税法または租税法は面白いもので、酒もたばこも博打も扱う、或る意味で何でもありという世界です。私が担当している「法学特殊講義ⅡA」においては酒税およびたばこ税を扱いましたので、このブログにも6月に酒税、7月にたばこ税を取り上げました。
たまたま、この記事は秋の天皇賞と同じ日にアップします。そう、今回は競馬です。
やはり私が担当している「税法B」で扱う予定のもので、税務関係雑誌でもよく取り上げられた勝馬投票券の払戻金に対する課税事件を取り上げます。いくつかの事件があり、これに伴って複数の判決がありますが、今回は最高裁判所平成27年3月10日第三小法廷判決(最高裁判所刑事判例集69巻2号434頁)を取り上げます。よく当たり馬券払戻金課税事件と言われるのでタイトルもそのようにしましたが、実際には外れ馬券の扱い方が問題とされています。
ちなみに、私はこれまで一度も勝馬投票券を買ったことがなく、競馬場や場外馬券売場に入ったこともありません。ゲームセンターやゲームコーナーでメダルの競馬ゲームや競艇ゲームで遊んだことがあるくらいです〔それで本物の競馬や競艇などに手を出さないと言えます)。また、私はサテライト日田問題に取り組んでいましたが、勝者投票券を買ったことがなく、別府競輪場にも場外車券売場に入ったこともありません(それで或る有名な行政法学者から叱られたことがあるくらいです)。一度だけ川崎競輪場に入ったことがありますが、偶然、バザーが川崎競輪場で行われていたのを見たからという理由です。たしか、国鉄の東京南鉄道管理局が路線図などの鉄道グッズを売っていたと記憶していますが、間違っているかもしれません。
本題に戻りましょう。事案を見ていきます。
X(被告人)は給与所得者で、JRA(日本中央競馬会)が主催する競馬の馬券(勝馬投票券)を、JRAが提供するA-PATというサービスおよび有料競馬予想ソフトを用いて馬券の購入および払戻金の受取等を行っていました。その結果として、Xは平成17年から平成21年までの5年間、多額の利益を得ていましたが、正当な理由がないのに、平成19年分から平成21年分までの所得税確定申告書を法定申告期限日までに所轄税務署長に提出しなかったとして、起訴されました。
公訴事実の要旨においては、平成19年分総所得金額が3億7420万132円(所得税額が1億4562万9100円)、平成20年分総所得金額が6億9694万8779円(所得税額が2億7488万1500円)、平成21年分の総所得金額が3億8836万3205円(所得税額が1億5123万500円)とされています。
本件の主要な争点は、馬券の払戻金に係る所得の性質です。一審の段階において、検察官は、馬券の払戻金にかかる所得は一時所得であって、所得税法第34条第2項にいう「その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)」として控除すべき金額は当たり馬券の購入金額のみであると主張しました。これに対し、X側の弁護人は、本件の払戻金に係る所得は雑所得であって、外れ馬券を含めて1年間における馬券の購入金額が控除の対象になると主張しました。
〈1〉大阪地判平成25年5月23日刑集69巻2号470頁(懲役2か月、執行猶予2年)の判旨(主要な争点に関する部分のみ。下線は引用者によります。)
(1)「所得税法34条1項は、一時所得について、『利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの』と規定する。すなわち、一時所得は、一時的かつ偶発的に生じた所得である点にその特色があるといえる。したがって、所得発生の基盤となる一定の源泉から繰り返し収得されるものは一時所得ではなく、逆にそのような所得源泉を有しない臨時的な所得は一時所得と解するのが相当である。そして、そのような意味における所得源泉性を認め得るか否かは、当該所得の基礎に源泉性を認めるに足りる程度の継続性、恒常性があるか否かが基準となるものと解するのが相当である。所得の基礎が所得源泉となり得ない臨時的、不規則的なものの場合、たとえこれが若干連続してもその一時所得としての性質に何ら変わるところはない。しかし、一回的な行為として見た場合所得源泉とは認め難いものであっても、これが強度に連続することによって、その所得が質的に変化して上記の継続性、恒常性を獲得し、所得源泉性を有することとなる場合があることは否定できない。そして、このような所得源泉性を有するか否かについては、結局、所得発生の蓋然性という観点から所得の基礎となる行為の規模(回数、数量、金額等)、態様その他の具体的状況に照らして判断することになる。」
(2)「競馬の勝馬投票は、一般的には、趣味、嗜好、娯楽等の要素が強いものであり、馬券の購入費用は一種の楽しみ賃に該当し、馬券の購入は、所得の処分行為ないし消費としての性質を有するといえ(中略)、一般的には、馬券購入による払戻金の獲得は多分に偶発的である」と言え、「馬券の購入を継続して行ったとしても、一般的には、上記のとおり馬券購入が払戻金獲得に結び付くかは偶然に左右されることに加え、馬券購入者は投票ごとにその都度の判断に基づいて買い目を選択し馬券を購入しているといえることからすれば、各馬券購入行為の間に継続性又は回帰性があるとは認められず、繰り返し馬券を購入したとしてもその払戻金に係る所得が質的に変化しているとはいい難い」から、「原則として、馬券購入行為については、所得源泉としての継続性、恒常性が認められず、当該行為から生じた所得は一時所得に該当する」。
(3)Xは「平成16年から平成21年にかけて、全競馬場の新馬戦及び障害レースを除く全てのレースにおいて馬券を購入した。競馬開催日1日当たり数百から多いときには1000を超える買い目について馬券を購入し、その購入金額は1日1000万円以上に上ることがほとんどであり、その結果、平成19年度から平成21年度の3年間で馬券購入金額は合計28億円を超えて」おり、「特定のレースにおいて特定の買い目を当てることによって利益を出すのではなく、(中略)A-PAT及び本件ソフトを用いることにより、ほぼ全てのレースにおいて無差別に、専ら回収率に着目して過去の競馬データの分析結果から導き出された一定の条件に合致するものとして機械的に選択された馬券を網羅的に購入することで、長期的観点から全体として利益を得ようと考え、実際にもそのような方法により馬券を購入し、現に5年間にわたって毎年多額の利益を得てきた」。このことは「本件ソフトのデータやA-PATに係る銀行取引履歴の形で記録されており、本件馬券購入行為が大量かつ継続的、機械的なものであったことは客観性を帯びた事実である」から、Xの「本件馬券購入行為は、その態様からすれば、競馬を娯楽として楽しむためではなく、むしろ利益を得るための資産運用の一種として行われたものと理解することができ」る。すなわち、Xの「本件馬券購入行為は、一般的な馬券購入行為と異なり、その回数、金額が極めて多数、多額に達しており、その態様も機械的、網羅的なものであり、かつ、過去の競馬データの詳細な分析結果等に基づく、利益を得ることに特化したものであって、実際にも多額の利益を生じさせている。また、そのような本件馬券購入行為の形態は客観性を有している。そして、本件馬券購入行為は娯楽の域にとどまるものとはいい難」く、「本件馬券購入行為は、一連の行為として見れば恒常的に所得を生じさせ得るものであって、その払戻金については、その所得が質的に変化して源泉性を認めるに足りる程度の継続性、恒常性を獲得したものということができるから、所得源泉性を有するものと認めるのが相当である」。従って、Xの「本件馬券購入行為から生じた所得は、(中略)一時所得にも該当しないことから、雑所得に分類される」。
(4)「所得税基本通達34-1は、一時所得の例示として、『競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金等』を挙げているが、通達は、行政機関の長が所管の諸機関及び職員に対して行う命令ないし示達であり(国家行政組織法14条2項)、国民に対する拘束力を有する法規範ではない。したがって、通達の定めは、裁判所の行う法律解釈に際し、当該法令についての行政による解釈としてその参考とはなり得るが、それ以上の影響力を持つものではない」。また、「上記所得税基本通達が発出された当時、本件馬券購入行為のような形態の馬券購入は、そもそも想定されていなかったものと考えられる」こと、「所得税基本通達においても、その前文には『……この通達の具体的な適用に当たっては、法令の規定の趣旨、制度の背景のみならず条理、社会通念をも勘案しつつ、個々の具体的事案に妥当する処理を図るよう努められたい。』と規定されている。すなわち、本件馬券購入行為の払戻金に係る所得についても、その具体的な馬券購入方法等を考慮することなく、上記通達の例示を根拠として画一的にこれを一時所得として処理することは、必ずしも上記通達前文の趣旨に沿うものとはいえないのであって、具体的事案の内容等を検討した上で実質的にそれに見合った所得分類を判断することが求められているというべきである」。
(5)Xによる「本件馬券購入方法は、(中略)新馬戦及び障害レースを除いた全レースについて、被告人が過去約10年間の競馬データを回収率に着目して分析した結果に基づいて設定した一定の条件により抽出された馬券を機械的、網羅的に購入することによって、長期的に見て全体として利益を上げるというものであったから、本件においては、外れ馬券を含めた全馬券の購入費用は、当たり馬券による払戻金を得るための投下資本に当たるのであって、外れ馬券の購入費用と払戻金との間には費用収益の対応関係があるというべきである。もっとも、外れ馬券の購入費用は、特定の当たり馬券の払戻金と対応関係にあるというものではないから、『その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額』として必要経費に該当する」。また、「本件各年分における本件ソフトや競馬データ等の利用料金も、上記外れ馬券と同様の理由から、必要経費に当たるというべきである」から、「本件馬券購入行為による所得計算に当たっては、年間の当たり馬券の払戻金から、その年の外れ馬券の購入費用を含めた全馬券の購入費用及び本件ソフトや競馬データ等の利用料金が『必要経費』として控除されることになる。」
(6)裁判所が認定した総所得金額:所得税額。
平成19年分:1億730万円8817円:3887万2700円。
平成20年分:3260万8629円:914万5500円。
平成21年分:2024万6010円:398万3700円。
〈2〉大阪高判平成26年5月9日判時2269号125頁(検察官の控訴を棄却)の判旨(主要な争点に関する部分のみ。下線は引用者によります。)
(1)一時所得と雑所得は、所得税法第23条から第33条に定められた8種類の所得分類に該当しない所得であり、「そのような所得のうち、一時所得が『営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得』で『労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの』であるのに対し、これに該当しないもの、すなわち『営利を目的とする継続的行為から生じた所得』や『労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有するもの』などは雑所得となる」。
(2)所得税法の「沿革沿革から見ても、一時所得は、利子所得等の所得分類に該当しない補充的な所得分類であり、一時的、偶発的に生じた所得である点に特色があるといえる。もっとも、原判決がいう所得源泉性がどのような概念かは上記判断要素によってもなお不明確である上、一時所得や雑所得をも課税対象とした現行の所得税法の下で、これを一時所得かどうかの判断基準として用いるのには疑問がある。また、原判決は、一回的な行為として見た場合所得源泉とは認め難いものであっても、強度に連続することによって所得が質的に変化して(所得の基礎に源泉性を認めるに足りる程度の)継続性、恒常性を獲得すれば、所得源泉性を有する場合がある旨説示するのであるが(9頁)、結局、所得源泉という概念から継続的所得という要件が導かれるわけではなく、どのような場合に所得が質的に変化して所得源泉性が認められるのかは明らかでなく、それ自体に判断基準としての有用性を見いだせない」から、「一時所得に当たるかどうかは、所得税法34条1項の文言に従い、同項の冒頭に列挙された利子所得から譲渡所得までの所得類型以外の所得のうち、『営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得』で『労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの』かどうかを判断すれば足り、前者については、所得源泉性などという概念を媒介とすることなく、行為の態様、規模その他の具体的状況に照らして、『営利を目的とする継続的行為から生じた所得』かどうかを判断するのが相当である。」
(3)「『営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得』の要件は、利子所得等の所得分類に当たらない補充的な所得分類の中で、一時所得と雑所得を区分するものとなっており、『営利を目的とする継続的行為』については、発生する所得が一時的、偶発的な所得であることを否定するに足りる程度のものが求められるといえるが、前記の沿革を踏まえても、上記の要件が以前から課税対象であった継続的、恒常的な所得と一時所得を峻別するものとは考え難い」。また、「『営利を目的とする継続的行為』の判断は、同要件の内容自体からして、行為の本来の性質だけではなく、行われる回数や頻度等の反復性及び規模に関する事情を当然に考慮に入れるべきであり、ある1回の行為から生じた所得が行為の性質等に照らして一時所得と解される場合であっても、その行為が一定期間に頻繁に繰り返されることなどによって営利目的性及び継続性が認められれば、異なる所得に区分されることを肯定すべきである」。
(4)Xの「本件馬券購入行為の態様は、競馬予想ソフト等を利用して、回収率に着目し、一定の基準を充足する出走馬についてPAT口座の残高から算出される掛金で馬券を自動購入するよう設定し、条件に合致する馬券を、機械的に選択して網羅的に大量購入することを反復継続し、長い期間を通じて全体として利益を得ようとするものである。その規模は、数年間にわたり、1日に数百万あるいは数千万円単位で、新馬戦等を除く全競馬場の全レースを対象に、基準を充足する馬券を購入し続けるというもので、平成19年分から平成21年分の3年間で、28億円以上の馬券を購入し、30億円以上の払戻金を得るという、極めて大きな規模のものであった。これらの事実は、被告人の本件馬券購入行為について、その購入及び払戻しの履歴が記録化されていることから、(中略)その全体を一連の行為としてとらえるべきであり、その払戻金による所得は、『営利を目的とする継続的行為から生じた所得』に当たり、一時所得ではなく雑所得であると解するのが相当である」。
〈3〉最三小判平成27年3月10日刑集69巻2号434頁(検察官の上告を棄却)の判旨
(1)「所得税法上、営利を目的とする継続的行為から生じた所得は、一時所得ではなく雑所得に区分されるところ、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」。
(2)「所得税法の沿革を見ても、およそ営利を目的とする継続的行為から生じた所得に関し、所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈がされていたとは認められない上、いずれの所得区分に該当するかを判断するに当たっては、所得の種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照らし、所得及びそれを生じた行為の具体的な態様も考察すべきであるから、当たり馬券の払戻金の本来的な性質が一時的、偶発的な所得であるとの一事から営利を目的とする継続的行為から生じた所得には当たらないと解釈すべきではない。また、画一的な課税事務の便宜等をもって一時所得に当たるか雑所得に当たるかを決するのは相当でない」。
(3)「雑所得については、所得税法37条1項の必要経費に当たる費用は同法35条2項2号により収入金額から控除される。本件においては、外れ馬券を含む一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するのであるから、当たり馬券の購入代金の費用だけでなく、外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が当たり馬券の払戻金という収入に対応するということができ、本件外れ馬券の購入代金は同法37条1項の必要経費に当たると解するのが相当である」。
(なお、大谷剛彦裁判官の意見が付されていますが、省略します。)
この最高裁判所第三小法廷判決は新聞でも大きく取り上げられましたので、御記憶の方も多いかもしれません。税法学でも実務でもしばらく話題になり、特集を組んだ雑誌もありました。
既に記したように私は競馬などをやらないのですが、その上で記しておきます。当たり馬券の払戻金による収入が一時所得であるという一般論は理解できますし、そう考えるしかないのですが、所得の計算において外れ馬券の購入代金を収入金額から控除することを認めないという多数説および実務の見解には違和感を覚えます。一点買いしかしない人であればともあれ、おそらく、1レースで馬券を何点か買って(複数の馬に投票して)、そのうちのどれかが当たれば、というところでしょう。本命は2−4、抑えで4−8、2−8というように投票することが多いのではないでしょうか。同じレースの投票ですし、外れ馬券も一種の経費と考えるほうがよいのではないでしょうか。そのほうが、実際に競馬を楽しんでいる人の感覚に近いのではないかと思われます。
競馬とは違うと言われるかもしれませんが、宝くじも1枚しか買わない人はほとんどいないでしょう。そもそも、現在の宝くじは、1等と前後賞を合わせて何億円などと宣伝されていますから、最低でも3枚は買わなければ最高額の当籤金をもらえない訳です。ロト系なら1点勝負もあるかもしれませんが、私は買ったことがないのでよくわかりません。
そして、今回取り上げた最高裁判決について記すならば、そもそも事案が一時所得に関するものとは言い難いようなものです。或る意味で投資事業を個人が行っているようなもので、仮にXが給与所得者でなく、競馬予想のみに従事していたら事業所得に近いようなものとなるでしょう。判例や学説において説かれている事業の概念には合致しないと思われますが、自己の計算と危険の下に、継続的に勝馬投票券を購入してなるべく多額の払戻金を回収しようとしているのですから、事業に近似すると理解してよいはずです。雑所得とされたのは、本業としていない行為で稼いだためです。そのため、私は最高裁判決の趣旨(少なくとも結論)を妥当と考えています。
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