(即時執行)は、条例を根拠としうる(法律による委任がない場合についても同様である)。

 ・行政上の強制執行には、一応の一般法として行政代執行法がある(強制徴収については国税徴収法がある)。これに対し、即時強制(即時執行)に関する一般法は存在しない。

 (5)即時強制(即時執行)の処分性

 法律に基づいて実施する身柄の拘束、物の領置という例から明らかであるように、即時強制(即時執行)は、行政機関が行う事実行為の中でも、強制的に人の自由を拘束し、継続的に受忍義務を課す作用である。従って、即時執行(即時強制)は公権力の行使にあたる行為であり、処分性を有する。これに不服があれば、行政不服申立て・行政訴訟の手続で救済を求めなければならない(参照、行政不服審査法第2条第1項)。なお、この場合、出訴機関の制限を認めて、その起算点を身柄などの拘束時間とみるべきか、拘束時間が継続している間は、出訴期間とは無関係に随時不服申立てないし抗告訴訟を提起できるとすべきか、争いがある。


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