木島先生に紹介されて、
河村厚氏「『エチカ』におけるコナトゥスの自己発展性とその必然性について」という論文を読んだ。
http://hdl.handle.net/11094/10353
スピノザにおける垂直的な因果と水平的な因果のお話なのだが、これがすこぶる面白かった。
まあ、神様なんていない、と普通に考えている人にとっては、垂直的因果、なんて話をされても挨拶に困るのが当然だろう。スピノザの神は超越的な人格神ではなく、神=自然=摂理だ、なんていってみたところで、じゃあなんで「神」なんてうさんくさい語を使うのさ、となって終了かもしれない。
だが、一見逆説的な話になってしまうかもしれないのだけれど、東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所の事故によって引き起こされた「核災」についてずっとこの10年考えてきて思うのは、「倫理」について考え続けようとするとき、スピノザのような存在の肯定の仕方が根底に必要なのじゃないかということだ。
平たくいえば、人間は自分で自分を維持し、より良く生きようとするエンジンを持っているのだけれど、神ならぬ限られた資源しか持たない我々は、外的な要因によってあちらに飛ばされこちらに小突かれしながら、まあそれでも自己に固執する力、行為へと向かう力を内在的に持っている。普通は外的要因と内在的な自己保存の力の均衡の中で、なんとかやっているわけだ。
だが、それだけでは足りない。福島で起こった「核災」を目の前にするとき、誰かの「悪しき意志」によってその災害が起こった、という理路だけではどうにもこうにも収まらない思いを抱くのだ。こういうと、東電や政府の「意志」と「責任」を追及すべきときに、何を言っているんだ、と言われてしまいそうだ。
確かに、東電や政府、そしてこんな惨状をもたらすことになる原発プラントを誘致した人たちの責任を問わねばならないことは言うまでも無い。
そんな場面でスピノザの必然とかコナトゥスとか、寝言は寝て言え、と言われるのもまあ分かる。
実際いたるところでそういうことは謂われ続けている(苦笑)。
だが、考えているのは天から降ってくるような「形而上学的」な哲学の体系のことではない。むしろ、実際の場面にあって、自分の内と外でせめぎ合ったり絡み合ったりしながら力が交錯しつつ、その上で「より良く生きる努力」を諦められないというその現場にふさわしい「実践の哲学」はありえないのか?そういう疑問からついついスピノザという言葉を口にしてしまうのだ。
そういう意味で、この河村厚氏のコナトゥスについての「自己発展性」と「必然性」の議論はとても興味深かった。
こう書きつつも、「それって結局単にエゴイズムを垂れ流しに肯定してるだけで、倫理とかとほぼ関係ないじゃん。しかも自由意志はないとか必然とか、運命論かよ!」
という突っ込みも来るんだろうなあ、とも思う。
だが、とくに論文の注16,17の指摘に私は個人として希望を抱く。抱かずには居られない。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
16ただし理性人にとっての「自己利益」とは受動人のそれとは質的に異なるものであり、そこからは「利他
的行為」や「社会形成」の可能性が生まれるようなものである(E/IV/35C1,37・S1,71D,Ap4)。
17 (前略)スピノザ自身は、「受動感情に隷属する無知なる者」は自己自身を知らないままに自己保存を 行っているが、「理性的人間」は自己自身を十分に知った上で自己保存を行っていると考えている(E/IV/56D)。後者の自己認識には、「共通概念」による、自己と自己以外のものに「共通なもの」、つまり自己にとって有益なものの認識も含まれる。ただし自己の「個別的本質」を真に認識するには「直観知」 を待たなければならないであろう(E/IV/D1,30,31,V/24,25D,36S)。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「直感知」の話も聴きたい!と思ってしまった。
なお、同論文は単著『存在・感情・政治―スピノザへの政治心理学的接近―』(関西大学出版会、2013年)にも収録されています。
https://www.amazon.co.jp/dp/4873545560
収録にあたりブラッシュアップなどされている可能性があるのですが(私は比較できていません)、ウェブ上ですぐに読める方を紹介したということでした。同書にはたしか「スピノザとコールバーグ」のような面白い話も載っていたと思います(コールバーグはピアジェの発達心理学を独自の仕方で受け継いだ人で、「ケアの倫理」のギリガンに批判されたことで変なふうに有名になったかもしれません)。
「フロイトとスピノザ」についてもすでに単発の論文は出ているようで(チェックできていませんでしたが)、今度出る本はそれをまとめたものではないかと思います。スピノザ研究者平尾昌宏さんのツイッターで読んだ情報なのですが、出版情報などはまだ出てきていないようですね。