明日(9月26日)の講義で配布する予定のプリントの中身から。
最三小判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁(名古屋医師財産分与事件)が財産分与と所得税(譲渡所得)との関係について、遠藤みち『両性の平等をめぐる家族法・税・社会保障』(2016年、日本評論社)60頁の言葉を借りるならば「一般的にはわかりにくい判断」を示しています。或る意味では粋な判断ではありますが、いかがでしょうか。
1.事案
Xは医師で、Aと婚姻関係を結んでいたが、名古屋家庭裁判所で離婚調停を行っていた。この調停の結果として、Xは、名古屋市内に所有していた本件土地と建物をAに「慰謝料」として譲渡した。Xは昭和42年分所得税について確定申告を行ったが、この「慰謝料」としての譲渡については申告をしていなかったため、所轄の名古屋中村税務署長は昭和43年9月30日付で譲渡所得金額を148万8877円などとする更正処分を行った。そのため、Xは、本件については自身が何らの所得も得ていない、調停では「慰謝料」となっているが当初は「財産分与」を意図していたのであり、実質は「慰謝料」ではなく「財産分与」である、などと主張し、名古屋中村税務署長に異議申立てをしたが棄却され、名古屋国税局長に対して審査請求をしたがこれも棄却された。Xが出訴。
2.争点
・本件土地および建物の譲渡が「慰謝料」としての性格を有するならば、Xに譲渡所得が発生するのか。
・本件土地および建物の譲渡が「財産分与」としての性格を有するならば、Xに譲渡所得が発生するのか。
3.判旨(太字および下線は、すべて引用者による。また、表記を変えた部分がある。)
(1)名古屋地判昭和45年4月11日行集22巻10号1685頁
本件の事実認定等によると、本件土地および建物は「調停によりXよりAに慰藉料として譲渡せられたことを認定しうる。X本人尋問の結果によると右各不動産は財産分与として譲渡すべく話合われたことは事実なるも双方協議の末右の如く慰藉料とせられたことも明らかであり、(中略)調停調書上明白に慰藉料として記載せられた以上これをもって慰藉料にあらずして財産分与なりと論ずるのは誤りであ」り、本件土地および建物の譲渡は譲渡所得に該当する。
(2)名古屋高判昭和46年10月28日行集22巻10号1679頁
「譲渡所得に対する課税の本質は資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものと解すべきであり、売買交換等によりその資産の移転が対価の受入れを伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化されるので、これを課税の対象としてとらえたのが旧所得税法第9条第1項8号(現所得税法第33条)の規定である」(最一小判昭和43年10月31日集民92号798頁を参照)。
「右にいう資産の移転が対価の受入れを伴う場合としては売買、交換等現実に対価を受入れる場合の外慰藉料その他債務の履行として或は債務の履行に代えて資産の移転がなされる場合も含む」と解すべきである。「けだし一般に債務の履行として或は債務の履行に代えて自己の有する資産を相手方に移転譲渡した場合にはその譲渡時における当該資産の価額に相当する額の弁済があつたことになり、これによつて当該債務は消滅するのであるから、経済的利益を享受しこれが具体化した点では現実に対価の受入れを伴う場合と実質的に何等変りはないからである」。本件土地および建物は「現金1450万円等と共にAとの離婚に基づく慰藉料及び財産分与として譲渡することを約定しその履行として譲渡されたものであること前に認定したとおりであるから、右のように慰藉料及び財産分与に基づく債務の履行として本件不動産の譲渡がなされた以上」、本件の譲渡が譲渡所得に該当すると解するのが相当である。従って、本件土地および建物の「譲渡が慰藉料又は財産分与の履行或はその双方の履行と解せらされるとしても、何れにせよ所得税法第三三条第一項に所謂譲渡所得ありとしてなされた本件更正処分(中略)は適法であ」る。
(3)最三小判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁
「譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから、その課税所得たる譲渡所得の発生には、必ずしも当該資産の譲渡が有償であることを要しない」(最三小判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁を参照)。従って、「所得税法33条1項にいう『資産の譲渡』とは、有償無償を問わず資産を移転させるいつさいの行為をいうものと解すべきである。そして、同法59条1項(昭和48年法律第8号による改正前のもの)が譲渡所得の総収入金額の計算に関する特例規定であつて、所得のないところに課税譲渡所得の存在を擬制したものでないことは、その規定の位置及び文言に照らし、明らかである」。
「夫婦が離婚したときは、その一方は、他方に対し、財産分与を請求することができる(民法768条、771条)。この財産分与の権利義務の内容は、当事者の協議、家庭裁判所の調停若しくは審判又は地方裁判所の判決をまつて具体的に確定されるが、右権利義務そのものは、離婚の成立によつて発生し、実体的権利義務として存在するに至り、右当事者の協議等は、単にその内容を具体的に確定するものであるにすぎない。そして、財産分与に関し右当事者の協議等が行われてその内容が具体的に確定され、これに従い金銭の支払い、不動産の譲渡等の分与が完了すれば、右財産分与の義務は消滅するが、この分与義務の消滅は、それ自体一つの経済的利益ということができる。したがつて、財産分与として不動産等の資産を譲渡した場合、分与者は、これによつて、分与義務の消滅という経済的利益を享受したものというべきである。」
実は私は既に税理士なのですが、勉強不足でこの判例は知らなかったです。
質問はこちらのコメント欄に、という事でよろしいでしょうか。
また後日書かせていただきます。