現在の沢村賞は元プロ野球投手から構成される「沢村賞選考委員会」によって選出されていますが当時は日本新聞協会に加盟し東京で日刊紙を発行する新聞社・通信社、東京から映像や電波を送信するテレビ・ラジオ局の運動部長で構成される「東京運動記者クラブ部長会」の面々が選んでいました。普段は会社にいてグラウンドへは顔を見せない部長職のお偉いサンたちの選考結果が波紋を呼ぶ事になります。
「今年の沢村賞は西本」という一報を聞いた多摩川グラウンドで日本シリーズに備えて練習する巨人を取材中の各社の記者達は異口同音に「いったい部長さん達は何を考えているんだ?現場の取材をしていない お偉いさんは何も分かっていない」と唖然としていた。候補の一人でもあった角は「誰が見たって30番(江川)だろ?唯一の20勝投手で完封だって奪三振だって段トツじゃないか」と自分の事のように気色ばんだ。江夏(日ハム)に至っては「投手として最高の栄誉。数字・実力とも江川以外ありえんだろ。客観的事実を認めようとしない連中を許す事は出来ない」とまで言い切る。昭和22年に読売新聞社が制定した沢村賞には一応の選考基準がある。❶先発完投型❷20勝以上❸勝ち数と負け数の差が10以上❹防御率2点台以下❺三振奪取率❻優勝貢献度…等々。報知新聞・原口明運動部長は隣席の東京新聞・新山善一郎部長に「今日は何もないでしょう」と挨拶すると新山も「江川で決まりでしょ」と答えた。二人は共に長らく「大相撲担当」に属していた元記者で、彼らのように出席者全員が野球に精通している訳でなかった。
西本 34 14 3 18 12 .600 257 2/3 126 74 2.58
登板 完投 完封 勝利 敗戦 勝率 投球回数 奪三振 自責点 防御率
江川 31 20 7 20 6 .769 240 1/3 221 61 2.29
中華料理店で5つの円卓に分かれて食事を取りながら読売新聞社・星野敦男部長が進行役、三宅卓運動部長が質問に答える役として会は始まった。恒例で先ず数名の候補者が挙げられ、その中から小松(中日)が外され最後に西本と江川が残った。ここまでは特に例年と変わらず進行していたが微妙な空気が漂い始めたのは、日刊スポーツ・金井清一部長の「この賞には人格的な基準はあるのか」「今年だけの成績だけが対象なのか」といった質問が飛んでからだ。三宅部長は「これまで人格云々を加味した例はない。あくまで今年の成績が対象」と答えたが、このあたりから次第に西本を推す声があがり始めた。「前の日に部下たちの意見を聞いたらほとんどが『江川以外いない』だったので自分もそのつもりで出席したのだが、そのあたりからオヤオヤ?という空気になった」と語るのは日本経済新聞社・峪卓蔵部長。
朝日新聞社・田中康彦部長の「巨人の優勝は前半戦の快進撃で決まったと言っていい。開幕投手の重責を果たし独走態勢に入った時点の成績は西本が10勝2敗、江川は7勝3敗だった。江川の勝ち星は独走後にあげたものが多い。優勝への貢献度は西本の方が上」と発言すると、デイリースポーツ社・近藤敬部長が「数字で判断するのが客観的」と反論し江川を支持した。すると田中部長は「数字だけで決めるなら公式記録員に委嘱すればよく、こうした会を開く意味は無い」とあくまで西本支持を崩さない。しかし近藤部長も負けていない。「優勝への貢献度を評価するのはMVPではないのか?沢村賞はあくまでも投手としての力量を評価するべきだ」と。
「勘ぐれば企業戦争の煽りもあるんじゃないかな。読売新聞制定の賞をライバル社の部長さんが決めるというのにも違和感はあるね」と匿名を条件に某テレビ局の部長は語った。ともあれ結果は16票対13票、2白票で西本に決まり、これがニュースで流れると各マスコミの電話が鳴り始めた。「西本がダメだというんじゃない。むしろ西本の方が好きだが沢村賞はどう考えても江川だ」「江川は今でも大嫌いだが数字は数字として評価しなければ何を基準に決めるのかが曖昧になる。個人的な好き嫌いの感情で選ぶのは最悪」とアンチ江川派からも結果に対する異議は多かった。こうした世間の反応に驚いたのか翌日に改めて選考会に出席した31人に聞き直してみると14人が「私は江川に投票した」と答えた。誰かが世論の激昂ぶりに恐れをなして嘘を言ったと思われる。
日本シリーズを前にミソを付けられた格好の巨人・長谷川代表は「思えば3年前、誰一人として江川君の味方はいなかった。それが今では16対13と伯仲するくらいの味方を得たんだ。そう考えて頑張ろうよ、と江川君を慰めたよ」としみじみと語った。そして「こんな騒ぎになって素直に喜べない西本君も気の毒だよ。雑音に惑わされず堂々と胸を張って日本シリーズに臨んでもらいたい」と気遣った。
だから他の一流投手からの評価も低いんだ。
遠藤からはアマチュアみたいで投げ合っても燃えないとか言われるし。
プロらしさが無い。
江本はこの年の沢村賞はモノマネ大賞と言ってた。
角は自分だったら辞退すると言い切っていた。