まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

雨の中濡れて凛々しく立葵

2022年06月21日 | 時にはぼぉっ~とする時

 21日は、梅雨前線や湿った空気の影響で雨となっている。明日の22日は、梅雨前線や湿った空気の影響で曇り、明け方まで雨や雷雨となる見込み。

 

 野菜作りが好きな奥方にとっては待ちわびた雨になった。野菜やバラにとっても嬉しい雨らしい。

 

 奥方は野菜が採れると大騒ぎしている。

 

 今日は「夏至」。夏至は日本や中国で採用されている太陰太陽暦における二十四節気の一つ。夏至には「日長きこと至る(きわまる)」という意味があり、日本を含む北半球では一年のなかで最も昼の時間(日の出から日の入りまで)が長くなり、太陽の南中高度が最も高くなる日だ。一方、南半球では逆に一年のなかで昼の時間が最も短くなるらしい。知らんけど。

 

 さて、遺影の準備である。今日明日という話ではないが、近く予定されているその日のためにそろそろと準備を始めている。最近は「新しい生活様式」たらでお葬式も簡略されたり、お葬式を取りやめるおうちもあるように聞いている。だから、遺影なんぞは不要だとも思うし、跡継ぎがいないのだから子孫のために・・・という話も必要はない。

 

 最近は、こういう画像修正やら加工なんぞもできるからと、奥方に写真館に行ってもらった。

 

 娘が「これがいい」と言うんで相談したら、四つ切に伸ばすと画像が乱れて遺影にはならないという。

 

 ならば・・・ということで、同じような衣装で撮りなおすと3,300円だという。

 

 で、額が11,000円だという。葬儀もしないのだから百均の110円でいいじゃないか。向こうさんはカモがネギをしょってきたのだから少しでも多くを儲けたい気分はわかるが、「新しい生活様式」で押し通せばいい。それに家族葬で少人数の会葬者でお坊さんも不要。お経も必要ない。私は極楽浄土に転居届を出すだけだから。法名はお坊さんになったときに頂いている「釈暁光法師」である。 

 

 それに小学校からの同級生だからと言って安くもしてはもらえない。

 

 ま、いつかは必要だから考えておくことにしよう。

 

 今日の掲示板はこれ。「何かをしたい者は手段を見つけ・したくない者は言い訳を見つける」というもの。アラビアのことわざであるらしい。あなたが今、何かをしようと思っているとしよう。その手段を考えているのなら、きっと上手くいくはずだ。仮に、失敗を繰り返したとしても、必ず解決する。けれど、出来ない理由を探しているのであれば、それは叶わないことになるだろう。なぜなら、「やりたくない」からできない理由を探しているからだ。「忙しい」「時間がない」「疲れそう」「やっても無駄」・・・どれももっともらしい理由だけれど、不可能というほどの理由ではない。どんなに忙しくても、24時間365日ずっと忙しいわけではないはず。必ず休息の時間や空き時間がたぁんとあるはず。時間がないと言うけれど、意識していないだけで時間はあちらこちらにあるものだ。やっても無駄だというのは、やっていない人の常套句。とりあえず、やってみるしかないではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


ねむの木の葉っぱのように眠りたい

2022年06月20日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 今日、6月20日は私の74回目の誕生日である。その瞬間(20日の午前0時)をトイレの中で迎えた。

 

 そんな、とんでもハップンな誕生日になった。本当ならば優雅な料亭なんぞで迎えたい時間だったが、よりによってトイレの中だったとは。 それが私らしい人生なのかもだ。

 

 で、今日はお坊さんらしく頭をさっぱりとしてもらい、伸び放題だったヒゲも剃ってもらった。いや、別に納棺の準備やないで、病院へ行くためである。県立病院でも香川医大でも、心臓の話しかしないので、業を煮やした私目は、訪問看護の看護師さんの口づてで泌尿器科の診察を受けるためである。

 

 この足のむくみも尋常ではない。この分だけの水分がたまっているのである。それが体重で言うと、約10リットルという計算である。

 

 でもだ、泌尿器科のドクターは、

 

 「おしっこはたまっていません」というばかり。で、「おしっこを作れていないのですよ」という。腎臓が悪くなって体液からおしっこにできないのだという。それでは困るのことよ。

 

 で、「導尿」の次の段階で、カテーテルの挿入になった。詳しくは自分で調べてくださいな。でも、これが痛いのだ。でも、少しずつは体液が抜けてきている。

 

 今日の掲示板はこれ。「あなたでなければできない仕事があるのです」というもの。これまた、誰の言葉かはわからない。それはそれとして、世の中にはいろんな人がいるもの。自分とは意見の合わない人、そもそも価値観の違う人、その逆に、とても気の合う人…。しかし、それは所詮「自分」という色メガネでもって分類しただけのことなのだ。「その人にはその人にしかできないその時の役割がある」。自分や相手が位置するポジションには必然や偶然もあることだろう。代わりの人だっていくらでも居るかもしれない。でもその役割は、その人でなければなし得なかった…。そういう時と場合がある。人生は、そういうことの積み上げであるし、その繰り返しであろうと思った。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


青ガエル飛べないままに日が落ちる

2022年06月19日 | 時にはぼぉっ~とする時

 19日のさぬき市は、高気圧に覆われて概ね晴れていたが、午後からは湿った空気や日射の影響で雨や雷雨となる所があるらしい。明日の20日は、梅雨前線や湿った空気の影響で概ね曇る見込みらしい。

 

 まず、この10日のドタバタ劇を振り返ってみようか。ことの起こりは8日の早朝にやけに頭の中で鐘がなるなぁと思って脈拍数を図ったことからである。普段はペースメーカー設定で脈拍は80固定のはず。それがいきなりの「158」とかの倍数近くになっている。「これはタイヘン、大変だぁ・・」となるではないか。

 

 心室細動とは、不整脈の一種で、1分間に300回以上、不規則に心室がブルブルと震える状態を指すらしい。この状態になると心室が正常に機能しなくなり、全身に血液供給を行えなくなるという。全身への血液供給がおこなえなくなると、いわゆる心停止と呼ばれる状態となる。数分で呼吸は止まり、血流がないため脳、腎臓、肝臓など重要臓器に障害をきたしてくる。できる限り速やかに治療を行わなければ短時間のうちに危険な状態に陥ることもあり、心臓が原因で突然死する病気のなかでは多い疾患として知られているそうな。

 

 そこで最近有名になった「AED」。病院ではもっと大掛かりな「電気除細動器」いわゆる「電気ショック」である。これで一旦、心臓の脈を止める。池の波を一旦はなくしてしまう。その後、ショックを与えると水面にきれいな波が起こってくるという寸法らしい。私は知らんけど。

 

 それを過去にも一回、8日に1回、9日に2回、10日にも2回やったそうな。つまり、6度死んで7回目で生き返ったものの不正脈は収まらず、香川医大付属病院へ救急搬送されたわけだ。医大病院ではペースメーカー設定器で、脈拍を固定にして不正脈は収まったのになんだかんだと返してくれない。そこで強引に「自宅で看取ってほしい」ということでなんとか脱出したわけだ。

 

 で、今度は「医療保険チーム」が動き出して、訪問看護の看護師がきたので、「尿が出ない」と訴えて、「導尿」とかの処理をやってくれ、さらに明日の朝いちばんに泌尿器科」で診察を受ける手はずもつけてくれた。明日の診察で答えは見つかると思うのだ。

  

 きょうのお昼はまたしても「富山の氷見うどん」である。オカベの麺は太くても、しょせん「そうめん」であり、細くても氷見うどんはおうどんである。

 

 今夜も夕方には「訪問看護の看護師」が来る。明日は病院での泌尿器科の診察、21日は病院からの訪問看護、22日は安静日で、23日はケアマネの来宅会議、24日はまたしても訪問看護の日。

 

 今日の掲示板はこれ。「なんとかなる なるようになる なるようにしかならない 心配するな」というもの。一休和尚が弟子たちに残したとされる遺言が『大丈夫、心配するな、何とかなる』というものだった。トンチで有名な一休禅師のお話。 一休禅師が亡くなる直前に弟子たちに、「この先、私が亡くなった後、本当に困り果てた時、これを開けなさい。それまでは絶対に開けてはならない」と巻物を遺して亡くなった。何年か後に、寺に大問題が持ち上がり、寺の存亡の一大事になった。弟子たちは、知恵の限りを尽くしたけれど、妙案を思いつかず、どうしようもなくなった。そのとき、一休禅師が遺してくれた巻物のことを思い出して、恐る恐る紐解いてみると、その巻物にはこう書かれていた。『大丈夫、心配するな、何とかなる』。それを見た弟子たちは、あっけにとられ笑い出した。ほどなく、一休禅師がまるで見透かしていたかのように、どうしようもないと思われていた寺の問題は、見事に解決してしまったと言う。ただ、医学では、そういうことは理解されない。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


七度目の余生を生きると誓った日

2022年06月18日 | 時にはぼぉっ~とする時

 とりあえず退院しました。まだ原因も対処方法もわからず、「看取り」という形での無罪放免です。何日の余生があるのか、どういう暮らしをすればいいのかも手探り状態です。

 運がいいのか悪いのか、私を見ててそう思う。通信環境も新しくコンパクトになった分、短い文章になりますが、当分はごめんなさい。

 

じゃぁ、また、明日、会えると、いいね。


緊急入院中

2022年06月08日 | 時には日々是日
緊急入院している。しばらく休みます。

梅雨前はなぜかこころが濡れている

2022年06月07日 | 時には日々是日

 7日のさぬき市地方は、湿った空気の影響で概ね曇っていた。気温は19度から23度、湿度は78%から62%、風は5mから1mの西の風が少しばかり。明日の8日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 収縮期74mmhg、拡張期61mmhg、脈拍165bpm、体温36.4c/酸素濃度99%/体重64.2Kg 室内気温23.0c/室内湿度59.9%/気圧1002hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:51分、日の入りは19:14分 月齢は7.6の小潮。

 

 今日の脈拍がおかしい。いつもは80固定になっているはずが、今日はその倍近い166から170あたりを示している。脈拍というのは心臓の鼓動である。心臓が倍近い早さで収縮運動をしている訳だ。これはただならぬ異常事態である。

 

 変わったところというと、例の篤秀先生の死亡とトイレに行っても尿が全く出ないことくらい。血圧はややひくいが問題になるような数値では無い。いったい、何が起こったというのだろうか。

 

 脈拍は通常60から100bpm(BPM. Beats Per Minute. テンポ の単位 - 一分間の拍数のこと)。私の場合はペースメーカーで80固定になっている。それ以下になるとペースメーカーが働くが上の場合にはこんなことになる。

 

 奥方はお休みだから朝早くから畑仕事。ソラマメの収穫をやっている。

 

 今日は月の第一火曜日と言うことで大窪寺のガイド練習日。心臓が心配だけれども班長としてのお仕事もある。一応、顔見せだけでもと出かけていった。でも、一通りの挨拶や注意事項をお話しておいてから、みんなの勧めで病院に行くことになった。

 

 後のガイド練習はみんなにお任せして大窪寺を後にした。

 

 だから、病院に着いたら10時過ぎ。予約診察日ではないので診察枠がないという。でも、血圧を測ったり脈拍を調べたり、体温測定をしたりしてくれて、15時からの診察になった。

 

 そこでひとまず帰宅することにした。とても4時間も5時間もは待てないというものだ。

 

 で、不本意ながら、今日はここでのお昼になった。

 

 で、今日は食欲もないし、心臓が心配だからとあっさりと「ぶっかけうどん小の温いん」をお願いした。おなかがすいていたのか、お出汁まで飲んでしまった。お値段は忘れた。350円くらいだったかと思う。

 

 で、帰ると早速に途中で見つけたハチクを調理しておく。脈拍が心配だけれども、心配してもどうなるものでもない。痛みもないし、胸が苦しいことも無い。ただ、数値が高いというだけなのである。

 

 いつものように縦割りにしてタケノコが破裂しないようにしておく。それを細かく切っておく。そうすれば熱がよく通るではないか。そうすると固くならずにおいしく食べられるというものだ。

 

 結局の薬局でお鍋二つ分になった。あとは奥方にお任せである。

 

 今日の掲示板はこれ。「一番わかっているようで 一番わからぬこの自分」という相田みつをさんの言葉で、いつもの町内の善楽寺さんの掲示板にあったものだが、つくづくそう思わされる場面がある。自分のことさえ分からないのに、人様のことや、周りで起きる出来事というのも、分かっているようでも、本当には分からない。ソクラテスが、「無知の知」ということを言っているが、自分は十分には分かっているわけではない、という謙虚さを持つことは大切だ、と改めて思わされたし、また知ったかぶりするのではなく、学ぶべきことが多くあるとも思わされたことだった。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


雨しきり濡れたこころにあまがえる

2022年06月06日 | 時には日々是日

 6日のさぬき市地方は気圧の谷や湿った空気の影響で終日雨が降っていた。気温は18.5度から22.9度、湿度は88%から74%、風は5mから1mの東の風が少しばかり。明日の7日のさぬき市地方は、湿った空気の影響で概ね曇る見込み。

 

 収縮期103mmhg、拡張期64mmhg、脈拍80bpm、体温36.4c/酸素濃度98%/体重63.2Kg 室内気温20.0c/室内湿度66.0%/気圧998hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:52分、日の入りは19:14分 月齢は6.6の小潮。

 

 天気予報で雨だとは聞いていたがやはり雨の朝になった。雨だからどうだこうだということもないが、やや、やる気が出ないというような気になってくる。

 

 で、昨日できあがったばかりの「遍路墓学事始」という本を贈呈する準備なんぞをやっていた。

 

 このようなお手紙も同封したりして・・・。

 

 で、奥方が神戸のお兄さん宛に空豆を送っておいてちょうだいといわれていたので、それを持って郵便局へ行ってきた。

 

 そのついでに、今週末から来週頭にかけての病院代なんかを引き出しておいたりして。

 

 へてから、民生委員の研修旅行の一部をJAバンクから引き出したりもした。

 

 とかく、月曜には忙しいのである。

 

 その後、スーパーへ寄って、アルミ缶とペットボトルを回収箱へ収めてきた。そのついでに飲み物やらトイレットペーパーなども買っておいた。我が家はどちらが主婦か主夫かわからんようになっている。

 

 その後、昨日に完成した「遍路墓学事始」の本の配達になった。テスト版だから早くに届けて意見を聞きたいものだという思惑ばかりが先に立ってしまって・・・。

 

 この方が、先のお手紙の相手さんである。この人の依頼で遍路墓を調べ出したという経緯があるからだった。このおうちの郵便ポストに封筒に入った本を押し込んで帰った。車がないなぁと思いつつ、また、どこかへ探検なのかなぁと思いつつ。

 

 次に美術陶芸家の及川さんちにも行ってきた。この及川さんが買った土地の外れに遍路墓地があって、「及川墓地」と名付けた経緯もあってのことである。

 

 その及川墓地についての説明もしながら本を贈呈してきた。ま、午前中は、そういうゴタゴタが並んでいたわけだ。

 

 で、今日のお昼である。奥方はカレーライスの準備をしてあった。でも、昨夜もカレーライスだったのになぁと思ったもので、ラーメンの上にカレーを載せたらどうじゃろうかと思いついた。「カレーラーメン」というのはあるようで聞いたことのないラーメンである。で、いつものように「玉子かけ」にして「玉子かけカレーラーメン」にしてみた。これはこれでおいしいと思った。

 

 昼食を食べ終わった時である。珍しく固定電話が鳴った。普通は特殊詐欺防止のために留守番電話にしてあって、電話には出ないことにしているのだが、何気なく受話器を持ち上げた。「今日は立派なご本をありがとうございます。篤秀の家内ですが、主人は今年二月に亡くなりまして・・・・」「ええぇぇっっ・・」と絶句した私。全身から力が抜けた思いだった。この人の依頼でお墓を調べだしてほぼ一年・・・。その完成を待たずしてお亡くなりになっていたとは・・・。

 

 「遅くなってすみません。あの本をご仏前にお供えしていただけますでしょうか。私にできる精一杯のお礼ですから・・・」そういうのがやっとだった。二月に亡くなったというから、そろそろ四十九日を過ぎたころだろうか。悔しさと無念だという思いが胸中を駆け巡った。

 

 今日の掲示板はこれ。「わが心がよくて 人を傷つけないのではない 傷つけていることを気付かぬだけである」というもの。人は傷つけあうのである。「私は人を傷つけたりなんかしたことがないわ・・」・などという人などいるはずがない。ただ、人を傷つけていることに気づかないだけのこと。悪気はなかったけれど人に嫌な思いをさせてしまったり、ついカッとしてひどい言葉を投げてしまったことなどは誰しも一度は経験があると思うはず。何度も繰り返さないためにも、感情的になる時には「自分の心がどんな状態なのか」をみつめてみることが大切。それを知ったうえで、できることを考えてみたいもの。ままならない人生だからこそ、学ぶことがきっとある筈。よくよく、胸に手を当てて考えるのにいい季節になった。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


花菖蒲手荷物一つ片付けて

2022年06月05日 | 時には日々是日

 5日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で曇り、午後から雨が降っている。気温は19.5度から21.0度、湿度は86%から72%、風は1mから3mの東南東の風が少しばかり。明日の6日のさぬき市は、前線や低気圧の影響で昼前まで雨が降り、午後は湿った空気の影響で曇りとなる見込み。

 

 収縮期102mmhg、拡張期56mmhg、脈拍80bpm、体温36.4c/酸素濃度97%/体重62.2Kg 室内気温20.9c/室内湿度54.6%/気圧1014hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:52分、日の入りは19:13分 月齢は5.6の中潮。

 

 今朝も4時起きになったものだから、昨日のリベンジでお墓の位置とお墓番号を地図上に示すのに、○の中へ数字を入れるのはやめにして、横に数字を書いてみた。こっちのほうがわかりやすいというもんだ。

 

 これが私の電子血圧計。この数字がスマホに転送される仕組みになっている。あと、体重計と体温計もスマホに転送されている。脈拍が多いようだが、これはペースメーカーの設定値。血圧がやや低いのは心臓の劣化によるもの。

 

 今日は久々のお仕事。80歳以上のひとり暮らし老人を訪問する事業の日である。お年寄りだって忙しいらしくて土曜日もデイサービスなんぞがあるものだからと、日曜日に設定されている。

 

 で、トイレットペーパーを区分して担当地区ごとに分けていく。あらかじめ、そういうお年寄りを調べて報告してあるものだから、余ったり足りなかったりすることはない。さすがお役所的。

 

 で、きっかり9時になったら「出発式」がある。

 

 一応、さぬき市のお仕事だから、「食改」とか「婦人会」とか「日赤協力員」とかも参加しての行事になっている。私の担当地区は6軒だから20分もあれば回って配り終えてしまう。

 

 で、一応の「遍路墓学」の整理が終わったものだから、「テスト版」の印刷にかかった。協力してくれた人への「贈呈版」である。これでよろしいとなれば本印刷にかかる。ま、あれこれと文句を言われる筋合いはないので問題は無いはずだが。

 

 で、今回は三部だけの印刷・製本になった。カラー版の両面印刷で130ページほどの本になった。

 

 お天気を見ながら、明日にでも配達をやっておきたいものだ。でも、あくまで、これは「テスト版」。本チャンはまだまだデータの追加やら考察のやり直しやらをしなければならない。これは毎年の「夏休みの自由研究」なのである。夏休みまでにはまだまだ間があるというものだ。

 

 でも、これが終われば、次は何を調べようか、何を探しに行こうかと思案している。神社にある狛犬を調べだして、鳥居や灯籠なんぞを調べて、咸臨丸乗組員のお墓探しもやったし、法然上人の足跡調べもやった。葉たばこの乾燥室(ベーハ小屋)も調べたし、道標やら案内板も調べたし・・・。

 

 今日のお昼は手抜きの卵かけご飯。卵かけご飯にコロッケを乗せただけ。でも、これはこれでおいしかった。今はやりの「時短料理」だし「エコ料理」でもある。ま、「料理」と言えるかどうかは別問題だけれど。

 

 午後からはしっかりと雨になった。今日のバラ園への水やりはお休みになった。

 

 今日の掲示板はこれ。「酒が人をアカンようにするのではなく、その人が元々アカン人だということを酒が暴く」というもの。いつものように、どこの誰の言葉かはわからない。どこかの酒屋さんに張ってあった言葉らしい。一説には立川談志さんの言葉だという話も合った。

 

 これを科学的に検証した人があるが、その詳細については触れない。酔う前と酔っ払った状態でこうした道徳問題に対する行動に変化が起こるかどうか?という部分を調査してみた。その結果、道徳的な考えによって左右されると考えられる行動には、酔った場合でも変化が現れなかったというのである。酔った勢いで、太った男性を線路に叩き落とすとか、酔うと行動をためらうというような変化はなく、お酒を飲んで酔っ払っていても道徳的な判断に影響はなかったらしい。こうした研究の成果は、アルコールが性格や人格を変えるという信仰が誤りである可能性を示している。酔って暴力を振るうなどの不道徳な行動は、お酒の影響で現れるわけではなく、もともとその人の道徳観がその程度であったということを明らかにしているに過ぎないのだという。どうやらこれは科学的に正しいことを言っていたらしい。お酒を飲んでセクハラする人も、そこら辺で平気で吐く人も、それはお酒のせいではなく、元々そういう道徳観の人だったということなのだ。こうした研究成果への認知が進んでいけば、悪いことをしてもお酒を理由にはできなくなるかもしれなくなるかも知れない。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


漫然と晴れ間見ている雨蛙

2022年06月04日 | 時には日々是日

 4日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は18.5度から26.8度、湿度は78%から50%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の5日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で曇り、夕方から雨が降る見込み。

 

 収縮期95mmhg、拡張期58mmhg、脈拍80bpm、体温36.3c/酸素濃度97%/体重63.0Kg 室内気温22.3c/室内湿度56.7%/気圧1014hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:52分、日の入りは19:12分 月齢は4.6の中潮。

 

 今朝も4時起きで「遍路墓学」の資料作り。お墓の位置とその番号を地図上にプロットしていく作業。苦労して数字を丸の中に入れたけれど、印刷してみたらベタベタで読みにくいしわかりにくい。骨を折った割に報われなかった。

 

 かと言って作り直す元気はない。ま、雰囲気だけでよろしかろうわいと。そこまで真剣に読むほどのものではない。

 

 これがスマートウォッチからiPhoneに転送されるデーター。よく実測と違うやないかい・・と言われるのだけれど、時間差というものもあるし、体だって生きて動いているから数値なんぞ安定しないものだ。それだし、同じ機械で、同じ時刻に計っていれば、自分的には安定しているとわかるもの。

 

 こちらがブルーツースからiPhoneに転送されるデーター。自分で自分の数値を見ていると、変化があれば「おかしいぞ」と思うものだ。ちなみに、今朝、起きたときの体重は、65.1Kg。「ありゃりゃ・・」と思ったけれど、それからトイレに何度か通っていると、お昼前には63.0Kgになった。夕方には62.6Kgくらいにはなりそうな予感。私の場合は水分管理の問題だけだ。

 

 で、データー修正なんぞをやりながら試験印刷。ページあわせをしながら部分校正。編集上のチェックもしながらの作業が続く。

 

 奥方はお休みだから朝早くから畑仕事に余念が無い。亭主が呼んでも返事もせん・・・。だから、私も今日は休養日。家の周囲の草刈りや庭木の剪定も一段落。ゴミ出しに出かけようとすると、「どこに行くの?」というのだから、家からは出られない。

 

 ここがサルの監視台。ここから双眼鏡で監視する。正面に大きなクワの木がある。そこに今頃はクワの若芽や桑の実がついているらしい。それを狙ってサルの軍団がやって来る。しかしのかかし、ここにはカラスの巣もあるものだから、サルとカラスの争奪戦が繰り広げられるとうるさくて騒がしくて・・・。

 

 これがサル撃退セット。このピストルは音でサルやカラスを追い払うもの。あんまし役には立たない。

 

 これが新兵器のロケット花火発射装置。ロケット花火を3本セットする。

 

 で、下からライターで着火して桑の木を狙い撃ちする。三連発を連射したらサルもカラスもいなくなる。しばらくだけれど。

 

 こういう花火はおもちゃ屋やスーパーでは売っていない。ホームセンターの害獣対策コーナーにある。だから、これはおもちゃではない。先のピストルだって同じ事。ホームセンターの園芸コーナーなんぞにあったもの。

 

 今日のお昼はおそば。先日の「自然薯そば」である。今日はつめたくしていただいたが、室外は30度近いのに、我が家の台所は北向きの西側だから日当たりは悪いし北風の通り道で肌寒くて肌寒くて・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。町内の善楽寺さんにあったもの。「その人の都合でよい雨 わるい雨」というもの。昔、「泣きばばあ」という話があった。そのおばあさんには、二人の子供がいた。一方は、傘の職人になった。もう一方は、帽子の職人になった。そのおばあさんは、晴れると、「ああ、傘職人の息子の商売が悪い、、、」と嘆き、雨が降ると、「ああ、帽子職人の息子の商売がだめに、、、」と、嘆くのだった。真逆に考えれば、人生は楽しいのに。しかも、悪い環境からは、改良や改善が生まれるのに。物事には、良い悪いどちらもない。起こったことに、「良し悪し」や「幸・不幸」といった感情をつけるのは、いつもその人自身なのだ。という話だった。人生、「笑いばばあ」、「笑いじじい」でいきたいものだ。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


アマリリス妙に寝不足大あくび

2022年06月03日 | 時には日々是日

 3日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は18度から29.5度、湿度は84%から50%、風は1mから2mの西北西の風が少しばかり。明日の4日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 収縮期109mmhg、拡張期65mmhg、脈拍80bpm、体温36.3c/酸素濃度97%/体重63.8Kg 室内気温19.8c/室内湿度56.5%/気圧1010hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:52分、日の入りは19:12分 月齢は3.6の中潮。

 

 ふっと気がつけば、「遍路墓学事始」の概説部分の原文が消えている。あちらこちらと探してみたけれど見つからない。幸いにも、それを印刷して試験製本した原稿が残っている。それを見ながら、再度、入力しなければならないのだが、スキャナーという優れものがある。

 

 これで一枚ずつ読み込んで文章化する。それをコピペで原稿に仕上げてゆく。慣れれば、十数ページくらいはあっという間に復元できる。それを朝の4時から6時半までやっていた。6:30分からはラジオ体操。病院のリハビリ担当ドクターからの勧めである。もう、半年以上もやっているのでクセになっている。それが終われば作業服に着替えて、今日も「植木屋」さんに変身する。

 

 部屋にいる時には作務衣でのんびりとしているのだが、作業服に着替えて安全ベルト(専門用語で胴綱)を締めると気分的にシャキっとする。植木屋さんだからヘルメットまではいらない。

 

 昨日の剪定分だが、奥方に褒めてもらえると思ったら「切り込み過ぎよ。秋ならともかく夏場だから枯れてしまうよ」とお叱りを受けた。これでも控えめにしたつもりなのに。秋から冬にかけては葉っぱが呼吸しないから大きく切り詰めるのだが、今回は多めに葉っぱを残したつもりだけれども。

 

 今日のターゲットは、この2本の椿の木。右はバラだから少しでも切ったら大目玉をくらってしまう。触らぬバラにたたりなし。

 

 で、こんなものにしておいた。ずいぶんとさっぱりとしたではないか。

 

 これで今回のツバキの木、3本の散髪はおしまい。切った枝や葉っぱが乾いて軽くなったらお片付けするが、当分はこのまま乾燥させておく。生の枝や葉っぱは水分があるから重いのだ。

 

 植木屋さんが終われば、そのままのスタイルでホームセンター巡り。電気工事用のコンセントとか、靴の修理用の接着剤とか、バラ園用のホウキやレーキーなんぞも仕入れておく。で、今日のお昼は「冷麺」だが、同じような冷麺だが、中身は「そうめん」。例の徳島の半田そうめんを冷やしラーメン風にトッピングしてみた。

 

 午後からは奥方の靴の修理である。若い頃には別荘だ、クルーザーだと豪勢な暮らしをしていたのに、最近は壊れた靴でも「直してちょうだい」という始末。これだって、何度も修理したのだけれど、材質が古くなって、すぐに接着剤が剥がれるのだ。

 

 そこで、丁寧にヤスリがけをして汚れや古い接着剤なんぞを削り落とすことから始める。ヤスリもプラスチック製のヤスリである。

 

 その後、セメダインを塗ってしばらく乾燥させる。10分か15分くらい乾燥させてから接着する。この一手間が大事になってくる。

 

 で、接着したら、大型のクリップなんぞで固定して12時間から24時間置けば大丈夫だと・・・思う・・。かな。

 

 お昼からは、マシン室の気温が30度を超えたのでエアコンを入れた。エアコンを入れると、今度は寒くなってくる。ややこしい時期だ。

 

 今日の掲示板はこれ。「人生は苦労している時が花かもしれない」というもので、いつもの町内の善楽寺さんのお寺の掲示板から。どこの誰の言葉かはわからない。出拠出典も書いてくれたらありがたいのだけれど。「苦労の多い人生」と「苦労の少ない人生」。「どちらか選べ」と言われれば、大半の人が「苦労の少ない人生」を選ぶはず。できるだけ苦労なんぞはしたくない。人生を選べるなら、大半の人が苦労の少ない楽な人生を選ぶはずだと思う。では、1つの苦労もない人生がいいかというと、それはそうでもない。苦労した経験がないと、なかなか人は成長しないもの。体は成長しても、心の成長は停滞したまま。人の話を聞いても、きちんとイメージできないため、共感しにくくなるし、また自分が話す言葉にも、共感が得られにくくなる。苦労していない人の話は、的外れだったり非現実だったりして、なかなか心には響かない。苦労を経験するのはつらいけれど、一度も経験ないのは、もっとつらい。苦労の少ない人生は、楽かもしれないが、薄っぺらいのだ。人生は何のためにあるのか。人生は「あのときは本当に大変だった」と言うためにあるのだと思う。たしかに苦労をしている最中は大変かもしれない。肉体的にも精神的にも苦しく、早く抜け出したいと思うばかりだろう。しかし、一度地獄のような苦労を経験しておけば、後が楽になる。「あのときに比べれば大したことない」と思えるようになるからである。一度でいいので「あのときは本当に大変だった」と言えるくらいの苦労を経験しておくことだ。「平凡な日常に感謝」「生きているだけでありがたい」と思えるようになるなら、地獄を経験したことも価値があるというもの。「人生は苦労している時が花かも知れない」「あのときは本当に大変だった」と言うために、今の苦労を乗り越えたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


釣鐘草つまらぬ噂聞かぬふり

2022年06月02日 | 時には日々是日

 6月2日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は15.5度から27.4度、湿度は68%から50%、風は1mから2mの西南西の風が少しばかり。明日の3日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 収縮期98mmhg、拡張期63mmhg、脈拍80bpm、体温36.5c/酸素濃度97%/体重63.6Kg 室内気温19.4c/室内湿度56.8%/気圧1010hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:53分、日の入りは19:11分 月齢は2.6の大潮。

 

 今朝方、4時前だったかにラジオ深夜便、「にっぽんの歌こころの歌」で、飯田久彦の「ルイジアナ・ママ」が聞こえてきて目が覚めた。私が中学二年のころに、クラスの女子が盛んに歌って大騒ぎしていた歌だった。あれから60年かぁ・・。頭の中で歌っている自分がいた。おかげで今朝も早起きだった。

 

 さて、いよいよ6月。今年は梅雨の話題も聞こえてこないが、そろそろ梅雨入りしてもいい頃だ。それを前にして雨樋の掃除が気になっていた。少しばかり雨が降ると、雨樋があふれてこんな状態になる。我が家は山の中だから落ち葉が降ってくるので、この時期には雨樋に落ち葉がたまる。

 

 若い頃には、こういう鉄塔にもスイスイと登れたのだが、

 

 今はこれだけのハシゴが怖くなってきて足が震えて登れないのだ。でも、そうは言うても、誰も雨樋の掃除なんぞはやってくれない。だから奥方のクレームが来る前になんとかせねばと勇気を出した。

 

 案の定、こういう感じで雨樋に落ち葉が溜まって詰まって雨があふれるのだ。若い頃は平気で両手が使えたのだが、今はこわくて、左手は電力さんの金物をしっかりとつかんでいる。だから右手だけで雨樋の掃除をしなければならない。この雨樋の中は腐った落ち葉が詰まっている。ごそごそしていたらムカデが出てきて「こんにちわ」には目が点になった。それでも素手で落ち葉を掻き出すしかない。

 

 こうして、どうにか落ち葉掃除は終わったのだ。ムカデも一匹だけですんだらしい。

 

 西側の雨樋も同様に掃除を済ませた。これで梅雨でも心配ない。

 

 時間が余ったので、先日に奥方が「天が甘いわよ」と言われたものだから、このツバキの木の剪定をやることにした。ここは低い場所なのでハシゴ上でも怖くはない。剪定だって偉そうに言うけれど、全くの自己流の「まほろば流」。

 

 切り刻んで切り刻んで、これだけになった。

 

 山から胞子が飛んできたものか、我が家にシダが茂ってきた。奥方が切ってもいいわよ~と言ったので刈り払うことにした。

 

 こういう長い柄の鎌でなぎ払うのだ。数日したら、刈った草が乾いてくるとすっきりとすると思う。

 

 今日のお昼は珍しく玉子かけご飯ではない。アジの姿寿司という奥方の十八番の作品。それにしては見栄えが悪い。

 

 本当は、こういう感じになるはずだった。奥方も忙しいらしいのだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「できるからやるんじゃない やるからできるようになるんだ」というもの。いつもお世話になっている町内の善楽寺さんの掲示板から。久保ひろしさんの「やるからできる:人生を劇的に変える思考法」から。物事に、最初からできるものはない。少しずつ、こつこつとやり続けているから、立つ ことも、歩くことも、走ることも、お箸を使うことも、鉛筆を持つこともできるようになった。やってきたからできるようになったのだ。これからもそうだ。できることをやるのは当たり前だ。できないことをこつこつとやり続けていたら、できないこともできるようになるのだと、久保さんは教えてくれた。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


梅雨ま近宿題ばかりの荷が重い

2022年06月01日 | 時には日々是日

 6月1日のさぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇っていたが、高気圧に覆われて夕方から晴れるらしい。気温は15.0度から26.4度、湿度は78%から58%、風は1mから2mの北東の風が少しばかり。明日の2日は、高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 収縮期103mmhg、拡張期63mmhg、脈拍80bpm、体温36.3c/酸素濃度98%/体重63.7Kg 室内気温19.4c/室内湿度55.7%/気圧1012hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:53分、日の入りは19:11分 月齢は1.6の大潮。今日は肌寒ような感じの一日になった。

 

 スマホを入れ替えたら、今までのスマートウォッチを認識しなくなって、またまた、新しいスマートウォッチを買った。「そろそろ、Apple Watchにしたら?」と言われるが、アップルウォッチには血圧計なんぞないのだという。私には音楽機能や録音機能やLINEやらメールなんぞは必要ない。健康管理ができればいいのだ。

 

 これは奥方の畑の害獣鳥除けのネットである。でも、強風や雑草やらでネットの役割をしなくなっている。私の入院騒動やらその後の安静やらで、修理しようにもできずに三年が経った。その間には応急処置やら仮修理やらでしのいできたが、キュウリやナスなどが大きくなってくると安心できなくなってきた。

 

 奥方が「また、サルに食べられたのよ!」と言われる前に、なんとかせねばと、この前から畑の周囲の草刈りを少しずつやってきた。今日は暑くも無い曇り空だったので、元気をふりしぼって修理することになった。

 

 このあたりでは、サルに根負けして野菜作りをあきらめてやめてしまったが、うちの奥方はがんとして野菜作りをするのだと頑張っている。そこで、数年前から、こういう「猿落(えんらく)君」という防護策を取っている。支柱がしっかりとしているとサルは網を乗り越えてしまうが、支柱がやわらかいとぐにゃぐにゃとして登れなくなるそうな。

 

 そういうことで、支柱の上に細いポールをしばりつけて、そこにネットを張ってある。こうすれば、サルはネットに登ろうとしても外へネットが折れ曲がって登れない。さらに畑の上には防鳥ネットを張ってある。こうしておけば、カラスも入れないしサルも入れないという防御策。

 

 できることからコツコツと。できないからと眺めていても物事は進まない。無駄なことだと諦めたら、そこで物事はおしまい。無駄でもやってみる。やってみてだめだったら考え直せばいい。失敗は成功の母だ。

 

 いつまでもつかわからんが、一応のネットの修理が終わったので、高額医療費の請求をしておくことにした。最近は入退院がないので医療費の出費も少ない。だから、支給される額も少ないが、年金受給者にはありがたいので手続きをすることにした。

 

 それを持って、市役所で手続きをしてきた。

 

 担当は国保係である。私も慣れた書類だから間違いはない。だから、事務の担当者の対応も早い。たかだか数千円なんだが、ありがたいことだと早々に処理を済ませてきた。

 

 今日のお昼は、昨日の奥方へのおみやげに買った「自然薯そば」である。これは2分間、ゆでればいいのだそうな。

 

 で、今日は肌寒いから「月見かけそば」にしてみた。玉子が潰れてしまって見栄えが悪くなったが、味には関係ない。夏らしくスイカものせてみたが、お出汁がスイカにしみて甘くなってまろやかになった。

  

 今日のデザートは、いつものガリガリ君九州みかん味である。今日は肌寒いから、少しばかり身震いしたぞ。

 

 今日の掲示板はこれ。「昔はなにもなかったがなにかがあった 今はなんでもあるがなにかが足りない」というもの。今、思い起こせば、昔はそれこそ何もなかった。着る物も、食べるものも、遊ぶ物も。それでも、みんなは貧しいとも飢餓だとも思わなかった何かがあった。今は物に溢れ、食べるものに溢れ、遊ぶ物も学ぶ物もなんでもあるが、こころを満たしてくれるような何かが足りない。このことばは、真宗存明寺の酒井義一さんのお寺の掲示板から。【酒井義一】さんは、1959年、東京都生まれ。教団では、同朋会館教導・ハンセン病問題に関する懇談会委員・青少幼年センタースタッフ・被災地支援活動などを務める。存明寺では、樹心の会・こども会・青年のつどい・グリーフケアのつどい・子育てサロン・こども食堂などを行なっており、親鸞聖人の教えを学ぶ場作りに心を尽くしているそうな。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


花菖蒲いらないものは何だろう

2022年05月31日 | 時には日々是日

 5月31日のさぬき市地方は、朝方は雨が降ったり曇ったりしていたが、やがて高気圧に覆われて晴れてきた。気温は19度から28.1度、湿度は94%から54%、風は5mから1mの西の風が少しばかり。明日の6月1日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 収縮期100mmhg、拡張期58mmhg、脈拍80bpm、体温36.5c/酸素濃度98%/体重63.6Kg 室内気温21.7c/室内湿度61.3%/気圧1004hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:53分、日の入りは19:10分 月齢は0.6の大潮。今日は午後から初エアコンの試運転。

 

 奥方のバラに、こんなコガネムシの小型のような虫がどこからともなくやってきて、密を吸い取り花びらを食べてしまう。これを指先で一匹ずつ捕まえて処分するのだが、捕まえても捕まえてもやって来るので「往生しまっせぇ~。」と、これまた古いギャグ。

 

 今日は奥方の定休日。朝早くからバラの手入れに余念がない。バラの花はコガネムシの小型に食べられて切り捨ててしまっている。(何という虫なのかわからない)

 

 9時前になるとすっきりと晴れてきて夏空になってきた。そこで、弟と二人でお墓探しに出かけることになっている。

 

 だが、今日は打ち合わせ不足やら準備不足やらで成果が上がらない。こういう供養塔が4基あるはずなんだが2基しか見つからない。こういうものが消えてなくなるはずはないし、誰かが背負って持ち帰るようなものでもない。確かに昭和60年代の町史には記載されているのに姿形が見えてこない。

 

 見つかるのは、こうした「カンタロウ・ミミズ」という大きなミミズくらいなものである。山林に生息するミミズで、体が大きく、青紫色の光沢がある。正式には、シーボルトミミズというそうな。別に害もないみたいだが、あんまり気持ちのいい生き物では無い。

 

 で、作戦を変更して「さぬき市領内」にまで足を伸ばしてきた。こうした案内地図があるのだが、33番と30番の間に「へんろ墓」と二つ書いてある。ガイド用資料には「30丁地蔵付近」と、「30丁地蔵付近の堀切西側」と書いてあるが、その意味がわからない。そのあたりを探しても遍路墓なんぞない。

 

 で、あたりを探したり、山の中に分け入ったりしていると、こういうお墓が見つかった。でも、私が持っている資料と、弟に持たせた資料が違っていて、同じ講義の同じ教授が作った資料に違いがあるのはどうしてなのかと、山の中で軽い論争が始まったりして・・・。ここには9基ほどのお墓があるのに、資料にあるのは、この1基だけ。資料の整理からやり直してからのリベンジになりそう。

 

 こういう旧へんろ道も次回への宿題になった。

 

 で、今日のお昼は、お墓探訪に近い「お食事処はなみずき」になった。四国霊場八十八番札所・大窪寺にほど近い、数寄屋造りの温泉宿「野田屋・竹屋敷」。その一角にある「はなみずき」は、料理人の技を駆使した季節感あふれるうどんとそばを、心静かに堪能できるスポットである。お値段しそうな温泉旅館竹屋敷の看板に敷居の高さを感じてか、そうそう、お客さんは多くない。おうどんやおそばだってお安くは無いお店なのである。絶品うどんに舌鼓を打った後は、緑の山に抱かれた庭園を散策して心にもうるおいを感じることができる。大窪寺門前の「野田屋」と姉妹店だからと立ち寄ったもの。

 

 で、二人ともが「天ザルそば(1050円)」をいただいた。いくらうどん王国の香川県民だっておうどんばかりで生活をしている訳では無い。さぬきの住人だっておそばも食べるしナポリタンも食べる。パン食だって食べるし中華料理だって食べる。

 

 でも、本当のところ、そうめん屋というそうめんが食べられるお店は少ないし、おそばを食べられるお店だって多くは無い。だから、奥方へのお土産も、「じねんじょそば」というおそばにしたほどである。

 

 ついでに、今日もハチクを数本鎌で刈って持ち帰った。もう、背丈が2mも3mもになっていて、おいしくはないのだろうが、食感だけのものかも知れない。

 

 今日の掲示板はこれ。「大事なものが手に入らないのは いらないものを持ちすぎているから」というもの。これは「中野良俊」さんの言葉らしい。服は捨てなければたまってしまうと分かりつつも、もったいなくて捨てられないのが実状である。さまざまな執着心をふり捨てて、「もちすぎている要らないもの」を、この夏すっきり捨てたいものである。生活用品には「捨てるもの捨てないもの、要るもの要らないもの」が判断できるのだが、自分自身の生き方に於いて、人間として生きる上で「捨てるもの捨てないもの、要るもの要らないもの」とは一体なんだろうか。その事を教えてくださるのが仏教であるのだろう。「私の人生でしがみついている要らないものは何だろうか、本当に大事なものに出会ってきたのかな」と、捨てられないものと向き合いながら、断捨離をしてみるのも、面白いものがあるかもしれない。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


花しょうぶ頼んだ荷物がやっと来た

2022年05月30日 | 時には日々是日

 30日のさぬき市地方は、低気圧や前線の影響で昼前は雨が降っていたが、昼過ぎからは曇りとなってきた。気温は19.6度から27.2度、湿度は94%から56%、風は1mから4mの西の風が少しばかり。明日の31日のさぬき市は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇るらしいが、昼前からは高気圧に覆われて晴れる見込み。明け方まで雨の降る所があるらしい。

 

 収縮期93mmhg、拡張期58mmhg、脈拍80bpm、体温36.4c/酸素濃度97%/体重63.6Kg 室内気温20.2c/室内湿度50.0%/気圧1006hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:54分、日の入りは19:09分 月齢は29.3の大潮の新月。

 

 今日の天気予報は雨だが、雨らしくもないので出かけることにした。都会の人たちは遊園地だ動物園だ、デパートだ駅地下だ駅中だのと行くところが多いけれど、田舎にはそんなものはない。あるのは農協(JA)の購買部くらいなもんだ。

 

 で、私はいつものお墓探し。現代風に言えば「墓マイラー」というらしい。肩書らしく言えば「遍路墓研究家」とか「遍路文化研究史家」とか・・・。まだ、「評論家」まではには届かない。で、先日のこのお墓は、個人の墓地にあるご先祖さまのお墓らしい。どうりで「生国」が刻まれていないわけだ。

 

 で、「これはきっとお遍路さんのお墓に違いないぞ」と、車を止めてよくよく見れば・・・、

 

 な、な、なんと・・・、「犬之墓」と刻まれているではないか。お犬様のお墓までには手を広げたくないので、即、却下。

 

 これこそ、お遍路さんのお墓だと近寄ってみれば、「なんたら家累代墓地」の標識が立っている。確かにお遍路さんのお墓にしては立派過ぎるものが並んでいる。

 

 さて、これは、どうだ!とそばに行けば、おびただしいお墓の数に圧倒される。これを一人で調べるには根性がいるぞ。「今日は下見だけですよ」と、お断りして引き下がる。「ハイ、雨が降っていますもので・・」とお断りなんぞをしたりして。

 

 今日のお昼は「オカベの麺」という半田の手延べそうめん。

 

 夏とは言うけれど、今日は肌寒い一日。暖かくして、なお、電子レンジで温めてからの「卵かけそうめん」にした。「卵かけご飯は料理じゃない」「卵かけご飯って簡単過ぎ!(卵を)割るだけやろ!」「簡単な料理(が食べたいん)や!」と、卵かけご飯を料理扱いすることに異議を唱えた明石家さんまさんが話題になったが、「卵かけご飯は立派なフランス料理だ」という人まで現れて、一躍、卵かけご飯の話題が再燃している。

 

 それはともかく、時期遅れのように見つけてきた「淡竹(はちく)」である。これを包丁で切ってみた。

 

 我が家の祖母(ばあちゃん)が、「包丁が通ったら食べられる」と口癖のようにいうていたので、これらはみんな食べられる。

 

 早速におなべに湯がいて、もう、2時間にもなる。これだけ湯がけば下茹では完璧。あとは奥方が煮るなり揚げるなり、ご自由にどうぞ。おそらく冷凍保存になるのだろうけれど。

 

 今日の掲示板はこれ。「生まれを選ぶことはできないが 生き方は自分で選ぶものです」という荒了寛さんのことばから。私たちは、どこの国のどこの誰の所に生まれるかを選べない。親もまた、どんな顔の、どんなこころの、どんな身体を持つ子が生まれるかを選べない。大会社の社長の子に生まれる人もあれば、内乱の続くヨーロッパの貧しい夫婦の家に生まれる子もいる。私たちは自分の生まれを選ぶことはできないけれど、貧しいままで終わるのか、働いて働いて大会社をつくる生き方を選ぶのかは自分で選択できること。明るく楽しく生きるのか、辛く悲しい人生を生きるのか、それさえも自分で選ぶことができるもの。はたして、あなたは、自分で選んだ人生を送れているだろうか。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


紫陽花に今日の疲れをほぐされる

2022年05月29日 | 時には日々是日

 29日のさぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は19度から27.8度、湿度は38%から74%、風は3mから1mの西南西の風が少しばかり。明日の30日のさぬき市地方は、低気圧や前線の影響で曇り、昼過ぎから雨の降る所がある見込みらしい。

 

 収縮期102mmhg、拡張期57mmhg、脈拍80bpm、体温36.1c/酸素濃度99%/体重63.8Kg 室内気温20.9c/室内湿度50.1%/気圧1009hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:54分、日の入りは19:09分 月齢は28.3の中潮。

 

 昨日で我が家周辺の草刈りはおしまい。来週には奥方の畑周りの害獣除けネットの修理なんぞをやる予定なので、今日は休養日の予定・・・。

 

 先日に駐車ブロックに足を取られて転倒したわけでもないのだろうが、足が腫れてむくんで歩きづらい。だから、今日は安静日にしようと決めたのだけれど。

 

 あまりにもお天気が良すぎるのでベッドのお布団を干して、二階部分の掃除をやっておいた。二階には私一人だけしかいないのに、一週間もすればワタボコリがどっさりと。私はブロアーで強制的に屋外へ追放するのが得意。どうにも掃除機は面倒なだけなのだ。

 

 朝、奥方が「お仏花を取り換えておいてね」と言い残して出かけた。そのついでに、さぬき市の観光ガイド組合の年次総会があるというので、年会費だけを支払って戻った。どうにも人混みは苦手なのだ。人間の声も苦手だし。その途中で、この「宝円寺」さんの掲示板を見つけたので、車を停めて合掌礼拝、お念仏。

 

 ここには珍しく「二十四輩さん」がある。この舟形光背の仏像が24体あって、親鸞聖人の教えを正しく伝えた24人のお坊さんの石仏である。関東二十四輩さんが有名だが、讃岐にはこういう「写し二十四輩さん」がたくさん残っている。この6月1日には「二十四輩市」という門前市が行われる予定らしい。

 

 奥方は、「お仏花を・・・」と言うていたが、冷蔵庫を見ると今夜の「お飲み物」がない。そこで缶ビールやらノンアルコールビールやらお茶やらを仕入れておいた。奥方は缶ビールは自動販売機みたいに自動的に冷蔵庫から湧いて出るものだと思っているのか、決して「ビールがないの」とは言わないし買わないのだ。

 

 で、お仏花を買ってきて入れ替えておいた。流儀は「まほろば流」のありのまま・なすがまま派。

 

 今日はすっかりと真夏の日差しになってきた。でも、暑くてたまらないという暑さではない。

 

 今日もまた昼食は「大窪寺そば」+玉子掛けである。今日は久しぶりにメレンゲを載せてみた。観光ガイド大窪寺班の班長がアッと驚くネーミング。

 

 確かに「大窪寺そば」と書いてある。へぇ・・・、こういうものまで出ているのか。

 

 食後にはかきごおりを食べてみた。

 

 こういう食べ物が欲しくなるのはやっぱり夏だからかなぁ。でも、涼しくなるのは食べた一瞬だけ。でも、二杯、三杯とは食べられない。

 

 今日の掲示板はこれ。「人生はやり直すことはできない しかし、見直すことはできる」という金子大栄先生の言葉から。今日の宝円寺さんの掲示板から。言葉には、その人の人生を変えてしまうほどの力があるという。『開運!なんでも鑑定団』でも知られている、世界的なおもちゃコレクター、北原輝久さんへのインタビュー記事より、素晴らしい言葉をご紹介する。北原さんは中学生の頃、勉強ができないため授業をさぼるのが当たり前になり、遊びにふけるようになっていったそうな。そしてある日、退学処分となる事件がおこってしまった。親に合わせる顔がないとひどく落ち込み、なかなか家に帰ることができなかった北原さんにお母さんがかけた言葉である。「おまえの人生はこれで終わったわけじゃない。これから先の人生のほうがずっと長い。だからめげることないよ。人生はやり直しはできないけど、出直しはいつでもできる。」「人生はやり直しはできないけど、出直しはいつでも出来る。」高校進学後も成績は上がらずにいた北原さんだが、担任の先生からの、やる気を出してくれる言葉などに支えられ、「やればできる」という自信をつけていったという。そして、学年最下位だった成績は、卒業式までには学年トップとなり、総代として謝辞を述べるほどまでになったのだそうな。このように、成長を大きく助けてくれたご両親や先生方に感謝すると共に、言葉のもつ力の大きさを実感するようになったと語られていた。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


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