枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

霜月、下弦・小潮

2021年12月27日 | Weblog
 昨夕には金星の眼も眩むような輝きを観ていたが、数分で断念する。気温が低くて身体が凍結するようだったので、室内に入ってワインを飲む。調子に乗って2杯・・・あれっ?時空を超えたかな。気分は最高になって、小椋佳さんを聴きながら居眠りしていた。昼間の洗車の疲れが襲ってきていたのか、気づけば既に日付が。

 今朝は厳しい冷え込みに根性なく、予定もないのでぐうたらしてます。仕事をしてないとはいえこんな暮らしでいいのかと、自問しながらも反省だけ。独り身の気儘さであるなぁ、とすばるにかまえば箱に移動される。猫も気紛れであるのよ、そういう日々なものですが命令もなければ自由なことって何という幸せなのか…。

 今週は、お弁当の配達だけで一年を締める。特に31日の大晦日には、約束の巻きずし差入れを予定なので朝からかかりっきりになる。昼までの配達と夜間とだが、勤務状況が違うので仕方がないのです。心配なことは雪ですが、東北地方を思えば降っていない現状なのでやらなきゃね。凄い雪に吃驚してますが埋まってます?

 枇杷葉も、北風に晒されて花芽が咲きません。蜜蜂も流石に飛んでいないので、やはり裏年なんですね。今年の出来具合を思えば、来夏には半分もない気がしてます。大量に生った枇杷の行く先を案じることもなく、袋掛けに猫の手を借りることもないでしょう。従って剪定をするには適しているで、樹の上を低くしておこう。

 ikuchanさんに何かと頼んでの東京の現在。懐かしかったなぁ・・・コロナ禍までは毎年のように上京していたからですが、こちらでも数ヶ月市内に行かないと様変わりです。それが大都会でしょう、昨日のことが云えません。旧古川庭園には格別の想いがあったのですが、その謎も解けて嗅覚の良さに満足。枇杷葉があったの。

 リエさんが自宅に泊めて下さり、都内の裏側を案内してのことですが一度行った場所は忘れない。それには予知夢で視てしまうからですが、枇杷葉に導かれ誘われる。不思議なことですが、信じていればと想えてしまいます。証拠も何も写真では撮れませんから、そこの処は理解不能なんでしょうね。力の制御には時間も必要。
コメント (5)
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