Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 417 江夏の21球 ①

2016年03月09日 | 1984 年 



今でも初対面の人とは必ずと言っていい程あの場面の話になる。昭和54年の近鉄との日本シリーズ。3勝3敗で迎えた第7戦、広島の1点リードで迎えた9回裏。もう一度同じような場面に遭遇したらスタコラサッサと逃げる・・それが正直な気持ちだ。あの場面を語る前にあのシリーズの最中にワシの頭をチクリと刺激した事に触れておきたい。大阪球場での第1戦、2戦と連敗。その第2戦の7回裏無死一塁でマニエルに対し福士がカウント0-2とした場面で急遽、ワシに出番が来た。一塁走者は " あの " 藤瀬であった。普段より牽制球を多投したり間合いを取り先ずは藤瀬の盗塁を防ぐ事を考えていた。どうにかマニエルをカウント2-2までに戻した迄は良かったが勝負球は藤瀬の足を警戒しクイックモーションで投げた為に制球が甘くなり打たれ傷口が広まり万事休す。たとえカウント2-3になっても慎重に投げるべきだったと。 " 二兎追う者は一兎も得ず " この教訓があのシリーズ中ずっと頭にこびり付く事となる。

両軍譲らず3勝3敗で迎えた11月4日の第7戦。ワシが福士から引き継いだのが4対3でリードしていた7回裏二死二塁、前述の第2戦と似たような場面だったが、この試合は7回、8回と無難に抑え9回裏を迎えた。先頭打者は羽田。羽田は初球から打ってきた。センター前ヒット。アレッ?と思った。日本シリーズ最終戦の最終回、しかも1点を追う場面だ。きっと慎重に選球してくると勝手に思い込み簡単にストライクを取りにいき打たれてしまった。「なんちゅうチームや。セオリーが通じん」と思った。次打者はアーノルド。ここで代走に藤瀬が起用された。第2戦を思い出し打者に集中したが思わぬ事が起きた。藤瀬が盗塁を試み、阻止しようと水沼が送球した球が悪送球となり藤瀬は三進。あっという間に無死三塁、外野フライで同点の大ピンチとなってしまった。水沼が顔面蒼白で詫びに来たがワシは平気だった。高目さえ投げなければ外野まで飛ばされないと外人相手の勝負は心得ていた。低目を攻め続けた結果は四球で無死一・三塁となり球場がザワつき始める。

正直言うと「同点は仕方ない」と腹を括った。サヨナラさえ防げばまだ勝機はあると。迎える打者は平野。平野はこの試合で2ラン本塁打を放っており要注意人物だった。ただ南海時代に対戦した事があり、その時の印象では攻撃的ではなく受け身タイプの打者だったので初球からストライクを取りに行こうとセットポジションに入ろうとした時だった。三塁側ベンチの動きが目に入った。池谷と北別府が慌ててブルペンに走って向かったのだ。「何だ、何だ?監督はワシを信用しとらんのか?」「日頃から『江夏と心中する覚悟』と言っているのは嘘か?」と心が乱れ頭に血がカーと昇った。監督の言葉に少々痛みがあろうが意気に感じて投げ続けていたのは何だったのか…怒りよりも虚しさを感じた。マウンド上で「冷静になれ」と自分に言い聞かせて改めて平野に対峙した。先ず初球は真ん中高目にストレートを投じたが案の定、手を出さない。既に一塁走者は眼中になかった。第2戦で得た教訓を生かして打者に専念しようと決めた。

賭けに出た。内角のストライクゾーンいっぱいの所からボールになる落ちる球を投げようと決めた。打ってもファールか内野ゴロ、ただしワンバウンドして捕手が後逸する危険も孕んでいるが平野への2球目はこの球しかワシにはなかった。投げた。平野は打ちにきたが途中で止めてハーフスイング。判定はストライク。平野も近鉄ベンチからも「振ってない」と抗議するが判定は変わらず。ただその間隙を縫って一塁走者が二盗に成功。無死二・三塁となり広島ベンチから満塁策が指示され平野は敬遠でいよいよ無死満塁となった。「勝負あった…」マウンドの土を手に取りながらワシは思った。勝負事には目に見えない流れがある。理屈ではない、敢えて表現するなら「勢い」だろうか。どうせ負けるのならリリーフのプロとして華々しく散ってやろうと開き直りベンチを睨んだ。近鉄ベンチではない、広島ベンチをだ。どうしてもブルペンで投げている池谷や北別府の姿が気に障っていたのだ。後になって冷静に考えればワシは既に3イニング目で仮に同点となり延長戦突入を想定すれば監督として当たり前の準備なのだがそこまで考えが至らなかった。

続く打者は代打の佐々木恭。初球は内角低目にボールになるカーブで探りを入れると佐々木は打ち気満々の姿勢で見送った。「よし、この打ち気を利用してやれ」と決めた。打ちたくてウズウズしている打者にはストライクかボールか際どい球を散らしていくしかない。2球目は外角低目の直球を再び見送ってストライク。3球目は内角の懐付近への直球。佐々木は敢然とフルスイング。打球は物凄い勢いで左翼線へ飛び場内の近鉄ファンから歓声が上がったがファール。打球を追った先のブルペンで投げている2人の姿が再び視界に入った。「信頼されてないのに何を懸命に…」まだ拘っていた。その時だった、サチ(衣笠)が一塁の守備位置から猛然と走り寄って来て「何をしとるんじゃ、ベンチを見るな!打者に集中せい!」と檄を飛ばされた。サチはワシの思いを見抜いていた。ベンチやブルペンを見てイラついているのを見て取っていたのだ。「お前が投げんと何も始まらん。今は余計な事を考えるな」と言うと守備位置へ戻った。「分かってくれている奴もおるんや」・・・気持ちがスーと落ち着いた。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« # 416 寄せ集め | トップ | # 418 江夏の21球 ② »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

1984 年 」カテゴリの最新記事