くれなゐ尓不利てつヽ那くなみ多尓者 多もとのみこそいろ万さ利け礼
くれなゐにふりてつつなくなみだには たもとのみこそいろまさりけれ
紅に振り出つヽ泣く涙には 袂のみこそ色まさりけれ
本阿弥切古今集から 貫之
原本(縦16.7cm 2行書き)を半切(同135cm)に拡大・臨書
このお手本の見せ場は、書き出し“くれない”と右下“那く”部分でしょうか。
でもここを引き立たせるには、特に、左の行の、いくつかの文字群の流れが肝要でしょう。
その抑えられた、しかし主役に呼応する何かがあってのこと。
でも、左右の行の響き合わせ方など、とても今の自分に出来ることではありません。
こんなことがテーマになるんだということが、ホンのちょっと分かりかかった気がしているところです。
“ふりて”は“振り出で(づ)”で、学研全訳古語辞典(web版)によると、
声を振り絞るようになくこと 染料の紅を水に振りだして染める、などの意があり、
本歌では、双方をかけて用いられているとのことでした。
先日(11日)、国立新美術館(乃木坂)で毎日書道展を見てきました。
入場券を家内のお友達からいただき、本展、家内とは初めての鑑賞とあいなりました。
ある作品の前で、私どもよりちょっとお年をめされたご婦人と意気投合。
約40年ぐらい前から書道を本格的にやられ、この書道展とも関わられているご様子。
私から見たら、書道の大大先輩。
その方が仰った言葉。
“私はこの書道展に来るたびに、しばらくやる気をなくすんですよ。あまりに自分との開きがあり過ぎて・・・。”
自分もささやかながら、全く同じことを感じていましたので、“分かるなあ―”の気分。
そのご婦人更に続けて、
“それでも私、毎年見に来るんです。この刺激がたまらなくて。
私には出来ないことばかりだけど、私なりに何かを感じるものを中心に、見させていただいているんですよ。”と。
ご婦人にならい、ポジティブな気持ちにならなければ、自分に気合を入れ直したことでした。