節分の 梅の花芽を 枝に撒き
中村 梅士 Baishi
今日は節分だったが、外出はしなかった。
つい、映画を見てしまったのだ。
カナダの女流画家モード・ルイスの半生を映画化したという
『幸せの絵の具』である。
彼女は若年性関節リューマチでいじめられたり、障害と貧困
の人生だったようだが、描かれた絵は独特の色彩のハーモニー
と明るさに満たされ、透明感のあるシンプルな表現である。
つい夢中になって最後まで見てしまった。
絵描きは大概貧乏である。
しかし、誰もまねのできない感性と才能が作品として後世
に遺るのである。
自己顕示欲の塊のような絵も、現代アートも好きではない。
芸術に求められる価値は、魂の透明感ではないか。
銃撃戦の多い映画の中で、久しぶりに魂の風景を見るよう
な映画だった。
映画『道』の心象風景に少し重なるものがある。
この世的には貧困だが穢れがなく、天使だと思える。
さて、明日こそは・・・。
コロナ規制を愚かなことだと思いつつも、旅行にも行かず、
外食もせず、どこを向いてもマスクマンばかりで、気分的に
も息苦しいい世の中になった。
たしかに、インド人でさえコロナに感染するというのだか
ら、インド人を狙ったウィルスまで開発してばら撒いている
のだろう。
CCP の異常さはまさに狂気である。
その狂気に礼節を尽くしている政治家や経済人、公務員も
また狂気である。
そうした狂気を選挙で選ぶ国民も狂気に感染している。
民主主義のなんとも脆いことよと思い知る。
なぜ脆いのか。
信仰がないからである。
神も仏もない民主主義が強いはずがないではないか。
所詮、自己中なのだから。
何億、何十億人もが短期間に死ぬことが予想される。
一時に大量の死霊を受け入れる地獄の容量はないという。
かと言って、この世に地縛霊や浮遊霊をあふれさせるわけ
にもゆかない。
じゃあどうするのか、という霊界ワイドショー的な問題意
識がうずくのである。
まあ、ここからは熊さん八っあんの与太話しになる。
とにかくね、地獄にもゴールドラッシュがあるよ、という
ことで地獄に金山をつくればみんな大挙して地獄開拓に行く
んじゃないかねえ。
地表に100億人でも住めるんだったら、地獄にだって開拓
すれば住めるんじゃないかねえ。
まあねえ、やる気の問題だからねえ。
所詮、欲の皮の突っ張った連中が死んじゃうんだからさ、
地獄のゴールドラッシュはいけるかもねえ。
おい、熊公、おめえも行きたいなんて考えてんじゃあねえ
だろうなあ。
ゴールドラッシュたってさ、欲目の錯覚なんだから。
糞が金に見えてんだよ。
やっぱり、与太話でござんしたねえ。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
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