夢幻泡影
と書きました。(縦半切1/2大)
“むげんほうよう”とも読むようです。
いずれの四文字も消えてしまうことから、人生の儚さを表す熟語とのことです。
信長が出陣するとき舞ったとされる幸若舞の「敦盛」が有名です。
『・・・人間(じんかん)五十年、化天(けてん)のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度(ひとたび)生(しょう)を受け滅せぬもののあるべきか・・・』
歴史専門サイト[レキシル]様によると、
「人間五十年」というのは“人の寿命が五十年”というのではなく、
人間世界の五十年は、天界の一日に相当する、つまり人間の一生は一夜の夢のようだ、
との意味になると。
また拙ブログで書きました、
般若心経「色即是空」(2021.6.28)の“空”の概念といえるかもしれません。
例えば、“母”と “子”という概念について、
普通は母が最初に存在するから子があると考えられていますが、
“母”という存在は“子”が誕生した時点から“母”となったのであって、
それ以前の時点では、母-子の関係はありません。
そのように、一切の事物は相互依存・相互関連性において成立しているのであり、
それ自体には実体がなく、この実体がないとする、その『空』です。
この年になりますと、ふと“過ぎ去ったことなど全て無になるんだなー”
なんて思うときもあります。
・・・少々感傷的になったかもしれません。
書道としては、それぞれの字のヨコ線の右上がり・右下がりの傾斜角度
に留意しました。
それぞれの字を活かしながら全体のバランスをとるためです。
恥ずかしながらまだまだ“うまく書きたい”という我欲一杯の自分なのであります。
次回、古代における日本とユダヤの関係をアップしたいと思っています。
かなり長くなりそうです。
なんだか見ていて気持ちがすっきりするのが不思議です。
説明のコメント、何の疑問も持たなかったことに対し、この歳になって初めて知ることばかりです。
自分を考えてみても、かなり「空」の部分がありますが、不思議と人生のかなりの部分はそれによって成り立っているのかと思います。
その連続で人生が豊かになり幸せ、有難いことです。
我が家は浄土真宗なので般若心経は唱えませんが、内容には深いものがあるので解説本など読みかじり、色即是空、空即是色の「無」を理解しようと努めた時期もあります、余命を宣告されたときの座右本でしょうか。
ユダヤと日本、解説が待たれます。