映画の主人公なんてものは大体1人か多くても3人ぐらいだが、今回紹介する映画マグノリアの主人公は9人。その9人にそれぞれのストーリーがあるために3時間の長時間を費やしてしまっている。それだけでも見ていて疲れそうな映画かと思われるかもしれないが、これが結構退屈せずに見れる。特に9人が非常に個性的な面々で多くが有名どころなのが良い。特に当時既に大スターだったトム・クルーズが猛ハッスルしているのが楽しい。
9人の別々のストーリーが最後には一つに収束されるというのはありがちであるのだが、本作のテーマは偶然の重なり。本作の冒頭で偶然について、説明がナレーションとして入ってくるのだが、この実話のフィルムを交えての説明が非常に笑わせる。そしてこの偶然の重なりがそれぞれの人物の奥に秘める後悔、悩み、挫折といったものを炙りだすのだが・・・
9人も主人公がいるとストーリーの説明をしていると怠い長文になってしまう恐れがあるので、できるだけアッサリと流そう。
持てない男性に女性の口説き方のセミナーを開催しているフランク(トム・クルーズ)、生放送のクイズ番組の司会者であるジミー・ゲイター(フィリップ・ベイカー・ホール)、ジミー・ゲイターの娘でコカイン中毒に罹っているクローディア(メローラ・ウォルターズ)、クイズ王の天才少年スタンリー(ジェレミー・ブラックマン)、元天才子役であり電化製品のセールスマンである中年男のドニー(ウィリアム・H・メイシー)、元大物プロデューサーであり末期がんに侵されて臨終を迎えつつあるアール(ジェイソン・ロバーズ)、アールの後妻であるリンダ(ジュリアン・ムーア)、アールの看護師であるフィル(フィリップ・シーモア・ホフマン)、ロス市警の警官であるジム(ジョン・C・ライリー)たちが、ロサンゼルスを舞台に苦悩を抱え込みながらも、何とか解決しようとする一日を描き出すのだが、運命は意外な結末を迎える・・・
この中には本当に下らんことで悩んでいる者が出てきたり、今さらどうしようもないことを未練たらたらで後悔していることを告白しているような者もいる。その様子はまるでキリスト教の罪の告白の儀式である告解を思わせる。俺が見たところ過去の過ちを乗り越えて未来へ突き進もうという意志の強い人間はこの中には見当たらなかった。だが、登場人物の配役の妙を感じさせる。天才と元天才、警察と泥棒、恋愛に積極的なのと引っ込み思案、親と子供等この対照的なバランスがなかなかニクイ。
しかし、この映画が本領発揮しているのが奇跡的な結末。これがグロい描写になっているのだが、なぜか後になって爽やかさを感じたのは何故だろう。癒し、赦しが与える力の大きさを最後の最後に感じることができる。
ウジウジしている奴ばかりだが、いつの間にか同情していたり、少し変わった演出があったり、意外な人間関係が突如でてきたりで飽きさせないのが良い。それと妙にテンポもが良い。出演者の中ではトム・クルーズが良い。あのSF映画の名作の音楽に乗っての登場シーンも印象的だが、「死んでしまえ、クソ野郎」なんて吐き出すシーンは名演技。そこには素敵な笑顔を振りまくアイドルの姿は全くない。俳優としての高みを目指すトム・クルーズが見れるシーンだ。
悩みを抱えた人間が好きな人、現在悩み中の人、衝撃的すぎる結末の映画を観たい人、癒しが欲しい人、主人公が多い映画が好きな人等に今回は映画マグノリアをお勧めに挙げておこう
監督は今や名匠の高みに到達したポール・トーマス・アンダーソン。ハードエイト、ゼア・ウィル・ビー・ブラッド、パンチドランク・ラブ、そしてポルノ業界を描いたブギーナイツがお勧め
9人の別々のストーリーが最後には一つに収束されるというのはありがちであるのだが、本作のテーマは偶然の重なり。本作の冒頭で偶然について、説明がナレーションとして入ってくるのだが、この実話のフィルムを交えての説明が非常に笑わせる。そしてこの偶然の重なりがそれぞれの人物の奥に秘める後悔、悩み、挫折といったものを炙りだすのだが・・・
9人も主人公がいるとストーリーの説明をしていると怠い長文になってしまう恐れがあるので、できるだけアッサリと流そう。
持てない男性に女性の口説き方のセミナーを開催しているフランク(トム・クルーズ)、生放送のクイズ番組の司会者であるジミー・ゲイター(フィリップ・ベイカー・ホール)、ジミー・ゲイターの娘でコカイン中毒に罹っているクローディア(メローラ・ウォルターズ)、クイズ王の天才少年スタンリー(ジェレミー・ブラックマン)、元天才子役であり電化製品のセールスマンである中年男のドニー(ウィリアム・H・メイシー)、元大物プロデューサーであり末期がんに侵されて臨終を迎えつつあるアール(ジェイソン・ロバーズ)、アールの後妻であるリンダ(ジュリアン・ムーア)、アールの看護師であるフィル(フィリップ・シーモア・ホフマン)、ロス市警の警官であるジム(ジョン・C・ライリー)たちが、ロサンゼルスを舞台に苦悩を抱え込みながらも、何とか解決しようとする一日を描き出すのだが、運命は意外な結末を迎える・・・
この中には本当に下らんことで悩んでいる者が出てきたり、今さらどうしようもないことを未練たらたらで後悔していることを告白しているような者もいる。その様子はまるでキリスト教の罪の告白の儀式である告解を思わせる。俺が見たところ過去の過ちを乗り越えて未来へ突き進もうという意志の強い人間はこの中には見当たらなかった。だが、登場人物の配役の妙を感じさせる。天才と元天才、警察と泥棒、恋愛に積極的なのと引っ込み思案、親と子供等この対照的なバランスがなかなかニクイ。
しかし、この映画が本領発揮しているのが奇跡的な結末。これがグロい描写になっているのだが、なぜか後になって爽やかさを感じたのは何故だろう。癒し、赦しが与える力の大きさを最後の最後に感じることができる。
ウジウジしている奴ばかりだが、いつの間にか同情していたり、少し変わった演出があったり、意外な人間関係が突如でてきたりで飽きさせないのが良い。それと妙にテンポもが良い。出演者の中ではトム・クルーズが良い。あのSF映画の名作の音楽に乗っての登場シーンも印象的だが、「死んでしまえ、クソ野郎」なんて吐き出すシーンは名演技。そこには素敵な笑顔を振りまくアイドルの姿は全くない。俳優としての高みを目指すトム・クルーズが見れるシーンだ。
悩みを抱えた人間が好きな人、現在悩み中の人、衝撃的すぎる結末の映画を観たい人、癒しが欲しい人、主人公が多い映画が好きな人等に今回は映画マグノリアをお勧めに挙げておこう
監督は今や名匠の高みに到達したポール・トーマス・アンダーソン。ハードエイト、ゼア・ウィル・ビー・ブラッド、パンチドランク・ラブ、そしてポルノ業界を描いたブギーナイツがお勧め
よく分からずじまいで話が進みながらも食い入って観てしまいラストの衝撃的シーン…。懐かしいです。
自分は観て良かったなって思った映画でした。2001年宇宙の旅を良い映画と思える方には理解出来るかもしれませんねっ。
友人がプレステージを貸してくれると言っていたのにまだ取りにいけてませんf(^^;
早く観たいです。
それと、どうやらあめほっぺさんも映画が好きみたいですね。何かお勧めの映画があれば教えてください。
今週はマイルCSがありますが、お互い頑張りましょう。
しかし、これは裏返せば、贖罪と救済という宗教的な重いテーマを扱いながら、一時も目を離せないようなテンションを維持させた、ポール・トーマス・アンダーソン監督の計算し尽くされた演出の証だと言えるだろう。
12人の人間の数奇な運命がストーリーを織り成し、収束していく群像劇。
一つ一つのドラマに一切の手抜きがなく、且つ何がどうなっていくのか、全く予測できない面白さ。
この映画は、ポール・トーマス・アンダーソンという新たなる才能がメジャーに躍り出たことを告げた作品でもありましたね。
物語の前提として用意された三つのプロローグが、実に興味深い。
それぞれの事件性もさることながら、偶然の連鎖、人間の抱える罪悪感、子が親を憎み、親が子の人生を狂わせるという家庭の構図など、この映画を構成するキーワードが巧みに散りばめられていて、これから始まる不可思議な物語へと吸い込まれていくようだ。
ロサンゼルス郊外のサン・フェルナンド・ヴァレーのとある一日。
主なキャラクターは、死の床で息絶えんとするテレビの大物プロデューサー、彼が昔、捨てた息子、プロデューサーの若い妻、看護人、癌を宣告されたクイズ番組の司会者、彼を憎む娘、長年連れ添った司会者の妻、彼女に人目惚れする警官、警官の捜査に関わる子供、番組で活躍する天才少年、少年の父親、過去の栄光にしがみつく、かつての天才少年。
目も眩むような入り組んだカメラワーク、巧みな物語の構成も素晴らしいが、特筆すべきは深い人間考察に基づく世界観だ。
登場人物達は、必ずしも緊密な繋がりを持っている訳ではない。
しかし、彼らは共通して、皆一様に、孤独で愛情に飢えた人間である。
誰かを愛したいのに、愛を注ぐ対象を見失ってもがいている
それは、彼らが背負う取り返しのつかない過去に起因している。
そして、この過去が、彼らを次第に不幸のどん底へと追い詰めていくのだ。
それにしても、出演俳優陣の演技が圧巻だ。
アカデミー賞の最優秀助演男優賞こそ逃したが、トム・クルーズの怪演が素晴らしく、その他の俳優も甲乙つけ難く、その悲痛な心の叫びは、いずれも真に迫っている。
アメリカン・ライフの暗闇を垣間見せるかのような、限りなく日常感覚に近い形でドラマは進む。
ところが、全員がエイミー・マンの歌を口ずさむ合唱のシーンから、映画の装いは大きく変わり始める。
ここに来て、彼らの置かれた状況は、完全に煮詰まっており、言わば人生最悪の瞬間を迎えている。
彼らはどうすれば、この苦しみから解放されるのか?
彼らは常に"死"の影を漂わせている。
"死"という究極の手段でしか、彼らの心は癒されることがないのか?
このシーンは人生の岐路を暗示し、一度、全員を立ち止まらせるものだ。
そして、我々観る者も驚愕のクライマックスに備えて、息を整えることになる。
つまり、この静かで荒唐無稽なシーンは、映画の方向転換という重要な意味を持つのである。
長時間に渡って、丁寧に緻密にリアルな人間社会を創出してきた、ポール・トーマス・アンダーソン監督は、最後の最後に恐るべきことをやってのける。
それが"カエルの雨"である。
積み重ねてきたドラマのリアリティを崩壊させるほどの暴挙。何という冒険、何という勇気。
私はこの天才監督に対し、畏敬ともつかない尊敬の念を覚えましたね。
ここで登場するカエルは、旧約聖書に出てくるカエルを象徴している。
出エジプト記で、ユダヤ人を奴隷から解放しないエジプトの王に神が与える災難。
それがカエルの大量発生であるらしい。
要するに、この映画の登場人物達が内包するドロドロとした人間不信を浄化させる手段としての象徴なのである。
彼らが過去を清算し、新しい自分に生まれ変わるためには、想像を絶するようなインパクトが必要であったということなのだろうか。
なるほど、そう考えると、このクライマックスが説得力を帯びてくる。
この非日常的な意外性と、カエルのグロテスクさが、この映画に対する否定的意見だろうと思われる。
だが、私はむしろ、この大胆不敵で型破りなオリジナリティを評価したいですね。
どちらかと言うと、インディペンデントなこの世界観をメジャーな作品として押し上げるには、それだけのパワーが必要だったのかも知れません。