初枇杷や みずみずしさの 香りたり
中村 梅士 Baishi
昨日は複雑に絡み合った講義資料の整理に心身共にも
つれてほどけなかった。
ファイリング・スキルに問題があるのだ。
勤め人より先に帰ろうと、定時の15分前に飛び出し
て、快速歩行で下校した。
苺がないかなあと立ち寄った八百屋で、元気のいい兄
さんに勧められるままに、初物の枇杷とスイカを買った。
「スイカは梅雨入り前が甘くておいしいんですよ」。
スイカの旬は山笠の頃、7月である。
初物は縁起が良い。
その初物の枇杷を起き抜けに四個いただいた。
みずみずしい枇杷の香りが新鮮だった。
次はスイカだが、ジョギングの後の楽しみにしたい。
さて、今日は日曜日、山歩きの機会が減ったが、心を
広げて授業準備に取り組みたい。
ふみふみ出演の幸福の科学映画『さらば青春、されど
青春』が上映中である。
しかし、映画館の敷居は高い。
青春は人生の原点であるが、反省しきりの人生だった。
あの世に還ってからも、ひも解くのであろう。
青春の悩みは客観の欠如からくるのだろう。
若さの奢りもある。
少年老い易く、学成り難しという実感がなかった。
教養と経験値を積んでゆくと、さまざまな間違いに気
が付くものである。
青春は人生の問題提起ということではあろう。
幸福の科学に学ぶこと以外は何ら成功するところがな
かったから、この世的には失敗人生ではあった。
しかし、憧れの人生というべきインパクトもなかった。
だから、嫉妬もない。
そこが未熟なままなのだろう。
一歩一歩、一流を目指す努力を重ねるほかはないのだ。
登る高さに応じて、視界が開ける。
凡事徹底、それが、青春の極意なのだろう。
幸福の科学に出会っている若者は幸福である。
その分、登らなければならない山も高いということだ。
残る人生にも凡事徹底の法則は生きているだろう。
所属する世界の殻を破るほかはないのだ。
宇宙的異文化が激動する地球文明は難しい。
どこから来て、どこへ行こうとしているのか、宇宙的
謎というべきであろう。
宇宙的謎もまた、凡事徹底でゆくほかはない。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
New Asia Happiness Party