つぎの論点は被告人が犯行当時心神耗弱の状態だったか否か(=責任を問えるかどうか)。
刑法では
第39条 心神喪失者の行為は、罰しない。
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
とあります。
更に裁判長の方から解説資料が配られます。
人を罪に問うにはその人に責任能力が必要で、責任能力とは「物事の善い悪いを判断し、その判断にしたがって行動をコントロールする能力」をいう。その責任に問題がなければ完全な責任能力を負わせることができるが、責任能力が著しく減退している状態(=心神耗弱)の場合は罪を減軽することになります。
本件では飲酒の影響が論点になっていますが、通常の酔い(性格が表面に出た結果言動や行動が多少乱暴になるようなもの)なのか心神耗弱と言えるかのような異常な酔い(人が変わってしまい、普段からは理解できないような行動を取るレベル)なのかを判断してもらうことになる、という説明がありました。
(※)模擬裁判終了後の意見交換で、弁護側から裁判所の出した心神耗弱の説明資料は心神喪失も含めて段階的に表現しないと「心神耗弱はきわめて例外的」という印象を与えたのではないか、という指摘がありましたが、本件については後述の通りそこまでの影響はなかったように思います。
今回はこの論点については裁判員はそろって弁護側の主張に否定的でした。
・被告人の証言でも志村を脅そうとした、といっており、そのために包丁が有効という判断をしている。
・タオルで巻いてズボンに突っ込んで隠し持っていた
・加東証言や通りがかった会社員の目撃証言でも酩酊しているようには見えなかった
・警察官によるアルコール呼気検査でも数値は高くなかった
・被告人の記憶も犯行直前までが鮮明で犯行自体の記憶だけないというのも不自然
などが理由です。
個人的には今回被告人と志村がともにやった「包丁をタオル巻いてズボンに突っ込んで隠し持つ」という行為が包丁の持ち運び方としてポピュラーだったということをはじめて知りました。
そして、飲酒で判断能力を失いながらもそういう行為をしている、という主張には無理があるんじゃないかなと思いました(正気でなければ歩きながら自分の脚か尻を切ってしまいそうです)。
いずれにしろ、裁判員全員の同意として、被告人の「心神耗弱」の主張は認められませんでした。
ということで、「殺人未遂が成立し心神耗弱は認められない」というところまで意見がまとまりました。
つぎは量刑に移ります。
休憩時間中に、裁判員の中のOLの女性から余談ですけど、といって「宴会でのセクハラも泥酔しているのであれば心神耗弱になっちゃうんですか?」という質問が出されました。
裁判官からは、個別判断なのでしょうが、普段から思っていたことがタガがはずれただけでは心神耗弱とは言えないんでしょう、などという話が出ました。
つまり酒のせいにする、というのはいかん、ということですね。
ちなみに刑法では原因において自由な行為の法理というものがあり、自ら心神喪失・心神耗弱の状態になり犯罪を引き起こした場合は」その結果について完全な責任を負う、とされています。
後輩で酒席になると「私は飲んだら飲まれますよ」といっていつも自分から飲んだ上に速攻で酔っ払っていた奴がいたのですが(まあ、タチは悪くなかったのでいいのですが)、そういうのは自己責任、ということです。
身に覚えのある方はご注意ください(笑)
(つづく)