sekiの徒然日記

旧布野村に週末帰農を始めて18年で遂に解散。今後は尾道からsekiの徒然日記として再スタート。

年越し蕎麦打ち 完了!        尾道分村発

2008-12-31 18:25:29 | 布野ダッシュ村尾道分村
  年越し蕎麦42食完成!

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 いやー今日は疲れました、朝8時前に我が家をでて福山市熊野町の福山そば打ち同好会の梶原さんの道場で、皆さんにお渡しする年越し蕎麦42食分を昼飯を忘れて打ちました。

 配達を終えて先ほど4時40分に帰りましたので、実に8時間半ほど没頭していたことになります、まぁー実際の蕎麦を打つ時間は4時間ばかりですが、車の移動時間に加えて寄ったお家でのコーヒータイムがありますから・・・

  水まわし

 手のばし

  延ばし
 
  包丁

 それにしても少しばかり疲れました、疲れた大きな原因は蕎麦打ちでなく時間に追われることです、配達をスムースにするため2箇所で時間を決めて待って頂き、配達を依頼方法を取りましたので時間に追われることに。

 しかし何とか皆さんにお届けすることができ一安心です、元々は布野ダッシュ村の蕎麦刈り応援にこられたお礼に新蕎麦粉で年越し蕎麦をお持ちしますの約束でしたから・・・

 その約束を約束の日に果たすことが出来たという安心感で疲れが吹っ飛びます、おまけに布野ダッシュ村の粉が近年になくいい粉に仕上がりまずまずの蕎麦を皆さんの年越しとして食べていただける・・・いうことないです-

 それにしても、これを商売としてやっていくとすれば大変なことです、毎日4時間、5時間蕎麦を打ちザルや掛け蕎麦にして出すわけですから・・・

 今、布野での町起こしで蕎麦道場とか蕎麦屋さんの話がでていますが、商売ベースましてや軌道に載せるとなると大変な力と努力が必要になります。

 うーん・・・この正月、酒を頂きながらじっくり検討をする必要があるようです、あせらず おごらず じっくりとそして何より実現性の見極め・・・

 今年最後になって重い話になりましたのでこれは来年課題とします。

 最後に蕎麦刈り支援に参加された皆さんありがとうございました、来年もまた支援よろしくお願いします。

2008布野ダッシュ村10大ニュース(2)       尾道分村発

2008-12-30 15:42:56 | 布野ダッシュ村尾道分村
 十三夜 凛とした美しさです。

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 昨日に続いての「2008布野ダッシュ村10大ニュース」の後半です。

 最初は「留学生との交流会(2)15景」、これは広島国際大学留学生の皆さんの日本文化体験会を、升井さん達 地元まち起こしグループの楽農まちづくり事業組合が誘致したものです、私も参加させて頂き留学生の皆さんとの交流を図りました。

 留学生との交流 中国人留学生の方が圧倒的でした。

 続いての「楽農まちづくり事業組合さんとの交流会」は、前述の「留学生との交流会」を通じて親交が出来ました升井さん・事業組合のメンバーの皆さんと更に親交を深めるべく、我布野ダッシュ村においで頂き蕎麦・酒でひざを付き合わせた一コマの紹介です。

 楽農まちづくりの方との交流

 3つ目の「そば刈り&収穫祭」は、単に蕎麦刈りと飲みと言う以上に、友と共に種を撒き、畝上げをし、花見をし、ようやく迎えた蕎麦栽培の集大成としての蕎麦刈りです、30年来の友人家族を中心に14名が参加した布野ダッシュ村の最大のイベントでもあり、収穫祭は同窓会の様相で話が尽きません。

 蕎麦刈り 布野ダッシュ村の一大イベントです。

 4つ目は「冷や汗が出ました山のがっこうでの蕎麦打ち」ですが、これはホント蕎麦が巧く練れず汗がでました、廃校になった三次市の上田小学校を活用しての村起こしの一環として、親子で蕎麦を植え・蕎麦打ちまで体験をするという、滞在型コースの蕎麦打ち指導を受けましたが、これが粉が乾燥しており苦労しました、しかしいい勉強になり更に練習あるのみと反省しています。

 冷や汗がでました・・・・

 最後は「吉備焼き窯の再興(5)(6)」です、私が習っている吉備焼き窯元の古い土窯を再興し薪で作品を焼こうという壮大な夢への挑戦なのですが、その第1歩は休憩・食事・寝る場所の確保に向けた部屋作りです、これが素人集団・・・色々苦労がありましたが ようやく天井も終わり完成に後一歩のところまで来ました、来年はいよいよ窯へ・・・

 ようやく天井に・・・
 
 他にも、名月を肴にお酒の十三夜・満月、ブログ100回達成、新そばまつり とよひら2008へ福山そば打ち同好会の皆さんと参加等々、多様な情報を発信してきましたが、やはり蕎麦関連の記事が圧倒的に多く146件中45件でした。

 3月26日以来、つたないブログにご協力・ご支援ありがとうございました、来年もよろしく。 継続が命で頑張ります!!

2008布野ダッシュ村10大ニュース(1)      尾道分村発

2008-12-29 15:19:04 | 布野ダッシュ村尾道分村
ピーピー島

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 完全に世の中 年末モードになりましたねー、大新聞の例に習い(クシドさんの教えに従い)我布野ダッシュ村の10大ニュースを今日・明日の2日間で紹介することに。

 選ぶのは当然村長の私一人独断と偏見で決めました、しかしいざ選定するとなると難しいものです10に絞りきれません、そこで本文の中で「・・・こんなこともあったなー」と軽く触れることに。

 紹介の方法ですが、最初に独断と偏見で選んだ10大ニュースのタイトルを紹介し、その記事の写真のみを載せ若干のコメントを載せるという流れです。

 布野ダッシュ村10大ニュース

 1、私の蕎麦暦                H20.3.26
2、初段検定に合格              H20.7.6
 3、尾道建築塾に参加「写真」         H20.7.23
 4、アジアンの旅               H20.9.5
 5、ランプシェード完成            H20.9.24
 6、留学生との交流会(2) 15景         H20.10.3
 7、楽農まちづくりさんとの交流        H20.10.4
 8、蕎麦刈り&収穫祭              H20.11.6
9、冷や汗がでました山のがっこうでの蕎麦打ち H20.12.14
10、吉備焼き窯の再興(5)(6)     H20.12.24

「私の蕎麦暦」はこの布野ダッシュ村日記のブログを立ち上げた記念すべき第1回の記事であり、内容はともかく文句なしにノミネート、続く「初段検定に合格」は豊平流蕎麦打ち段位認定大会にトライし合格した記事ですが、練習状態も含め前後5回の関連記事があります、私にとって それまで自己流で打っていた蕎麦を豊平流に癖を矯正するというきつい修行?でした、しかしいい励みになり2段、3段を目指すことになりました。

  私の蕎麦暦で最初に使った写真

  豊平流蕎麦打ち段位検定大会

 3つめは「尾道建築塾に参加「写真」」ですが、これは尾道のNPO法人尾道建築塾が主宰し、尾道の主として大正・昭和初期の建築を補修・保存するという運動の一環で、まず現地を散策し建物を知ろうという企画でした、しかし季節がら暑いこと暑いこと、体力への挑戦でしたが全4回とも完歩しいい勉強ができ、機会があれば応援したいと思っています。

  尾道幼稚園 昭和初期の建てかただそうです。

 4つ目は「アジアンの旅」です、ここ数年夏にアジア各地を訪ねていますが、今年はプーケット・ピーピー島を中心訪ねてきた道中記です、旅行もさることながら反タクシン派のデモ、首相府の占拠が始まり そそくさとしかし無事に帰国できたことが思い出です、あれから空港占拠がありつい先般解決したことを考えれば・・・

  プーケット島のビーチ 山頂の展望台から

 本日の最後は「ランプシェードの完成」ですが、元々牛乳パックでの手漉き紙を作り様々な灯の器を作っていましたが、今回のシェードは長さ1.8メートル、一辺が約30センチ四角の大物であり、製作にも1年を要しました・・・(ただ投げていたという意見もありますが)しかし完成するとさすがでした、特に既に出来ていた提灯型のランプシェード、更に天井から吊り下げる型ランプシェードとのコラボは抜群です。

  完成したランプシェード 牛乳パック製には見えないでしょう。

 他にも豆腐づくりやパンを酵母から育てて焼いたり、ハムを作ったりニンニク油を作ったりと、定番の蕎麦つゆ以外の食べ物に挑戦した年でもあり料理の腕は上がったのではないか?と密かに自負してます??

  酵母から作ったパン 焦げ硬いできでした・・・


布野ダッシュ村尾道分村発 マロン

2008-12-28 16:17:52 | 布野ダッシュ村尾道分村
マロン 丸8年過ぎました。

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 昨日から随分と考えましたが、「布野ダッシュ村日記」のブログ 尾道からも発信することに決断しました。

 年末年始の間、布野ダッシュ村を約半月も空けることもありますが、厳冬期の1月~3月は積雪が例年1メートルを超え、布野ダッシュ村にいる滞在日数が少なくなりますのでそのことも考慮し決めました。

 布野ダッシュ村発信と布野ダッシュ村尾道分村発信の区分は、カテゴリーを尾道分村発信は「布野ダッシュ村尾道分村」と明示し、布野村発信は今までどおりその内容にリンクしたカテゴリーとすることに。

 今日は始めてということもあり、タイトルにも布野ダッシュ村尾道分室を書き込みました。

 話は変わって今日はお葬式に参列してきました、40年来の友人夫婦の奥さんのお父さんのお葬式です、12月になってやたら私の周りにお葬式があります。

 12月初めには大先輩の佐伯区の前県会議員の方、中旬には尾道の隣保の方、つい先般は元三次市会議員のお母さん、26日には女房の従兄弟そして今日のお葬式です。

 急に寒さが厳しくなりお迎えが多いといわれていますが、私の周りの人の年齢がソーユー年齢層にいるということでしょうねー、私のお袋も89才十分その層です。

 かくゆう私もその層の一人です、いつ何があってもいいような心構えと身辺整理はしておかなくてはと年末を向かえ余計に考えますが、あまり真剣に考えるタイプで無いのでいつまでもつか?

 辛気臭い話は置いて、明日からはクシドさんのコメントにありました、布野ダッシュ村日記の10大ニュース?を紹介したいと思ってます。


 追、今日の写真は内容と全く関係ありませんが布野ダッシュ村の住人マロンです、2回目の登場となります。
 マロン2態 オスですがリボンをつけてもらって・・・

当分 布野ダッシュ村を離れます。

2008-12-27 10:18:35 | その他
霧氷 朝日に当たりキラキラしてます。

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 やはり年末恒例の雪きっちり帳尻を合わせますねー、昨年は年末ギリギリから一機に積もり、今年も既に15センチ予報によれば30・31日も雪だそうですから相応の積雪となるでしょう。

 新春はここ布野ダッシュ村でなく尾道で迎えることになりました、理由は色々あるのですが、2人目の孫が9月に生まれまだ首が座ってなく長距離移動は無理なこと、更にスタッドレスタイヤを履いていない車があること等です。

 まぁ ばぁさんを正月から一人にすることにはならない・・・のが一番ですけど更に私自信の予定が多く結局、今日布野ダッシュ村を離れ1月の13日まで帰ってこれません。

 その私の予定ですが28日は三原で葬式、31日は蕎麦刈り応援の皆さんにお礼の年越し蕎麦42食分を朝から打ちます、そして正月明けの6日は陶芸、12日の蕎麦会、13日は布野で打ち合わせということで帰ってきます。

布野ダッシュ村に週末帰農を始めて6年、半月空けるのは旅行以外ありませんでしたが今年は正月を挟んで空けることに・・・

 となるとこのブログ半月の開店休業に・・・・倒産と皆さんに勘違いされるのでは?等心配がつきません、そこで今検討しているのが尾道からも発信しようか、どうしょうか?

布野ではないのに布野ダッシュ村とはなにごとか・・・の声も聞こえてくるようです、そこで今考えているのは尾道から発信する時は「布野ダッシュ村尾道分村」と区分して発信しょうか・・・等です。

 まだ結論は出ていませんが何らかの区分をして発信したいと思っていますので、休みと思わず時々布野ダッシュ村のブログ覗いてくださいねー

 とりとめのない布野ダッシュ村発の今年最後のブログとなりました、皆さんよいお年を。


蕎麦うんちく

2008-12-26 11:22:04 | 蕎麦打ち
  年の瀬の雪 冷えます。

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 今朝はさすが冷えましたねー、朝7時現在では外は吹雪0度かマイナスといったところだったのでしょう、しかし9時ごろには晴れその後また雪・・・よく分かりません、積雪は10センチくらい。

 年末の年越し蕎麦42食分を、福山そば打ち同好会の梶原さんの道場で打つため持参品の準備をしていた時、ふと何で「年越し蕎麦」なのか?の疑問が・・・これは調べなければ。

 ということで古い記憶を頼りに本をひっくり返し、在りました雑誌の類では在りますが「男の隠れ家」2004年9月1号です、その蕎麦特集の中にミニ蕎麦辞典が。

 年越し蕎麦、引越し蕎麦、討ち入り蕎麦、夜鷹蕎麦・・・聞き覚えのある単語ですが由来は?と改まって聞かれると答えられないものばかりです、今日は蕎麦うんちく として年越し蕎麦の受け売りを紹介しますので年越しに活用を。

 以下は「男の隠れ家」の本文のまま
 大晦日にそばを食べる習慣が、庶民の間で定着したのは江戸時代。その発祥説はさまざま。そのひとつが「運気上昇説」。鎌倉時代、博多の承天寺で年を越せないほどの貧しい町民に、「世直しそば」と称したそば餅をふるまった。すると翌年から町民たちの運が良くなり、以来、大晦日にそばを食べるようになったというもの。そのほか、そば切りは細く長く延びることから、寿命を延ばし、代々栄えるようにと縁起をかついだという説や、そばが切れやすいため、「1年の苦労や災厄を切る」ため食べるようになったという説もある。

 諸説あるようですが、昔から蕎麦は庶民に親しまれた食べものだったようです、話は飛びますが国会の先生方に「世直しそば」ならぬ「景気浮上そば」でも検討して頂きたいものです。

 それが「定額給付金」だといわれるとつらいですねー、2兆円もばら撒けるならアスベストの学校体育館の早期建て替えとか、老巧橋梁の取替えとかの公共事業やって働き場の確保と景気刺激に使ってと思うが・・・

 何とかしてー言いたくなる年末です。

年賀状・酒&フルスィング

2008-12-25 15:48:57 | その他
  年賀状 広げているのが完了分、左の積んであるのが未了分。

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 いゃー昨日は世の中では「クリスマスイブ」というでしょうが、我布野ダッシュ村には全く縁がありませんでした、夜になってテレビで気づいたくらいです。

 ケーキもなく寂しくないか?は置いておいて、朝から夜中までバタバタの1日でした、布野ダッシュ村もやはり世間並みの年末のせわしさを味わってます。

 朝一番から台所の石油ファンヒーターがエラーで作動しないトラブルに、この布野ダッシュ村で朝暖房が全く無い部屋は冷蔵庫です、よく見るとエラー表示の下にフィルターと出ています。

  ヒーターの故障 フィルターは真っ白全て蕎麦粉です・・・

 ハタと思い当たります3日前に蕎麦粉を挽き台所は真っ白状態でした、見えるところは拭きましたがファンヒーターはそのままでした、早速裏面のフィルターを外し洗って補修・・・その間の寒いこと。

 続いて年賀状の裏面・宛名の印刷、一筆の書き加えに切手貼り、その間をぬっての蕎麦打ちとやることが山ほど・・・蕎麦は田んぼをお借りしている地主さんにビールと共に夕方お届けしました。

 帰って来て腰をすえて年賀状に取り組むためキムチ鍋の準備に、キムチといえば酒、先般お隣から頂いたにごり酒「名馬の里」の味見ということでついイソイソと準備です。

 名馬の里は島根県羽須美村にある池月酒造さんが造られている活性酒です、昨日も栓を開けるとパンという音と共に栓が天井まで飛んでいきました、コップに入れるとシャワーとラムネのような音がでます、まさに活きているお酒です。

  活清酒名馬の里 アルコール度数は20°ときついのでが美味しいです。

 そのコップを片手にプリンターと格闘ですが、ふとテレビを見ると前夜も放送していたNHKの「フルスィング」の再放送をしているではないですか・・・これも続きをみなくては。

 感動が少なくなった私と世の中ですが、同世代の高畑コーチの生き方に感動しサラリーマン時代の自分を重ねてしまいます、もちろん高畑さんのようにかっこよく感動を与える人生では無かったのですが・・・

 おかげで午前さまになっても年賀ハガキは予定の6割の仕上げでした、残りは今日に回ってますので このブログをアップしたら年賀に再び取り掛かります、しかし今晩もフルスィングがあるようです・・・・

吉備焼き窯の再興 (5)・(6)

2008-12-24 14:41:06 | 器づくり
貼り終わった天井 苦労しました。

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 真夏から続いている吉備焼き窯の再興・・・現段階ではその前段の休憩・食事室の改築ですが年内になんとか一応の山を越えるべく、16日と19日の2日全員で工事を実施。

 メンバーは吉備焼き4代目の水川先生、棟梁の池田さん・梶原さん・表田さんそして私の5人、梁、桁等の配置がほぼ終ったので16日からは天井と壁板張りに。

 しかし、この天井張りがとんでもない労力が掛かります、想定はしていたのですが想定以上の稼動です、まず2人が脚立の上でベニヤ板を支えもう一人が天井の柱の形に合わせて鉛筆で型どりし、下に下ろして型に沿って切る。

 これが天井の形になかなか合わず、何回も上げて型を補正 下げて切るの繰り返しです、型がピタッと天井にはまったらエヤーでの釘打ち機でパスパスですぐ取り付けですが・・・・

 採寸 天井に合わせて型をとります。

 裁断 まず大まかにきります。

 調整 細部の面取りをします。

 取り付け これがなかなか合いません。

 壁板 結局5枚できただけ。

 始めは特に時間が掛かりましたが、慣れても天井板1枚取り付けるのに約40分かかるという超合わせ大工です、結局4人掛かりで半日で出来たのは8枚です。

 19日も朝から天井張りですが皆さん首が随分くたびれているようです、それでも頑張って3時過ぎにはやっとのことで天井板の貼り付け完了です・・・何か全て終わった感じになります。

 皆さん曰く「本職の大工さんはこんな馬鹿な採算に合わない合わせ大工はしないだろうなー、梁や柱を隠して打ってしまうだろうなー」全くそうだと思います素人だからこだわるのでしょう。

 努力の結果は、梁を黒く塗って天井板の間から出す古民家風の仕上げがピタッときまりイメージどおりです・・・やはり辛抱です。

 続いての壁板はりすぐ行けると思ったのが間違い、ベニヤの継ぎ目と桁の位置が微妙に合いません、桁の追加やら位置の移動やら・・・やはり素人工事です、ベニヤを90センチで設定したのですが計ると91センチあります・・・

 結局壁板貼りは5枚で夕暮れに、予定は壁板を終了しフローリングを残すのみと思っていましたが大幅にずれてしまいました、思いはここで忘年会でもと先生も皆さんも考えてましたが・・・

 残念ですが年内工事は終了です、年が明けて落ち着いて取り掛かることに まぁ元々完了日を決めてやっているわけではないのですから・・・

蕎麦粉の試し打ち

2008-12-23 18:02:21 | 蕎麦打ち
  薄化粧

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 今朝は天気予報どおり冷え込み目が覚めると外はうっすらと雪化粧です、雪というほど大げさなものではないですがされど雪です、おそらくトンネル2つ前より三次側は積もっていないのでしょう。

 今日は新蕎麦粉の試し打ちにあわせ、楽農まちづくり事業組合の升井さん・中国新聞の衣川さんが試食と打ち合わせに、そして尾道の助永さんが三次の葬式のあとよられる予定。

 その二組が来られる昼過ぎにあわせて新蕎麦粉の試し打ちを開始、昨日も言いましたがしっとりしたいい感じの粉、加水率45%で打ってみましたがピッタリですいい感じに鉢も延ばしも決まりました。

 茹でたてをつまみ食いしながら少しまっていただき、全員揃ったところでザル蕎麦の試食です お世辞も含め美味しいといって頂きましたので人安心です。

 その後、蕎麦談義に まちお起こし談義に花が咲き5時過ぎまでお話を・・・・尽きること蕎麦でまち起こしをやろうでした。

 出来るお手伝いはするつもりですが、だんだん4番バッターにされていくようで肩に荷がかかります、まぁ出来ることしか出来ませんが・・・布野のまち起こしの手助けになれば幸いです。

 蕎麦刈り応援の皆さん蕎麦期待できる粉になっています、31日に届けますのでまっておいてください。

年越し蕎麦用の粉を挽く

2008-12-22 17:02:34 | 蕎麦打ち
   仕上がった蕎麦粉 3.7キロあります。

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 今年も後10日あまり気ぜわしくなりましたが、今日は年越し蕎麦用の蕎麦粉引きです、これが以前にも紹介しましたように非常に時間が掛かる辛抱の作業です。

 今年は蕎麦刈りの応援に来られた方の年越し蕎麦をお届けする約束をしていますので約40人分の粉を挽くことに、昼前の11時から始め15時まで掛かり玄蕎麦6.5キロを挽き蕎麦粉3.7キロを確保。

 玄蕎麦の乾燥し過ぎで挽いた粉がサラサラになるのでは無いかと心配してましたが、何としっとり感のあるいい粉が仕上がりました大成功です、しかも色も今までより白く。

  玄蕎麦6.5キロ

  1回目を挽いたところ

  1回目のとおし

  はねた蕎麦殻

  2回目の挽き

  2回目のとおし 60メッシュ

  いい感じの仕上がり 軽く握ると指紋が残る状態ベストです。

  左から蕎麦殻、2回目のとおしかす、蕎麦粉

 今年の蕎麦はいいできでしたが最後に島立てして乾しているとき猪にかき回され、収量21キロほどしか取れずガックリと来てましたがゴミ取り、石取り、研磨と地道にやった甲斐がありました。

 蕎麦の自家栽培を始めて6年初めて市販の蕎麦粉と比較しても遜色の無い蕎麦粉が仕上がりました、やはり乾燥具合と手間暇をかける違いますねー、量は少ないですが何か嬉しくなってきます。

 早速この粉を使って明日試し打ちです、今すぐでも打ちたい気分ですが一面真っ白と成っている製粉の後片付けが先です、特に臼の掃除には時間が掛かりますので。

 この粉を31日には福山そば打ち同好会の道場にもって行き皆さんの年越し蕎麦を打ちます、今年は道場主の梶原さんのご好意で年末29日から31日まで道場を開けてあり、会員の皆さんは夫々伺って打つことになっています。

 布野ダッシュ村に蕎麦刈りの応援に来られた皆さん読まれたとおりです、31日には午後3時までに尾道に蕎麦を持ち帰る予定です期待しておいて下さい、誰かに配送をお願いすることになりますが決まったら連絡します。