2014年に亡くなった主人の姉 藤村攝子(ふじむら・せつこ)が9月29日に97歳で
兵庫県東灘区のグループホーム「サンライフ さくら魚崎北町」で老衰のため他界いたしました。
生前、お世話になりました多くの方たちに心より御礼を申し上げます。
義姉は結婚適齢期と戦争が重なったせいもあって、独身で過ごしました。
洋裁の腕を磨き、たくさんの仕事をこなしたようです。
手持ちのアルバムから、神戸の震災後に仮設住宅の前で、見舞いに出かけた主人と一緒に
映っていたこの写真を選びました。70歳ぐらいのはずです。
神戸市灘区の平屋の住宅に2階を増築し、学生が1人下宿していて震災で全壊。
その前年に義母が亡くなっていて、義姉とその学生の方は無事であったのが
不幸中の幸いといえるかもしれません。
この写真の洋服は自分で作ったものだと思われ、気力も充実しているようで
輝いているようにも思えたりします。
葬儀用の写真について、主人のものは息子たちが選び、両親の写真は弟が選び
それぞれベストの選択だと思いました。
今回は私が選び、パソコンで2L版にしてプリント、写真立てに貼り付けて持参しました。
葬儀用後に置き場所に困ったりするので、家族葬では小さい写真でもよさそうに思います。
コロナが流行した時期で、私はワクチンを射たないでいましたので、見舞いに行かず
申し訳ないことをしました。
せめて葬儀はしっかりとしようと考えました。
その中から一部をお伝えしたいと思っております。
日本は危機管理省みたいなところが
必要ではないでしょうか。