■22■
東京二日目、
「カットサロン伊東」初日を迎えました。
幾分冷静にはなれましたが、早くも危機感が感じられました。
落ち着いて見た店内は「東京の洗練された」というものではなく、
全国の何処にでもあるような床屋という感じで、期待するのは「洗練された技術」だけでした。
ところがやって来るお客さんはビジネスマンばかりで、
7:3分け、オールバック・・・
不安な気持ちで与えられた仕事(掃除・洗濯)をしていました。
伊東マスター「じゃぁ上田君、毛剃り入ってください!」
「その時」は2日目の午後に突然やってきました。
マスターがCUTした後に「毛剃り」をするのです。
お客さんは40代のサラリーマンでした。
シェービングカップに泡立てている手が震え、極度の緊張に包まれました。
その緊張感はお客さんにもしっかり伝わっているらしく、
やたらとツバを飲み込んでいました。
専門学校とは違うサロンの雰囲気、照明、立ち位置、感覚、
全く違う環境の中で「心」は行き場を失い、「体」も思うように動きません・・
震える手でカミソリを持ち、お客さんの額から剃り始めました。
剃り始めると少しだけ緊張も溶け、次第に集中出来る様になりました。
でもやはり下手クソでかなり時間がかかりました。
しびれを切らしたお客さんが「もういいよ・・」と言いました。
上田「すみません・・」
少し落胆しながら謝りました。
「あ、鼻毛を切ってくれるかなぁ~」
お客さんが再度チャンスをくれました。
「(鼻毛くらいなら・・)」と頑張りましたが、何と、鼻の一部を挟んでしまいました。
「ウッッ、」
少し多めの血が流れ始めました。
上田「ス、スミマセン!」
慌てた僕は瞬時に措置を考えました。
「切り傷」=「メントールクリーム」
専門学校でよく使った手段で、
勢いよく「メントールクリーム」をすり込みました。
「フンッ、ハァァァ、フンッ、ブシュー、ハァァァー」
お客さんは苦しみ、涙を流し始めました・・
あろうことか、鼻の穴には大量のメントールクリームが入っていました。
夜になり、
マスターの家で僕の歓迎会が開かれました。
マスターの家は練馬区の「桜台」という町にありました。
長テーブルにはたくさんの揚げ物が並んでいました。
伊東マスター「さあ、どんどん食べて~」
「上田君はお酒飲めるの?・・飲みなよ」
「鼻メントール事件」は既に武勇伝となっており、家族のみんなに笑われました。
東京に来て、まともな食事にありつけたのは初めてで、
たくさん食べてたくさん飲ませて頂きました。
次の日は午前中の暇を見つけて「毛剃りレッスン」になりました。
どうやら専門学校卒は、
「毛剃りが出来て当たり前」という定説があるらしく、
マスターはシェービングも満足に出来ない僕に落胆した様子でした。
それとは別に、
「試しに・・」と巻かされたパーマは絶賛され、
先輩の「安部君」より上手く「即戦力」と言われました。
一週間が経ち、初めての休日になりました。
お店の洗濯機を借りて下着などの洗濯をしました。
「豊島区役所」「郵便局」など用事に追われました。
区役所の前で、おじさんに声を掛けられました。
おじさん「映画のアンケートですが、時間ありますか?」
上田「・・・いいですよ」
簡単なアンケートに答えました。
おじさん「後日抽選で何か当たるかもしれないから」
「住所・電話番号と名前を書いてくれる?」
何か嫌な予感がしました。
いたずら心で友達の住所を書いてみました。
「目黒区・・」
「サンシャイン60」にも行きました。
下から見上げると、のけぞるくらい高い建物でした。
地下にはオシャレなテナントがたくさん入っていました。
かなり歩いて疲れたので、ある「喫茶店」に入りました。
何と、
コーヒーを運んできたのは高校の同級生女子「マリナ」でした。
お互いにかなりビックリしましたが、店内は忙しくてたいして喋る時間がありませんでした。
バイトとはいえ、同じ田舎出身の彼女が頑張っている姿に少し勇気づけられました。
次の日、
兵庫県から年上の新人さんがお店に入ってきました。
関西出身のわりには上手な標準語でした。
どうやらいろんなお店を転々としているらしく、初日から堂々としていました。
伊東マスター「同じ関西だから話が合うんじゃない?」
しかし、「お腹が痛い」と翌日から全く来なくなりました。
僕は「仮病」も使えない皆勤性格が幸いして、
ひと月もすると東京生活にも慣れてきました。
アパートは住所でいうと「上池袋」にあり、
繁華街の池袋とは違って密集した住宅街の中でした。
銭湯は270円でした。
そうそう簡単に入れる値段でもありません。
銭湯には刺青の人がたくさんいました。
部屋の壁に紐を渡し、タオルを干しました。
タバコの煙はやはり部屋の隅に集まりました。
大阪の関美の連中から手紙が来たりしました。
音の無い寂しい部屋で手紙を読むと、書かれている情景がよく分かりました。
年下先輩の「安部君」とも仲良くなり、
彼のアパートにも遊びに行くようになりました。
ウチから10分位歩き、たくさんの線路をまたぐ歩道橋を渡ります。
歩道橋は金網のトンネルで、
遠方に見えるサンシャイン60の夜景は何だかもの悲しい感じがしました。
「安部君」のアパートは家賃がウチより高いのに同情するくらいボロボロでした。
部屋の壁も薄く、隣の人の話し声もしっかりと聞こえます。
しかしそんなことを少しも気にせず、
深夜にオーディオでロックをガンガンかける彼の爽快な性格は好感が持てました。
テレビを持っていなかった僕は、
土曜日の深夜「MTV」を観させてもらいに「安部君」の部屋に上がり込みました。
深夜でもやはりボリュームはかなり大きく、
テレビからは「トレーシーチャップマン」の「ファスト カー」が
とても悲しげに流れていました。
1歳年下で千葉出身の彼が何気なく言いました。
「僕はね、立派になってね、散髪屋で両親を食べさせてあげるんだ」
「・・親には感謝しなきゃね」
・・・ドキッとしました。
「洗練された」とか、「センス」とか、
うわべの事ばかりの自分が少し情けなくなりました。
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Tracy Chapman - Fast car
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