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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 604 師弟対談 ➋

2019年10月09日 | 1985 年 



本誌評論家の森昌彦氏が来季から西武ライオンズの指揮を執ることになった。森氏がどんな采配を見せてくれるか今から楽しみだが、森氏のバックボーンはやはりV9巨人の " 最強野球 " 。川上哲治氏が築き上げたチームプレーで勝ち抜く野球である。森氏はその川上V9野球の正統な継承者といえる人。2人の熱論の中から森氏の野球の輪郭がはっきりしてきた。

監督の仕事は先ず自分を捨てる
川 上…先ずは何はともあれおめでとう。この仕事は幾ら自分が願っても相手から請われないと出来ない仕事。このチャンスを
    生かして全力でぶつかってほしい。森君は強靭な精神力の持ち主だからきっとやってくれると信じている。来シーズンが
    本当に楽しみだ

 森 …ありがとうございます。大変な仕事を引き受けたというのが実感です。僕は今まで監督を補佐するコーチを経験してきました。
    いかに監督という仕事が孤独でシビアなものだと肌で感じました。それだけにやり甲斐があると思います

川 上…とにかく森君とは長い付き合い。巨人軍の監督を14年やりましたが、非力な投手陣を上手に支えてくれた九連覇の陰の立役者。
    長嶋君や王君が陽の当たるヒーローならば森君は日陰で目立たないヒーローで欠かせない存在でした。さて私が森君にお願いと
    いうか先輩監督として助言するならば先ず自分を捨てよ、これが一番大事だと思う。自分を捨てるとは自分を無にしてコーチの
    中に入り選手の中に入り一体化する事です。コーチの気持ち、選手の気持ちが全部自分に反映してくるので全てが分かってくる。
    そうして初めて自分がやりたい野球がスタートする

 森 …全くその通りだと思います。監督が野球をやるのではない。いかに選手に最高の能力を発揮させるか、そういう環境をいかに
    作るかというのが全てだと考えています。川上さんのおっしゃる自分を捨てるというのはなかなか難しいですが、実際にゲームが
    始まれば主役は選手で監督・コーチは黒子だと思うしそれが基本ですね

川 上…監督というのは頂点にある人です。目的のない所に目的を設定してチーム全体を牽引しなければならない。コーチ諸君は
    その設定された目的に向けて監督に従いついて行く。だから監督とコーチは同じ黒子でも職質、職域は自ずと違う。森君には
    その事をしっかりと認識してほしいと思う


勝利と選手育成は監督の二大責任
 森 …監督とはこういうモノだと考えていても実際にやってみて初めて分かるモノもあると思います。ですから今日は川上さんの
    貴重な体験談をお聞きして参考にさせて頂きたいと思っています。川上さんは昭和36年に水原さんから監督をバトンタッチ
    されましたが、当時の巨人軍は決して強いチームではなかった。投手陣に絶対的なエースは存在せず、長嶋君が一人で打線を
    引っ張っていました。川上さんはそのチームをリーグ制覇・日本一に導きました

川 上…あの時は水原さんでも勝てなかった。弱かった。そのチームを率いて勝て、という責任を負わされされたのだから、先ず
    勝つという大目標・大前提を置いてどうすれば勝てるという各論的な部分をじっくり考えた。そこから得たのはチームワーク。
    チームワークを整えなければ勝てないという結論でした。そして選手一人一人を少しでもプロらしい選手にしなければ勝てんと
    いう事でした。ではプロらしい選手を育てるにはどうすればいいのか?それには練習しかなかった。さて、そのチームワークや
    チームプレーですが当時は観念的な理解に留まっていた。それを具体的に例えばバント守備ならお前はこう動け、お前は
    こうしろなど出来るまで何度も繰り返す。と同時に監督自身も勉強する。チーム全員を牽引するには選手を理解しなければ
    なならない。それが昭和36年の実情でしたね

 森 …それぞれの球団によってチームカラーや選手の性格も違いますから、一概にこれをやれば全て解決するという正解はない
川 上…監督には二つの大きな責任がある。チームの勝利と選手の育成。正しい野球、間違いのない野球を教えると同時に良い野球を
    選手に身に付けさせる。それが大事です

 森 …まさにその通りで僕のテーマでもあります。西武球団は勝つと同時にチームが過渡期に差し掛かっていますから、これからの
    選手を育てることが重要なテーマです

川 上…人を率いながら仕事を成功させる上でリーダーとしての大事な心得が私なりに三つある。実はこの心得は監督を辞めた後に
    分かったことなんだけどね(笑)。先ず原理原則を説いてくれる師を持つこと。野球に限らず人生の羅針盤になってくれる人。
    私の場合は正力松太郎氏と梶浦逸外老師(元正眼寺住職)の二人。次に苦言を直言してくれる信頼できる部下を持つこと。
    九連覇時代は牧野ヘッドコーチがやかましく進言してくれた。最後は部外者の良きアドバイザーを持つこと。野球の世界しか
    知らない私に実業界で成功された方の集まりである「無名会」の皆さんの叱咤激励に勇気づけられた。森君もこういった人達を
    探す必要があると思う。この世界は自分一人ではやっていけない。老婆心ながら参考にしてほしい



不動の " 西武野球 " を確立すべきだ
記 者…お話を伺っていますと川上さんと森さんはV9野球の確立者と継承者という強い信頼関係で結ばれていることが分かりました。
    最強チームの再現に不可欠の新スタッフは固まりましたか?

川 上…その前に一言よろしいですか。スタッフ以前に私としては球団フロントとの意思疎通を大事にしてもらいたい。戦うのは現場だが
    戦う為の戦力補強などに球団から資金を出してもらう必要がある。普段からの付き合い方がイザという時にモノを言う。伝え聞く
    ところによると前監督(広岡氏)はフロントとの仲が良好とは言えず苦労したと聞く。森君に同じ轍を踏んでほしくない

 森 …私は球団あっての現場だという考え方です。必要以上に仲良くするつもりはありませんが適度な関係を築きたいです
川 上…監督がフロントと衝突すると一番困るのが選手なんです。まぁ森君はヤクルト時代の経験もあるから大丈夫だと思う
 森 …フロントと喧嘩している暇は今の西武にはありませんよ。チームは転換期でベテランと言える選手は投手陣では35歳の東尾と
    33歳の松沼兄、野手では片平、大田、田尾、石毛くらいで上手く世代交代できれば長期の黄金時代を築ける。選手が自分の
    球団に誇りを持てるように教育しなければならないと考えています

川 上…例え監督が交代しようが西武の野球は変わらないという確固たるモノを確立しなければならない。強いチームにはそれがある
 森 …大リーグのLA・ドジャースがそうですよね。監督や選手に変化があろうと、いつの時代でもドジャースの野球は変わらない
川 上…一貫性が大事。例えばあるコーチの指導と別のコーチの指導が違っていたら選手は迷ってしまう。何事もチームとしての一貫性、
    統一性が大事になる。樹木に例えるなら枝葉に多少の差異があろうとも幹さえしっかりしていれば樹は育つ。森君にはその幹の
    部分の確立をしてもらいたい

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