sekiの徒然日記

旧布野村に週末帰農を始めて18年で遂に解散。今後は尾道からsekiの徒然日記として再スタート。

高橋名人 杵築市へ移住

2014-01-21 18:58:10 | 蕎麦打ち
 作秋のNHKのドキュメントやら

 
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 昨秋のNHKのドキュメントや新年明けの中国新聞を見ていると、そば打ちで
わが師と勝手に思っている雪花山房の高橋名人が大分県杵築市に咽頭?されるよ
うだ。

 今日の中国新聞「広場」にも「師」として仰ぐ方の投稿が紹介されていた。

 村長自身が高橋名人を知ったのは、北広島町に移住されて随分経ち広島市内
のデパートでそば打ちをされたのを見学し食した時だ。

 更に確か4年後だったと思うが、既に会社は退職していたが北広島のどんぐり
村で、豊平流そば打ちを広めていると聞き訪ねたものだ、但しこの時の先生は
どんぐり村の方でした。

 以来、豊平流そば打ち段位検定にチャレンジすることになり、どんぐり村を
往復することになったが、高橋名人に直接教えて戴いたのは3回のみ。

 はじめは北広島の地元保存会が主催する高橋名人を囲む会だ、まだ初段でそば
を打てるだけのレベル、とても指導を仰ぐ段ではないのですが、それでも恥ずか
しくもなく参加したものだ。

 2回目は3段をとった一昨年の5月頃、福山そば打ち同好会の100回記念行事で
高橋名人に来て頂き、代表6人の一人として始動を受けた、もちろん後は全員での
懇親会でしたが。

 

 3回目はそのすぐ後の7月、雪花山房で行われたマンツーマンのそば打ち教室
だ、随分長いこと北広島に通い遠くから高橋名人を拝んでいたが、直接始動を
受けたのはこれだけ。

 

 それにしても凄いものだ、その昔豊平町といってたころ、当時の前田町長の
村お越しの要請を受けそば打ち指導に定期的にこられ、遂には山梨のお店を
畳んで雪花山房をこの地に作られたのですから。

 初めから数えると豊平との係わりは25年とか、その間 北広島の村おこしに
留まることなく、広島県や中国地方に江戸前流のそばの美味しさを広められ。

 豊平流のそば打ち段位認定で多くの指導者を育成、そういったそば打ちの基盤
醸成が出来たと思われての杵築市への移住なのでしょうが・・・・

 村長の取っては、いや多くのそば仲間の皆さんが北広島から去られることを残念
に感じているはずです。

 ホント残念ですが、高橋名人ですから隠遁なんてないでしょう、数年もすると
そばの杵築市として構築されるのでしょう。

 我々は3段・4段検定時にお目にかかるのが楽しみとなるか

 ゲニ 残念至極。

 

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