Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 368 後半戦に賭ける男たち ①

2015年04月01日 | 1983 年 



冷夏の予想を覆し日本列島は猛暑が続いている。プロ野球はこれからが本当の勝負所となる訳だが後半戦にかける12球団の注目の男達に迫ってみる。

達川光男(広島)…達川は " 生涯一捕手 " の野村克也氏を目標としている。野村氏との出会いは人に紹介されたものではない。球場を訪れた野村氏に直接「ちょっと教えて下さい」と頼み込んで以来の師弟関係だ。「原(巨人)はどうやって攻めたらいいんですか?」と現役捕手としてのプライドを捨ててまでして教えを乞いている。その達川を見る野村氏の目も昨年までは「学ぼうとする姿勢は認めるが、まだ私の言っている意味を理解出来ていない」と厳しかったが今年になって変わってきた。今年のオールスター戦に達川は出場し、解説者として球場に現れた野村氏に「お前もようやく一人前になったなぁ」と声をかけられた。オールスター戦に選ばれたからではない。前半戦での津田投手や川口投手に対するリードを野村氏は讃えたのだ。

前半戦の広島の躍進は達川を抜きにして語る事は出来ない。昨年までは水沼、道原に次ぐ第3の存在だったが今季は正妻の座をガッチリと掴み若手投手陣を引っ張っている。達川は一人前でなかった過去5年間を「マスクを被ると打たれてはイカン、と消極的な考えしか頭になかった。打たれると自分のリードは棚に上げて投手のせいにばかりしていた。今年は出づっぱりなので打たれてもイチイチ考え込む暇もなくベンチの監督の顔色も気にしなくなった」と振り返る。古葉監督は衰えが顕著な水沼に代わって道原を起用するつもりだったが故障した為に仕方なく達川を使ったが力不足は否めずシーズン当初は我慢を強いられた。それが試合を重ねる毎に逞しくなっていった。達川が定位置を確保した事で課題だった弱かったバッテリー間が改善され広島の快進撃が始まった。

達川に後半戦の展望を聞くと「前半戦の通りにやるだけですよ」と即答した。昭和54、55年の優勝は経験しているが殆どがベンチで先輩達の活躍を眺めているだけでシーズン終盤の緊迫した場面での出場は少なく、修羅場の経験不足を懸念する声もあるが本人は「任せて下さい」と意に介さない。なるほど達川の経歴を見ればその余裕ぶりも頷ける。広島商時代は3年の春に怪物・江川卓を倒して準優勝、夏は全国制覇し東洋大学でも東都リーグ初優勝に貢献している。特に負ければ終わりの甲子園を制した事が自信になっている。余談になるが古豪と呼ばれる広島商だが春夏の甲子園大会で記念すべき初本塁打を放ったのが達川だった。プロでは非力で通っているだけに意外であるが本人は「僕は木製バットで打ったんです。池田高がよく打つと言ったって金属でしょ?格が違いますよ」と今でも鼻高々なのである。

日本シリーズを念頭にオールスター戦中にはしっかり西武勢の偵察もしている。移動日に西武ナインは広島の練習場で調整を行った。ブルペンで投げ込む投手陣を観察し、練習後は旧知の松沼兄弟・石毛・森と久しぶりの再会を楽しんだ。松沼兄は東洋大の3年先輩、弟は1年後輩。石毛と森は同じ東都リーグで対戦した仲間である。「彼らの癖は知ってます。今は彼らの方が格上だけど勝って俺の格を上げたい」と頭の中では既に日本シリーズで西武と戦っている。ここ迄は順調に来ているが周囲が心配いているのが達川のチョンボである。緊張すると周りが見えなくなり思いがけない行動をしたり発言をしたりするおっちょこちょいな性格なのはよく知られている。鈍足ぶりを揶揄した" 大杉石コロ発言 " などはいい例だ。グラウンドの外でも先輩の金田留投手に連れられて美空ひばり邸を訪れた際に「何で小林旭と別れたんですか?」と聞いて金田を大慌てさせた事もあった。尊敬する野村氏を真似て囁き作戦を敢行しているが先人の域にはまだまだ遠く及ばない。



大石大二郎(近鉄)…作家の山口洋子さん曰く大石は球界の「おしん」だそうだ。言わずと知れた朝のテレビドラマの主人公の事だがドラマの中で幼少期を演じた小林綾子ちゃんのポッチャリ笑顔とクリクリした瞳が大石を彷彿させるらしい。下位に沈んだまま浮上のきっかけすら掴めない猛牛軍団。そんなチームの中で唯ひとり打撃ベスト10に入り、走っては35盗塁するなど166㌢と球界で一・ニを争う小兵が孤軍奮闘する姿が「おしん」とダブるのだそうだ。しかし実際の大石は静岡市内で鮮魚業、酒店、仕出し屋と手広く事業をする家の次男坊として生まれて何不自由なく育ち、静岡商→亜細亜大学→近鉄のドラフト2位指名と歩んできた野球界のエリートである。

大石の礼儀正しさは球界内でも有名だ。挨拶魔とさえ言われている程で顔を合わせる度に頭を深々と下げる。それは先輩選手に限らず担当記者の中には1日に7回も挨拶された者もいる。初めてファン投票で選ばれた今年のオールスター戦でこんな事があった。サインを頼まれたのだが寄せ書きで、しかも自分が最初だった。まだ誰のサインも書かれていない色紙を渡されると「先輩達を差し置いて自分が書く事は出来ません」と頑なに断った。たかがサインでも長幼の序をわきまえている。これが原(巨人)だと「ブリっ子」と言われるが大石だと「おしん」と評される。別の人が同じ事をやると優等生過ぎて鼻につく行動も大石だと健気と言うかひたむきと捉えるの人が多いのも人徳のなせる業だろう。

プレーぶりにもそれは表れている。二塁手としてのプレーは決して派手ではなく見栄えのするダイビングキャッチはやらない。最後の最後まで立って捕球する事を諦めず打球を追いかける。一歩でも足で追いかけた方がダイビングキャッチより守備範囲は広がる。また内野ゴロの際の送球に対するバックアップは大石の象徴でもある。必ず全力疾走で一塁カバーに向かう。殆どが無駄に終わるが万が一に備えて自分に課せられた事として決して怠らない。近鉄の選手で一番運動量が多いのも大石だろう。守りで動き回り、8月2日には両リーグを通じて100安打一番乗りを昨年よりも21試合早く達成した。出塁すれば盗塁王・福本(阪急)に4個差をつけて35盗塁でトップをひた走り、チーム唯一の全試合出場を続けている。

今季の盗塁数の目標は50個。昨年はシーズン終盤まで福本と盗塁王を争ったが最後は福本「54」、大石「47」と振り切られ福本が13年連続で盗塁王となったが2人の差は「三盗」で福本の12個に対して大石は5個だった。しかし今季は既に8個の三盗を決めており、更には本盗2個を成功している。後半戦になっても勢いは衰えず4試合消化時点で3個増やしている。出塁すれば必ずと言っていい程盗塁を試みているがそれはチーム状態と関連している。後半戦になっても負けが込みチーム内の雰囲気は沈んだままだ。「お客さんも盛り上がらないでしょう。だから僕が走って少しでも雰囲気が良くなれば…」 本来なら勝つ為の戦術として盗塁があるのだが今の近鉄では勝っても負けても走らなければならないのが物悲しい。だが大石の盗塁は低迷する近鉄の中でもキラリと光る希望の閃光である。



井本 隆(ヤクルト)…心なしか瞳が潤んでいるようだった。次々と差し出される手を井本は固く握り返した。7月30日の大洋戦に後半戦初先発した井本は若松の本塁打による1点を守り抜いて近鉄時代の昨年8月29日の西武戦以来の完封勝利をあげると「ヤクルトに来て初めて勝った時より嬉しい…」と言葉に詰まった。今シーズンで11年目を迎え近鉄時代は鈴木啓志と共に「右のエース」と並び称されていた事を考えれば、たかが1勝に大げさなと思われるが本人は精神的にそこまで追い詰められていたのだ。ヤクルトが昨年の開幕投手を務めた鈴木康投手を放出してまで獲得し、武上監督も「これでウチにも太い柱が出来た。年齢的にもベテランの松岡と若手の尾花の間でバランスも取れている。井本には15勝を期待している」と胸を張った。事実、キャンプからオープン戦を通じて結果を残し評価は揺るぎないものとなっていた。

ところが本番のペナントレースが始まると4月と5月に1勝づつしただけで期待を裏切り続けた。セ・リーグのストライクゾーンに戸惑ったのか直球とカーブでカウントを稼ぎシュートやスライダーで討ち取る得意のパターンが消えてしまった。身上としていた内角球でエゲツなく攻めて打者をのけ反らせる事も少なくなった。「新しいリーグに遠慮してよそゆきの野球をしている」と投げればKO続きに武上監督の信頼も失いつつある。6月18日の阪神戦に先発した井本は初回に打者6人に対し3安打・2四球で5失点、犠牲バントの1死を取っただけで1回持たずにKOされた。遂に武上監督は井本に二軍降格を言い渡しミニキャンプ指令を出した。上水流トレーニングコーチが専従し「とにかく走って走って倒れても更に走らせた」という特別メニューを課し、井本は日に日に強まる陽射しの下で走り続けた。

ミ二キャンプは10日間で終わったが即一軍に呼ばれる事はなかった。井本が不在の一軍投手陣はベテランの松岡・梶間投手にヘバリが見え始め尾花も打球を右膝に当てて怪我をするなど満身創痍状態でノドから手が出るほど井本の復帰が待たれたが、首脳陣は調整に万全を期して一軍昇格は1ヶ月後だった。「正直言って苦しかったです。これだけやってダメだったら今年はもう使ってもらえないかもしれない(井本)」 井本は打撃投手まで買って出て投げ込んだ。近鉄時代のプライドも全て捨てて鍛え直した。にも拘らず7月13日の大洋戦に先発した井本はまたしても期待を裏切り6回・6失点でKOされた。降板後はベンチに放心したように座って虚ろな目でグラウンドを見つめる姿が印象的だった。

井本にはどうしても頑張らなくてはならない事情がある。そもそも今季の不調の原因とまで言われている現夫人との離婚問題は解決していないが同棲中の女優・横山エミーさんがこの8月に出産する予定だ。井本にとって初めての子供だがその子の為にも今オフまでには離婚を成立させ心機一転、親子3人の新たな家庭を築かなければならない。公私ともに背水の陣で臨んだのが今季初完封で勝利した冒頭の大洋戦だった。「自分がどれほど期待されているのか、は分かっていました。ただそれで意識過剰になり必要以上に力が入り過ぎていました。それを反省して自分のピッチングをする事だけに集中しました。本来の自分を取り戻せば勝てる、と言い聞かせて投げました」と後半戦初勝利を振り返った。ヤクルトに請われてやって来た井本が初めて見せた自分らしさだった。「やっと開幕した気分ですよ」 手負いの男の逆襲が今始まった。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« # 367 予選敗退 | トップ | # 369 後半戦に賭ける男たち ② »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

1983 年 」カテゴリの最新記事