monologue
夜明けに向けて
 

依頼  


わたしはその頃、ロサンジェルスのクラブで中島茂男というギタリストとコンビを組んでエンターテイナーとして生活していた。
そしてある時、中島がそろそろアルバム「プロセス」を作ろうというのでプロデユースをヨーロッパツアーからロサンジェルスにまわってきたファーイーストファミリーバンドの宮下フミオにプロデュースを依頼したのだった。プロデュース料は1000ドルでその頃まだ一般的ではなく先端的楽器とみられていたシンセサイザーで一曲製作を依頼したのだった。
fumio



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« mahoroba ゴーマンさん »
 
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