■3■
「梶丸文化2階中」
外付けの赤いサビだらけの鉄の階段を上ると、
建て付けが悪いのか反動で手摺りが大きく揺れました。
その揺れに反応したのか、
2階手前の部屋の玄関扉が少し開いてオバサンが覗いていました。
「こんにちは」
とりあえず軽く挨拶だけして通り過ぎ、自分の部屋の鍵を開けました。
右に台所、左に風呂トイレ、正面の襖を開けると4畳半が一間。
家賃は2万7千円でした。
とりあえず荷物を置き、両隣の住民に挨拶に向かいました。
「こんにちはー」、
階段上がってすぐの部屋から「待っていました」と言わんばかりに、
大柄な婆さんが出てきました。
『大村さん』
大柄でギョロ目の眼光が鋭い。
やけに下腹の出が目立つ・オバサンというよりもお婆さん・一人暮し。
大村婆「隣に住む兄ちゃんか?」
「ええ兄ちゃんが来てくれたワ~」
「ちょっと待ってな、そっちの奥さんも呼んでくるサカイ・・」
「お~い奥さ~ん!」
『西田さん』
丸顔・小太りで、笑うと目が無くなるヒトの良さそうなオバサン。
大村婆「ウチらどんな人が入るんか心配しとったんやでぇ~」
西田オバ「いや~ええ兄ちゃんが来てくれたワァ~、よかったワ~」
大村婆「兄ちゃんタバコ吸うんかいナ」
「気ィつけてナ~」
「ワタシら年寄りは燃えやすいサカイ、ハハハハ」
西田オバ「アタシも脂たっぷりやからナ~、ガハハハハ」
上田「よろしくお願いします!」
生まれて初めての一人暮しは戸惑いの連続でした。
飯の炊き方、アイロン、電車の乗り方、銀行振込・・
何もかもが勉強でした。
両隣の「大村婆さん」や「西田オバサン」が
僕の「親代わり」を買って出てくれました。
「大村婆さん」は何か宗教の信者らしく、朝夕大声でお経を唱えます。
1日数回ウチの玄関横の【小窓】を勝手に開け閉めして
「どないや兄ちゃん、何か困ったことあるか?」と聞いてきます。
いかにも「大阪のオバチャン」らしく、馴れ馴れしく世話好きのお婆ちゃんです。
新聞の勧誘が来ました。
たくさんの粗品を勝手に差し出し、契約にこぎつけようと必死です。
上田「あの・・今のところ新聞とる予定はないので・・」
新聞屋「その映画券と洗剤とティッシュ、それで1ヶ月だけでも頼むワ」
上田「・・いや~、その、今のところ新聞とる予定はないので・・」
しばらくやりとりした後、やっと帰ってくれました。
すぐに玄関横の【小窓】が開きました。
大村婆「兄ちゃん!あんな言い方しとったらナメられるワ!」
「イランもんはイラン!!って言わなアカンで~」
洗濯物を3階屋上に干しました。
部屋に戻ると【小窓】が開きました。
大村婆「兄ちゃん、あの狭いところにようあんだけ干せたナァ~」
「天才やナァ~」
「でもあの靴下の干し方アカンで~、乾かへんワ~」
生活用品を買いに商店街に出ました。
帰ってくると【小窓】が開きました。
大村婆「兄ちゃん田舎からの荷物預かってんでぇ~」
「ええもんやでぇ~きっと、楽しみやナァ~、ナァ~」
期待に応え、荷物の中から「お礼の品」を差し上げました。
大村婆「いやっ、兄ちゃんかなわんナァ~、そんなんええのにナァ」
「いやっ、おいしそうやナァ~」
「ちょっと待ってナ、飴チャンあげるサカイ・・これ持って行き!」
たくさんの黒飴をティッシュに乗せて渡されました。
その後、田舎からの荷物には、
「大村さん用」「西田さん用」のお菓子が入りました。
チャーハンを作ってみました。
油が多すぎてギトギトしました。
そのフライパンをすぐに水に浸けてしまいました。
「パンッ!!」と大きな音と共に油が飛び散りました。
【小窓】が開きました。
大村婆「どないしたん?うわあ、・・やったナァ~」
「ハハハハハハ」
「そやけど火ィだけは気を付けてナァ~、年寄り燃えやすいサカイ」
「西田オバサン」は、
一人暮しではなくて「西田一家」でした。
ご主人(無職っぽい)・小5の娘との三人暮しです。
玄関の前にはたくさんの植木鉢があり、いろんな花を咲かせていました。
(しかし、4畳半に3人って狭いやろうな・・)
西田オバ「兄ちゃん彼女とか居~へんの?」
「オバチャンら耳遠いから気にせんで構へんで~、ガハハハ」
2層式洗濯機の排水ホースが抜けてしまい、
床を水浸しにしてしまいました。
真下の部屋の大柄な『頑固じじい』が凄い剣幕で怒鳴り込んで来ました。
頑固じじい「コラお前!何さらしとるんじゃ!!」
「下に漏れてきとるやんけ!どないしてくれるんじゃ!!」
すぐに両隣からオバタリアン達が登場。
大村婆「兄ちゃんもワザトと違うねん!誰でも失敗はあるわナ!」
「そんな怒鳴らんでもええんちゃう!?」
西田オバ「そうや、そんな言い方したらアカンわ!」
「大人げないんちゃう!?」
頑固じじいはブツブツ言いながら退散しました。
すぐに雑巾を持って下の部屋に拭きに行きました。
思ったほど漏れている訳ではなく、すぐに謝罪して終わりました。
物凄い形相で睨み続けられました。
部屋からは酒の臭いがプンプンしました。
こうして初めての一人暮しも、
二人のオバサンに見守られながら
徐々に生活のリズムを作っていくことが出来ました。
「いよいよ入学式か~、緊張するな・・」
壁に掛けた紺の制服ブレザーを見ながら思いました。
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