一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『田宮模型の仕事』

2015-12-02 | 乱読日記

田宮模型を世界を代表するプラモデルメーカーに育て上げた田宮俊作氏(現会長)の一代記。
木製模型を扱っていた先代の後を継ぎ、プラモデルに進出、精密な模型作りで名をはせ、海外でも高い評価を受ける。そしてその後のミニ四駆の大ヒットなどが語られている。

文中でもしばしば言及される、少ない小遣いを握りしめながら模型屋の店頭にいる子どもであった身としては、涙なしには読めない。

当時1/35ミリタリーミニチュアシリーズがブームであったが、何を作れるか、買えるかは、プラモ作りの技術とともに小遣いの資金量によって歴然とした格差があり、小学生の中学年の頃は指をくわえて見ているしかなかった。
ちょうど当時88ミリ砲という非常に精緻な傑作が出たところで、値段も1000円近くして、部品の組み立て方の難しさも合わせて、高値の花であった。さらに残酷なことに、88ミリ砲をけん引する8トンハーフトラック(後輪がキャタピラになっていて不整地の輸送に適している)もセットで売り出されていた。

ということで僕自身は、小さなジープや兵士のミニチュアなどの小物ばかりを作っていた。
もっともドイツ軍のはキューベルワーゲンという普通のジープとシュビムワーゲンという水陸両用のがあるなど、バリエーションには事欠かなかった。
(ちなみに、シュビムワーゲンについては、今年ハーグ郊外のLouwman Museumで感激の再会(?)を果たすことができた)




本書にも兵士のミニチュアについてはこんなくだりがある。

たとえば、MMシリーズの人形には、頭の部分とヘルメットを分けているものがあります。パーツで見ると頭の上半分がないので異様な感じがしますが、ヘルメットをかぶるラインで分離することにより、ヘルメットのつばのシャープさが表現できるのです。逆に、ヘルメットをかぶった状態で一体成型すると、つばがぶ厚くなってしまいます。

こういうように模型に対してすみからすみまでまで情熱を注いだ田宮模型の一代記、プラモデルに熱狂した人に面白くないはずがない。


そうでない人が読んでも、たぶん面白いと思います。


コメント
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