■50■
次の日、高知市内の彼女の実家で、
僕は話を切り出すタイミングに困り果てていました。
見るに見かねたであろう彼女の母が、
「今日は何か大事なお話があるんじゃない?」
と助け舟を出してくれました。
秋に結婚する事になりました。
彼女は同い年の看護師です。
「済〇生会病院」に勤務していましたが、「救命士」の資格を取り、
『吹〇千里救命救急センター』に職場を移しました。
「ドクターカー」と呼ばれる医師を乗せた救急車に同乗して、
医師の指示のもとで医療行為を行える看護師として活躍していました。
(テレビのドキュメンタリー「救命救急24時」とかの撮影もありました)
ポケベルを持たされ、休日でも呼び出されます。
その後、そのポケベルが鳴ったであろう「大災害」が起きる事に・・
1月中旬の早朝、
「ドンッ!!」と下から突き上げられたような衝撃で目を覚ましました。
間髪入れず「ゴゴゴゴーッ」と凄まじい横揺れがきました。
あらゆる物が落ち、いたるところで何かが割れる音がしました。
『阪神淡路大震災』です。
揺れは長い時間に感じました。
「死んだ」・・瞬時にそう思いました。
「こんな大きな地震は初めて・・・これはエライ事になってるかも・・・」
揺れがおさまり、
足元の何かの破片に気を付けながらベランダのカーテンを開けました。
窓の外はまだ暗く、辺りの様子が伺えません。
停電。
ラジオをつける、
「只今大きな地震がありました。大阪で火災が4件発生している模様・・」
「え?あの揺れでその程度なわけ無い!絶対そんなはず無い・・」
まだ心臓がバクバクしていました。
寒いんで布団に戻り、ラジオに集中しました。
少しして、電気が復旧しました。
TVの全チャンネルが地震のニュースになりました。
TVの映像からは神戸の悲惨な様子がヘリから映し出されていました。
高速道路が横倒し・・、大火災、家屋・ビルの倒壊・・、
「・・・これは大変や」
電話が繋がります。
とりあえず実家の母に無事を知らせることは出来ました。
すぐに電話は繋がらなくなりました。
空が明るくなりました。
TVは時間が経つほど被害の拡大を伝えます。
何回も来る「余震」に怯えながら、散乱した部屋を片付けたりしていました。
彼女のポケベルが鳴りました。
電車は動きませんが、5駅離れた職場まで歩いて向かいました。
お店の営業開始時刻になっても阪急電車は動きません。
電話が繋がり、お店に電話しました。
上田「あっ、マスターですか?大丈夫でした?」
中川マスター「大丈夫やで。上田君何しとん?具合でも悪いんか?」
上田「えっ?どこも悪くないですけど・・」
中川マスター「ほな早う来んかい!お客さんいっぱいで大変や」
上田「えーっ!営業してるんですか?」
「あ、まだ電車が動いてないんで行けません!」
中川マスター「自転車持っとらへんのか?」
上田「・・・持ってません。(ウソ)」
(部屋の中のあらゆる全ての物が床に落ち、辺りは硝子の破片だらけ。
こんな状況で散髪なんかしてる場合じゃないだろう・・)
上田「お店の方は何ともないんですか?」
どうやら淀川を境に揺れの大きさが違ったらしく、
お店のある「中津」はたいした事はなかったらしい。
「とりあえず電車が動き次第行きますんで・・」
一度切った電話はまた繋がらなくなりました。
2時間ほどして電車が動きはじめました。
出勤の準備をしました。
マンションの階段を下るとき、壁に大きな亀裂が走っているのを見つけました。
職場に着くと、お店は本当にお客さんでいっぱいでした。
「よう揺れたな~」
次々と入ってくるお客さんは同じ事を口走りました。
常連の小学生に聞いてみました、
「何かモノとか落ちてきたりせえへんかったか?」
小学生「かーちゃんがベッドの上から落ちてきたワ、びっくりした!」
「いやいやいや、よう揺れたな~」
常連の50代のヤクザがダミ声を張ってやってきました。
片足が少し不自由で、いつも偉そうにしているけど足を掛けたら転ぶんじゃないか?
ということから、こっそりと『アシカケ』というアダ名が付いていました。
(勿論本人は知らず・・)
『アシカケ』は「カツラ」を被っていました。
中川マスターが散髪し、僕らスタッフはその間にカツラを洗います。
アシカケ「おい!上田!神戸大変らしいなあ!え~!?」
アシカケは若者が好きで、
中川マスターにカットしてもらいながら僕達に話しかけてきます。
眼光鋭く、喋るときに瞬きもせず、威圧感たっぷりに喋るんで、
僕はアシカケに背を向けてカツラを洗っていました。
ところが休み明けで固形シャンプーが溶けきっていなかったのか、
いつもよりシャンプーがネチョネチョとしていて、
カツラの毛が絡まりはじめました。
(ヤバい・・・何とかせんと・・・)
焦れば焦るほど「絡まり」はひどい事に・・、
全身に汗を感じました。
アシカケは眼を見開いて喋りかけてきます、
「おい!上田!ワシの首の後ろに大っきい傷跡あるん知っとるやろ!」
「アレな、若い頃、道歩いとったらナ、後ろから刺されてン、」
「後ろからやで!卑怯なやっちゃー、」
「ほんでナ、どないした思う?わからへんか!」
「刺されたまんま相手の手ェ掴んでナ、相手の顔ず~っと睨んどってん!」
「もちろん首刺されたんやから倒れて救急車や!」
「意識戻ってから退院するまでナ、ず~と相手の顔思い出しとってん!」
「退院したらGO!や!」
「探し回ってやっと見つけたワ!」
「同じように後ろから行ってドタマかち割ったってん!」
「ほんでナ、ロープでグルグル巻きにしてナ、淀川へドボンや!」
上田「・・・・」
アシカケのカツラは、すでに修復不可能の「団子状」・・。
祈る気持ちで梳かしながら恐怖におののきました。
中川マスターに目で助けを求めました。
中川マスターの目がメガネの奥で「ギョッ」としました。
他のスタッフが何気を装い、
大量のリンスを持って手伝いにきてくれました。
中川マスターがいつもよりたくさんの時間を使ってカットしていました。
そのおかげで、少しずつ櫛が通るようになってきました。
アシカケは喋り続けます、
「おい!上田!ワシが何でヤクザになったか分かるか?」
「分からへんやろ!」
「お前、ヤクザになりたい思うたことあるか?無いやろ!」
「子供の頃からナ、フツーに育った人間はヤクザになんかならへん」
「ワシらみたいなワケありはちっちゃい頃からフツーにはいかへんねん」
「今のヤクザ見てみ!なんやらかんやらワケありばっかりやんけ!」
「ずーっと差別受けてきた連中ばっかりや」
「でもこんなワシ等でもナ、」
「今の神戸見とったら何かしたらなあかんナ思うで」
「同じ人間や、大勢が困ってたらナ、やっぱり悲しいワ・・」
カツラは何とか綺麗に元通りになりました。
お店のTVからは幾度となく神戸の惨劇が伝えられ、
六甲アイランドが孤立している様子が伝えられたりしていました。
ライフラインが寸断され、さまざまな二次災害が心配されました。
道路にも瓦礫が散乱しているため、車を使った救援物資が届かない。
夕方になり、隣の宝石屋がいち早く動きました。
ポリタンクに水汲んで、自転車で神戸方面に向かうのだそうです。
うちの店も手の空いている者は水汲み作業を手伝ったりしました。
夜になり、部屋に帰ると電話の留守録ランプが光っていました。
「おっ、電話繋がったんや」
留守録再生ボタンを押しました。
「お~い上田ぁ~!生きとるか~!死んでへんやろな~」
何と17件も、親戚、友人、田舎の友人からのメッセージが入っていました。
「そうか、TVで大阪北部も大変ってやってたもんな~」
すぐにみんなに無事を伝えました。
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